世界大戦

 黒い空間に浮かぶ無数の球体。鮮やかに各々の色を放つそれらは全て一つの世界。勇者が魔王を討伐しに行く世界、少年が病に苦しむ少女との限られた日々を過ごす世界、少女が世界最高の芸術家を目指して奮闘する世界…互いに似通ったもの、はたまた全く異なるもの、ありとあらゆるタイプの物語世界がそこに存在し、互いにその魅力を示さんとそれぞれ色とりどりに輝いていた。

 しかし、自分以外の輝きを認めてしまった瞬間、その世界は魅了された世界の色に染まり、その世界に取り込まれてしまう。そのため、どの世界も自分の世界以外の別世界を認めようとはせず、互いに無干渉でいた。だが、相手の輝きが煩わしくて仕方なく、世界は段々腹にストレスを溜め込み、ある時、我慢の堰が遂に決壊してしまった。世界は、鬱陶しい近くを漂う別世界を取り込んで黙らせようと、別世界に衝突を始めた。攻撃を受けた別世界も黙っていられずに、逆に取り込んでやろうと反撃を行なう。二つの世界の衝突合戦を合図に、やがて全ての世界球体同士が物理的な衝突を始めた。これにより多大な被害を受ける羽目になったのは、他でもない、世界が包括する物語の住人達。衝突が始まったことで、世界の役割や物語があっちへ行ったりこっちに行ったり…世界の優劣状況によって世界内の物語が混沌とし始めたのだ。

 その一例として、勇者が魔王を倒しに行く世界と片想いの先輩に気持ちを伝える少年の物語の世界との衝突の様子を見ていくとしよう。

 まずは勇者世界を覗く。光と闇の最終決戦、勇者と魔王が一対一の激しい攻防を繰り広げる局面。魔王の一瞬の怯みを機に、勇者がトドメの一撃を振り下ろす。攻撃が魔王に到達する直前、勇者世界が劣勢に陥ると、剣が握られていた勇者の手には真っ赤なバラの花束。脳天に直撃するはずのそれを魔王に差し出し、勇者は跪いて愛の告白を奏でる。対する魔王は化け物の姿には似合わない女子学生の制服を纏い、握り拳を口元に当て、内股でモジモジしながら頬を仄かに染めている。再び勇者世界が優勢を取ると、跪いていた勇者に、魔王の口から放たれる灼熱の炎が襲い掛かる。勇者は元に戻った剣で炎を捌き、再び距離を取って体勢を立て直す。

 今度は告白世界を見てみよう。学校の屋上に先輩を呼び出した少年は、目を瞑り、頭を下げ、真っ直ぐ手を差し出す。先輩に対して長年抱いていた熱い思いを告げ、交際を申し込むと、先輩は彼の手を退け、黙って彼の体を抱き締めた。その優しい温もりの返事を受け、少年も先輩の背中に腕を回し抱き返す。ここで告白世界は相手の勢いに押されて窮地に立たされる。すると、少年を抱き締める先輩の力が強く硬くなり、みるみる少年の体を締め上げる。いつの間にか黒く綺麗な長髪をおぞましい蛇の姿に変え、瞳を妖しく緋色に輝かせた先輩魔王の拘束に抗う少年勇者。雷の呪文を唱え、彼女の肩に噛み付かせると、先輩は体勢を崩し、少年は解放されて、距離を取った。少年はすぐに聖剣を呼び出し、先輩に飛び掛って斬撃を繰り出す。先輩もまた魔槍で攻撃を塞ぎ、互いに鍔迫り合いのまま、顔を近付けて睨み合う。と、ようやく告白世界が体勢を立て直す。すると、教室掃除用の掃きボウキを剣のように持って刀身を押し付け合った状態のまま、二人はゆっくりと顔を近付けていき、唇を重ねた。そのまましばらく、互いの熱を感じるように柔らかい感触を堪能した。

 このように、世界の衝突によって物語の一部を台無しにされて困った登場人物たちの悲鳴を受け、衝突の様子を見ていた黒い空間や全ての世界を生み出した最上位の存在は、黒い空間の全てに轟くほどの怒声を上げた。その声に争い合っていた世界たちは驚き震え上がり、いがみ合いをやめて、その場に立ち止まった。冷静に戻った世界たちに、最上位の存在は、我侭を通すために自分たちの世界を乱すことはあってはならないと教え説き、彼らの問題を解決すると共に二度と同じ過ちを起こさないように、世界間に互いの姿が見えないような黒い壁を張り巡らせた。

 こうして、世界がいがみ合うことがなくなり、黒い空間には平穏が戻った。世界が落ち着いたことで、物語の住人達も、安心して自分たちの役割を遂行できると胸を撫で下ろしたのだった。

 やがて、互いの存在が気にならなくなったのが、逆に相手のことを気になり出すきっかけとなり、世界の中には、最上位の存在に頼んで隔たりを一部解除してもらうものもいた。平和的な正しい世界の共演なら登場人物たちも納得いくだろうと考えた最上位の存在は、依頼がある度に快く引き受けた。

 その活動が段々と広がっていき、最終的には再び空間の隔たりは全て取り除かれたのだった。


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超短編集:歪な物語 夕涼みに麦茶 @gomakonbu32hon

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