あーゆーはっぴー? あいあむはっぴー!

水木レナ

いえす! あいあーむ!

「ア・キ・オ・さ・ん・は・か・え・って・く・る?」

『YES』

 白い紙の上にコインが動くのを確認して、今日何十回目かの同じ問いを発する。

「い・つ・か・え・る?」

 何十回目かの『マ・ダ』の後の、

『イ・マ』

 であった。

「やったあ!」

 ミカは儀式を終えると、白いフリフリレースのエプロンに着がえた。ミニドレスの上にその恰好は、アキバ趣味と間違われそうである。銀色のノブが回り、アキオの帰宅を告げる声がする。


 ミカは飛んで行ってマリリンモンローの「わあお!」のポーズを決める。

「じゃん! おっ帰りなさいませー!! ご主人様!!!」

 そして拍手喝さいの雨あられ、とばかりに天上へ向けて両腕を広げる。

「おお! ご主人様!! 感謝、感謝でありますぞー!!!」

 アキオはげっそり。

「え? ご主人様?? またやんのそれ???」

「いつでもやるのでありますぞ!? ご主人様、今晩はいかがいたしましょうや?」

「んー、そうね。あったかくなくて、冷たくなくて、ふっつーの食べ物がいいなア」

「えー、ご主人様あ……ミカのことほっとくのー?」

「……そこですねるのか。かわいいじゃないか」

「少々! お待ちくださあーい!」

 ごきげんで奥へと走っていく。そこで柱にぶつかるが、痛みもものとしないでレースの裾を直すミカ。

「うちのミカさん、根性あるなあ……」

 彼女はスキップの音をさせながら埃ひとつない廊下をキッチンに向かって突進していく。


「ん、こういうもんだろ。結婚て……」

 それは特殊な事情でもなければ間違った認識に違いなかったが、今アキオにツッコむ者はいなかった。ぼうっとして、そこにたたずむアキオ。頭に血がのぼったか、真っ赤な顔をしてよろける。

「ああ、いかんいかん」

 気が抜けた。

「ていうか、つっかれたー」

 目頭をもむ。


(『あの』ミカさんのどこがいいのか未だにわからん……)

 重たい気分を引きずって、若いころの衝動と己の浅はかさを恨みがましく眉間に刻む。目じりに涙がにじむが、それは今関係あるまい。

 奥でミカの「らんらんらー」という鼻歌がしている。リビングのシャンデリアにはさんさんとあかりが灯っていた。

(誰が光熱費、支払うと思ってる……とかいうべきところなんだろうな)


 アキオはおもむろに足を上げ、そこにあったソファのひじ掛けにどんと置き、コーデュロイの裾をまくりつつ、靴下を脱ぐ。ネクタイ? そんなものは会社を出た時点でほどいた。靴下をそろえてひじ掛けに置く。そのままソファにどっかりと座る。振動で靴下がフローリングに落ちた。


 ミカの「らんらんらー」が聴こえてくる。

 アキオはうんざりといった顔つきで、大きく開脚した膝に体を斜めにする勢いで肘をつく。

 いつからそこにあったのか、花弁を散らしたダリアが床に幾本も落ちていた。『アキオさんは、ミカを愛しているって言ってくれる? くれない?』『アキオさんはミカを好きって言ってくれる? くれない?』と延々やったあと。

『ク*の本懐』を思い出す。止まらない、花占い――。あれはあきらめる? あきらめない? だったか――。

「ミカさん! 床の掃除!! 頼むよほんと!!!」

 そこからどなると、ミカの「らんらんらー」が止まった。


 こそっと、柱の陰からミカが顔をのぞかせ、こちらをうかがっている。手にしたほあほあの湯気が化粧をふやかせる。

「なにやってんの!?」

「ああう! ごめんなさあい……」

 持ってきたのは炊き上がったばかり(!)の米飯に、小鉢に入ったアイスキューブ、袋に入ったお茶漬けのもと……。

「熱いのも冷たいのもやだって言ったじゃん!」

 言うと、ミカはない胸を張り、

「熱いものに冷たいものをかければ、それは矛盾なくふっつーの食べ物になります!」


「ああ……そうか」

 ふっと視線を落とし、ダリアの花弁を見つめるアキオ。

「いいだろ、それで」

 いつもの貧乏ゆすりが止まってる。ミカはほっとした顔。


「白い米ね。いまどき雑穀米とか、麦飯とか出てこないもんかね」

「申し訳ございません、ご主人様……」

「アイスキューブとか、これ器に入れんの? 食べにくいだろこれ」

「ああう! すみませんご主人様……」

「そしてお茶漬けのもとね、これ定番ね」

「……? ご、ご主人様……?」

「ほめてんだよ!」

「ひゃああ! う、うれしいです。ご主人様あ」

 音を立ててアイスキューブを米飯に乗せると、お茶漬けのもとをふりかけ……。うむ。

「あとなんかない……?」

「お茶を忘れてましたあ!」

 てへぺろ! と自分のこめかみをこつんとやるミカ。

 苦虫をかみつぶしたような顔のアキオ。

「麦茶もってこい。あったかくも冷たくもないやつ!」

「すすみません、冷蔵庫で冷やしちゃいましたああ!」

「じゃあ、水でいいよ」

「ミネラルウォーターも冷えてますー」

「水道水でいい!」

「はあい!」

 敬礼するミカ。ぎっくしゃっくと右足と右腕を同時に出しながらキッチンにまた戻っていく。

 じゃぶっと微妙なお茶漬けをうまくもなんともなさそうに流しこむアキオ。そばに立っているミカ。泣きそう。

「……そこに座れ」

 命令に顔をほころばせるミカ。

「うれしい! ご主人様!」

(今日は言ってもいいかな……?)

 アキオはむすっとしながら正面に座ったミカに言う。

「あー。アイシテルヨ……ミカさん」

「……ご主人様! い、今なんて?」

 とっさにアキオ、顔を背けた。

「! 月がきれいだなって言ったんだ!」

「変ですね今日はニュームーンですよ? ご主人様……?」

「……クーラーを入れろォ!」

 真っ赤な顔で怒鳴るアキオ。

「はあい……」

 壁際に立ってリモコンを操作するミカ。

「……ったく、察しろ」

 口を抑えてアキオはぼそり。


 何が幸せかなんて、本人たちにしかわからないのであった……。めでたしめでたし。


               END

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