第2話 彼女にとって、季節は巡るもの

「ささ、座って座って」

彼女は冷たいお茶を持ってきて、制服のままベッドの上で胡座をかいた。

制服のまま、つまり下はスカートである。

そして、僕は床に正座で座っている。

(中が見えそうだ…)

目のやり場に困りながら、話を始める。


「それで、僕はなんで呼ばれたのかな?」


「お母さんと雰囲気が似てたから!」


一瞬の空白。数時間前の昼休みを少し思い出す。


「えーと…?どういう意味かな?」


僕は苦笑いをすることしかできなかった。

そんな僕をみて、彼女はケラケラと笑い出す。


「ごめんごめん、説明をちゃんとするよ」


笑いながら、彼女は話しだした。


「去年の12月に、お母さんが急に死んじゃったんだよね。それで、死んじゃったときに持ってたバッグの中から手紙が出てきてね?遺書かと思ったら、実は魔法使いなんだって書いてあって…」


話の途中で一気にお茶を飲みきる。僕もつられてお茶に手をつける。


「それで、『あなたの部屋に魔法でメッセージを残しておいたの。ある条件が揃ったら見ることが出来るから、頑張って探してね〜』なんて書いてあって…いたずら好きのお母さんだったけど、最後までこんな仕掛けを残していったんだよ?面白いお母さんでしょ?」


最後まで笑いながら話し彼女だったが、その目は少し潤んでいた。


「それで、同じ魔法使いの僕を呼んだわけだね」


「うん!でも、それだけじゃなくて、」


少し僕の目を見て微笑んでから、


「やっぱり君はお母さんに雰囲気が似てるからね!」


雰囲気が似てる、というのはよくわからないが。


「それで、この部屋のどこかにメッセージがあるからさがしてほしいわけだね?」


そういいながら部屋を見回す。

机と、クッションと、タンスと、テレビと、彼女の座っているベッド。どれも勝手にいじっていいのだろうか?


「その通り!部屋のどこを見ても構わないよ〜、ちなみに、タンスの一番下の段が下着だから〜」


またケラケラと笑いながら彼女はベッドに寝っ転がる。

そんな情報はいらない!と心の中でツッコミながら、思わずタンスの方を見やる。寝っ転がってさらにスカートの中が見えそうになった彼女から目をそらすためでもあるが。


ふと、タンスの上の写真立てに目がいく。


「あの写真はなんだ?」


と言いながら立ち上がる。

彼女は「んー、」とか言っていたので、見ても構わないだろう…と判断した。

写真に写っているのは、彼女と、もう1人の女性。


「あっ、お母さんか!」


「ピンポーン!まぁ分かるよね、結構似てるし」


そんな彼女の言葉を聞きながらなんとなく写真立てを裏返す。

写真の裏に、なにかが薄く書かれている。


「ん…これは…魔法式?」


「えっ!嘘っ!」


彼女は飛び起きてこちらに迫ってくる。


「どこっ!?私も写真とか隅々まで探したのに!」


「魔法式は魔法使いにしか見えないからね、仕方ないよ」


「わ〜!やっぱりたかや君呼んだのは正解だったんだね!」


彼女は僕の手を取り、ブンブン振って喜びを表現する。

(僕の名前はたかたにだって…)

少しつっこみたい気持ちも、嬉しそうな彼女と握られた手のことを考えるとさっぱり消えてなくなる。


「ねぇねぇ!メッセージはどうやったら見れるの?」


「んー、ちょっとベッドに座って待ってて?魔法式読み取るから」


「はーい、」と言いながら、顔はわくわくを隠しきれないといった様子でベッドに座った。


「よし、出来る」


ちょうど1分が経過する所で、僕は魔法式を読み取り、ニヤッと笑った。


「あの、僕もベッドに座っていいかな?」


やっぱり、女の子が男子とベッドに座るのは嫌かもしれない。そう思って聞いたものの、彼女は「どーぞどーぞ」と笑いながら少し場所を移動して場所を作った。

僕は写真立てをベッドの前の壁に立てかけ、彼女の隣に座る。


「それじゃあ始めるよ、ベッドから身を乗り出したり手を出したりしない方がいいかも」


「なんか遊園地のアトラクションみたいだね!」


僕は苦笑いしながら意識を集中させる。

領域をベッド以外の部屋に指定し、魔法を発動させる。


『季節、冬』


途端に、部屋の温度は急低下し、雪が降り始める。


「わぁ!すごい!」


彼女は子供のようにはしゃぐ。

すると、写真からホログラムのように彼女の母が映し出される。


「冬花、ごめんね、急に死んじゃって。」


から始まり、彼女の母が光を操る魔法使いだったことや、魔法が使えるようになってからの苦悩を語った。

会社では毎日のように魔法を使わされ、肉体的にも精神的にも疲れていたらしい。

隣の彼女は先程までのはしゃぎ方が嘘のように、目を潤ませながら話を聞いている。


「それでね、あなたの名前、冬の花って書くでしょう?私が冬に死んじゃったことで冬嫌いになるんじゃないかなって思ったの。それでね、」


そういいながら、彼女の母が手をひらりとふる。

雪がうっすらと積もった部屋の至る所から花が咲き始める。

その花を1輪手に取って、


「この花ね、ユキワリイチゲっていうの。あなたの名前はこの花のことよ。花言葉は『しあわせになる。』私は、雪みたいな困難にも負けずに、笑顔の花を咲かせながら幸せになって欲しいと思ってこの名前を付けたの」


そういいながら彼女の母は微笑む。


「だから、幸せに笑いなさい」


彼女は隣でいよいよ涙を零した。僕も少し泣きそうだった。


「そうそう、あなたがこのメッセージをどうやって見てるか分からないけど、どうやらこの街に季節を作ることが出来る魔法使いがいるそうよ。いや、正確には生まれるそうよ。あなたにとって、私たちにとって巡るのを待つだけの季節を作れるのよ。魔法ってすごいわねぇ…魔法使いにとって、季節は作るものなのね」


彼女の母が、彼女と同じようにケラケラと笑う。


「その人に頼ったら、私といつでも会えるわね!じゃあ、冬花。強く生きなさい」


それで、メッセージは終わった。

彼女の母も、粒子となって雪とともに降り積もる。

部屋中に咲いた花に、すこし雪が積もっていた。




「今日はありがとね!たかや君!」


「いやいや、どういたしまして。君のお母さんはすごいね。あんなにたくさんの魔法式を残していくなんて…」


「ほんと、自慢のお母さんですよ〜」


ケラケラと笑いながら、ヒラヒラと手を振る。


「じゃあ、また今度!見たくなったら呼ぶから!」


僕は苦笑いしながら


「いつでもいいよ、またね!」


といいながら彼女の家を去る。





「とはいえ――」


彼女の前では言い出せなかったが、あれだけの魔法式を残しておいて、急な事故死はありえない…

だが、肉体的にも精神的にも疲れていたとはいえ、自殺するような人には見えなかった――


「どうして、彼女の母は死んでしまったんだろう」


思わず、そんな言葉を呟いた。




夏樹冬花編――完

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魔法の正しい使い方 蒼樹 @aoizumi

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