邂逅
一七八四年、ヨーロシア大陸西岸に位置する農業国家神聖ローゼニア王国に地質調査が行われていた。
隣国ダリアス共和国の地質学者シモン・マリウスによって紀元前一万五千年に噴火したと考えられるアビゲイル火山の火山灰の分布状態を調査し、火山災害の対策として活用するための調査である。その調査の最中にそれは、発見された。高さ四から五メートルはある鈍色の人型の像である。
火山活動によってできた地層から発見されたにもかかわらず、像には損傷がほとんど見られず極めて保存状態が良かったこともあり、当時の考古学会ではヨーロシア大陸に高度な文明が存在したことを裏付ける新発見であると大いに盛り上がったのである。
ローゼニア王国では、その古代文明について本格的な調査を行うことを御前会議で決定するのである。
まず、王立ベレドリア研究所で巨人像に関する詳しい調査が行われた。その結果驚くべき結果がもたらされる。
巨人像の材質は、現在確認されているいかなる素材とも一致せず未知の材質であることが判明した。さらに、巨人像内部から極めて微弱な電波が出ていることが確認されたのである。
王立アイスバーグ博物館に移送された像は発見された地名からアビゲイルの巨人像として展示され、一般公開されることとなったのである。
その後もヨーロシア大陸の各地で同じ年代の地層から人型の像がいくつも出土されては、人々の大きな
関心を寄せることとなる。
アビゲイルの巨人像が発掘されてから十四年が過ぎようとしていた十二月。
例年よりも格段に冷たい寒波が襲った一七九八年。ベレドリア王立大学で考古学を専攻する青年レオン・フランク・シュタインは卒業論文の制作のために訪問したアイスバーグ博物館で歴史的遭遇を果たす。
古代文明についての論文をしたためていたレオン青年が博物館最奥に位置するアビゲイルの巨人像に近づいた時にそれは起きた。
突如、巨人像の全身が白く発光し、巨人像を保護するためにあったガラスケースを自ら破壊し、唖然とするレオン青年に歩みだしたのでる。
恐怖によりその場に硬直したレオン青年の目の前まで歩み寄るとその場に膝を折り片言の音声を発したのである。
「ワガナハ、ノナ。ナンジガワガアルジデアルカ? 」
鈍色だった表面は光沢のある白色に変貌し、瞳と思しき場所だけが黄金色に不気味な発行をしている。
ガラスの割れる音を聞き駆け付けた数名の衛兵は驚愕の表情で入口に立ち尽くしていたが、冷静さを取り戻した一人が軍人としての義務を思い出したのか、それとも恐怖からなのか上官への報告のために全力で駆け出した。それに続いてその他の衛兵も踵を返して駆け出した。
そしてまた巨人像がつぶやく。
「ナンジニトウ。ナンジハ、ワガアルジデアルカ?」
そこでやっと落ち着きを取り戻したレオン青年は純粋な考古学的探究心から素朴な疑問を投げかける。
「あなたはだれにどんな目的で作られたのですか?」
それは、古代文明につて研究しているものなら誰もが疑問に思う巨人像についての謎。十年以上様々な研究者が調査研究を行っても解明できない謎である。
「ナンジガギモンニコタエヨウ」
レオン青年は、どんな考古学の権威にも解明できなかった謎を自分が解明することができるといううれしさが抑え切れない。
「ワレハ、アートランチステイコクコウテイ、ウォーレスニセイノメイニヨッテツクラレタ、ヒトガタキドウヘイキデアル」
アートランチス帝国。神話上に出てくる現代文明を上回る高度な科学技術を有し、世界の半分を征服したのちに、神々の怒りによって深海に沈んだ幻の帝国。
今まで、架空の国家だと思われまともな研究など行われてこなかった、アートランチス帝国が存在していたという事実が青年の興奮を助長する。
「モウイチドトウ。ナンジガアルジデアルカ?」
その問いに対して単純な興奮と学術的好奇心を抑えられなかった青年は答える。
「もちろん」
青年はそう即答した。自らが世紀の発見を行う夢がこれで叶うのだからと。故郷の村で自慢できる話題ができると。
「カクニンシタ。ワレハ、ナンジノケントナリ、タテトナリ、ナンジガタオレルマデトモニタタカウコトヲ、コウテイヘイカニチカオウ」
ノナが音声の発生が終わると上官を伴った衛兵が部屋に入るのはほとんど同時だった。衛兵が見たのは、まだ二十代前半の青年に片膝を地面につけ、首こうべを垂れる巨人像の姿であった。
のちに『レオンの邂逅』と呼ばれることとなる歴史的事件によって、ローゼニア王国は列強各国に先駆
けてアートランチスの遺物を世界で初めて運用可能となったのである。
『レオンの邂逅』によってアートランチスの遺物の起動条件が解明される。遺物レリックから発せられている微弱なパルスの波形と生体パルスの波形が一致する人間が遺物レリックの半径一メートル以内に接近した場合に起動されることが判明した。
さらに、ノナには高度な人工知能が搭載されているがその他の機体においては、ノナと同じく初期に開発されたプロトタイプ以外には簡易的な人工知能しか搭載されていないことが判明する。
この他にも数々の世紀の大発見がいくつもノナとの対話によりいくつも見つかるが、ロ―ゼニア王国は国防上の重大機密であるとして公開しない方針をとったのである。
ノナの驚くべき性能が世界に初めて示されたのは一八〇〇年に起きたローゼニア王国によるトュリプ大公国侵攻に端を発する北方侵略戦争である。
ロ―ゼニアが北部で国境を接するトュリプ大公国に対して侵攻を開始し、わずか一週間で大公国の制圧を完了させたのである。その後も王国軍は北進を続け列強の一つであるパドーソル連邦までにあったすべての国家をたった三カ月の間に攻略したのである。
制圧した土地は当初のロ―ゼニア王国の国土の三倍であり、王国は一躍列強の仲間入りを果たしたのである。
この侵略戦争においてノナに搭乗したレオンは、常に戦線の最前線で戦闘を行い、単機で一個師団相手にし、壊滅させるなど常軌を逸した戦果を挙げる。
当時の北方諸国では、小型の野戦砲とマスケット銃、騎兵隊が主流であり、ノナが戦場で圧倒的戦果を挙げるのは王国側からすれば当然のことであった。
ノナの圧倒的な戦闘を見た敵兵士は「不死身の悪魔」、「白き竜」などの通り名をつけ、恐怖の対象として認知されたのである。ノナの姿が確認されただけで逃げ出す兵士がいるほどであった。
この戦争ののち列強各国のみならず世界中の国家がアートランチスの遺物発掘およびそのパイロットの発見に全力を注ぐようになるのは必然であった。
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