序章

始まりの戦い 1

一九二二年、ノナを代表するアートランチスの遺物レリックが発見されてから約一五〇年。


 世界各地での発掘によりその数は合計四八体を数えるまでになった。遺物レリックの数がその国の軍事力を表す指標ともなり、原初の遺物レリックを有するローゼニア王国は、十三体の遺物レリックを持つ世界最大の遺物レリック保持国となっていた。


 さらに、ローゼニアでは遺物レリックを発掘するのではなく開発し、量産させようとする『帝国再興計画』を四十年前から推進し、ついに十二年前、ノナをモデルとした試作機が完成したのである。


 その性能は、オリジナルの遺物レリックからすれば極めて低性能であったが、当時の兵器水準からすれば高い性能を有していたといえる。


 さらにこの模造品コピーは、オリジナルにパイロットとして選ばれなかった人たちであっても、ある程度の適格性があればだれでも乗れるという大きなアドバンテージを持っていた。


 ローゼリア王国以外の列強も模造品コピーに開発に成功するも、王国が世界に一歩先んじていることはだれの目に見ても明らかだった。


 そんな王国の軍事的優位が危険視され始め、王国南部と国境を隣接するダリアス共和国と北部で接するパドーソル連邦は対王国相互軍事同盟を秘密裏に締結しその脅威に備えることに合意する。


 同じく、王国でも利害関係が一致する東の隣国、プラトリーナ帝国とエルーデバイス帝国と同盟を組むのである。ヨーロシア大陸は一触即発の空気が漂う、まさに戦争前夜になっていたのである。


 そんな二十二年の十二月二十四日のクリスマス・イヴ。プラトリーナ帝国首都にある大聖堂で行われるキリスト生誕祭に参加するために訪れていたダリアス共和国、外務大臣テオドール・マルク・ミュレが銃撃により襲撃され死亡する事件が起こる。


 犯人は、年をまたいでも捕まることがなかった。


 しかし、ダリアス政府は、これをプラトリーナ帝国とロ―ゼニア王国の陰謀であるとし、犯人はローゼリア王国の工作員であり、プラトリーナ帝国が意図的に犯人を逃がしたと決めつけたのである。


 そして、一九二三年三月十九日ダリアス共和国は、報復攻撃としてローゼニア南端の都市シュテルテベカーに侵攻し占拠したのである。


 これに対して王国は、翌日ダリアス共和国への非難とともに断固として抵抗する声明を発表し、宣戦布告を行ったのである。


 宣戦布告を受け、王国南部方面軍司令シュテーグマン上級大将は、隷下部隊に対しシュテルテベカー奪還の命令を下す。


 シュテルテベカー奪還のために一個軍が派遣され、シュテルテベカー近郊にて大規模な戦闘が行われた。


 簡潔に結果を言えば、南部方面軍の圧勝であった。アートランチスの遺物を撃破するために考案された、大型の榴弾砲、戦車、航空機などの高性能な兵器。さらに、模造品コピー。そのどれをとってもローゼリアは、ダリアスを大きく上回っていたのである。


 勢いに乗った王国南部方面軍は逆にダリアス領内になだれ込んだのである。


 のちに王国最後の希望と呼ばれる、クルト・ベッシュ少尉もこのダリアス侵攻作戦に参加していた。


「CP、CP、こちらウルフ八四。応答されたい」

「こちらCP。ウルフ八四おくれ」

「定時報告、異常なし」

「CP、了。引き続き警戒せよ」

「ウルフ八四、了」


 クルトは、第四七遺物レリック連隊の新米士官として僚機を従えて側方警戒の任務に就いていた。


 陸軍士官学校卒業後、遺物レリックパイロットとしての教育終了し、第三中隊第四小隊長に着任して一年。不穏な情勢でいることは、理解しているつもりだった。まさかこんなに早く戦争になるとは考えもしていなかったが…。


