死体みたいだ

 饅頭が潰れていた。

 包装ごと皮が破れて、中の餡が飛び出している。これは饅頭なのに、ただの饅頭なのに、どうしてだかグロテスクに思えた。床が、餡で汚れている。

 なんていうか、

 死体みたいだ。

「すみません」

 ふっと、僕の横を誰かがすり抜けた。そいつは手にティッシュを持っていて、素早く屈むと、床を拭い始めた。小さな袋に、潰れた饅頭と、床を拭ったティッシュを放り込む。ティッシュをもう二枚取り出して、丁寧にリノリウムの床を拭いていく。

「あなたが饅頭を潰したのですか?」

 僕は訊ねた。

「ええ、すみません。つい、うっかり……」ゴミを入れた袋を縛りながら、そいつは振り向いた。困ったような顔で微笑んでいる。「ごめんなさい。もしかして、踏みました?」

「いいえ」

「ティッシュを持ち合わせていなくて……慌てて取りに戻って」

「そうですか」

「粗忽ですよね」

 はにかんで、そいつは笑った。

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