余計なお世話なんだよ

「ねぇ、まずいんじゃないの」

 不意に、誰かの手が触れた。老婆が、僕の小銭を掴んだ手を、自販機の、コインの投入口から遠ざけるように、押したのだ。僕はきょとんとする。

「何の話で?」

「お茶を飲んでしまうと、帰れなくなるのではないの」

「ジュースですよ」

「そういう話ではないのよ」老婆はおそらく意味もなく、ゆったりと頷いた。「駄目よ。捨て鉢はいけないことよ」

「ジュース買っても、帰れますよ。切符は買えますよ」

 僕は笑う。老婆は、僕の手首を掴んでいた。掴まれているから、僕は彼女を無視して小銭を自販機に入れることが出来なかった。

「そういう話ではないのよ」

 老婆は頷く。台詞からしたら、首を振るモーションの方が合っているのではないか、と僕は思ったが言わなかった。

「駄目よ。お家で、お母さんとお父さんが待っているでしょうに、あなた」

「待ってませんよ」

「待っているわよ」

 なにも買わないで早く帰りなさい、と老婆はぎゅっと、一度僕の手を握ってから、放した。ぼそぼそと、独り言のように何かを呟きながら、くるりと背中を向けて去っていってしまう。ふと手を見ると、小銭がなくなっていた。

 僕はひとりで笑う。

「余計なお世話なんだよ」

 財布を取り出して、開く。

 喉が渇いていた。

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