「小隊長殿。完全に外れですね、この任務」


 唐突にスピーカーから少しおどけた声が聞こえてきた。


「なんだ、伍長は主戦場に行きたいのか? 」


 声の主は、アレクシス・エグナー伍長。クルトとは、立場は違えど着隊が同期なため、連隊内でも格別仲のいい隊員だ。


「もちろんであります。小隊長殿。自分は身を立てるために軍人になったのですから」

「故郷の両親に楽させてやるんだよな」


 アレクシスは田舎の貧しい家庭で育ったらしい。よく田舎の貧乏話を面白おかしく話してくれるが、十人兄弟の次男として家族が少しでも楽をできるように軍に来たのだと、よく言っている。


「はい。次の休暇で帰ったら王都の土産をチビどもに持って行ってやろうと思っております」

「アレクシスも小隊長殿もおしゃべりはそのぐらいにしてしっかり警戒してください」


 アレクシスの声とは打って変わって野太い声がコクピットに響く。


「うげぇ。だって、仕方ないじゃないですか、ビンデバルト軍曹殿。主力と絶賛交戦中の敵がこんなとこまで来るはずないじゃないですか」


 エトヴィン・ビンデバルト二等軍曹。領土拡大戦争にも従軍した古参兵である。王国軍人としての誇りを持ち、実戦に裏打ちされた操縦技術で遺物レリックに乗る頼もしい部下である。が、アレクシスはよく「熱血ガミガミジジイ」と呼んでいる。


 俺とアレクシス、エトビィンの三人で一個小隊を構成している。遺物は一機一機が歩兵中隊に匹敵する戦力のため、現在の世界ではこれが標準の部隊編成である。まぁ、機体価格がとんでもなく高価なため、多くの戦線に出そうとするとこれが限界の部隊編成だという事情もある。


「そんな考えじゃいつまでたっても出世なんてできんな、アレクシス。いいか。いついかなる時でも警戒を怠らないのが一任米の戦士だ。だいたいな、うげぇ、とはなんだ。うげぇとは。それが上官に対する言葉か」

「まぁまぁ。軍曹もそのくらいにして… 」

「少尉も少尉です。こんなウジムシからミジンコになったばかりのアホと一緒におしゃべりして。士官なんですからもっと責任感を持ってください」

「すみません。軍曹」


 軍曹は、まだまだ軍人とは何かを一人語っているがクルトは、聞き流すことに決めた。


 軍曹も別段悪い人ではないと思うんだけど、アレクシスの「熱血ガミガミジジイ」も一理ある。もう少し、ガミガミしなくなれば下からの人望も上がると思う…。


 クルトは、そんな思考を切り替え軍曹の言う通り本来の任務に邁進することに決めた。

 今回の任務は、国境線に展開しているダリアス共和国軍二個師団に対して攻撃中の王国軍主力の右舷側方での歩哨である。


 すでに、王国軍は大規模攻勢に成功し、共和国軍の瓦解は奇跡でも起きない限り確実なものとなっている。


 余力が残っているはずもない共和国軍が前線から離れた、この場所に現れることはほぼない。アレクシスの気が緩むのも仕方のないことと言えた。


 それでも任務は任務なので、コクピットを帯状に一六〇度囲むモニターに目を凝らす。時々、敵が隠れていそうな場所に望遠しながら一帯の監視を行っていく。



 特段変わりのない分担地域を見終わるとすでに前回の定時報告から二八分経過していた。定時報告は、三〇分間隔と定められているので報告するためにアレクシスとエトビィンに確認をとる。


「異常ありません」


 二人が同じように返信したのを確認して無線のスイッチを外部発信へと切り替えた。


「CP、CP。こちらウルフ八四応答せよ」

「ザ―――――――」


 無線のスピーカーからはノイズのみがいつまでも流れ出てくる。


「CP、CP。こちらウルフ八四。応答されたし、応答されたし」


 二度目のコールにも反応はなく、同じように耳障りの悪いノイズが聞こえるだけ。


「故障かよ」


 無線機の故障は、今までにも何度か経験している。故障だと思ってそうつぶやいた時だった。



「敵、コンタクト! 二時方向!」


 アラート音とともにエトビィンの焦った声がコクピット内にこだました。


 クルトの体がパイロット教育で叩き込まれた挙動を条件反射で行う。二時方向へ向いた機体カメラがとらえたのは砂煙を上げながら迫ってくる遺物レリック部隊だった。

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英雄たちに贈るデブリーフィング かいのうた @kiyourasetuna

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