英雄たちに贈るデブリーフィング
かいのうた
プロローグ
英雄たちに贈るデブリーフィング
「王国最後の希望は、自分一人で十分です。姫殿下は、王国復興の最初の希望になってください」
「いやだ! 私は、近衛師団とともにあるのだから」
「お願いですから最後ぐらい自分の言うことを聞いてください」
遠くで鳴り響いていた戦闘の音は、すでに聞こえなくなっている。
第一中隊もすでに突破されてしまったようだ。
「副官、姫殿下を王都までよろしく頼む」
「いやです。自分も軍人です。王国のために死ねるなら本望です!」
いつもは「了解しました」としか言わない副官が珍しく口答えをする。
どうも、この大隊の隊員は死に急ぎすぎている。
「軍人だと言うのなら、命令だ。姫殿下を王都までお送りしろ!」
軍人である以上、上官の命令は絶対だ。
「私を置き去りにして話を進めないで。私は、ここに残って戦うって決めているの!」
姫殿下のいつものわがままが始まる。
いつもは、わがままに付き合っているが、今回だけはわがままを聞くわけにはいかない。
「分かりました。姫殿下、今までとこれからのご無礼をどうかお許しください」
すでにボロボロだった搭乗席の扉をこじ開ける。
姫殿下は、何事か叫んでいたが問答無用で引きずり出すと副官に投げ渡す。
「もう一度言う、姫殿下を王都までお送りせよ。これは、大隊長命令だ。必ず達成せよ」
「…了解しました。この身に変えても必ずお送りいたします。ですから大隊長殿もどうかご無事で」
「誰に対していっている。ローゼニアの黒き死神だぞ。連合軍などと名乗っている烏合の衆ごとき一捻りにしてくれる」
そんなことができるわけがない。
この場にいる三人ともが知っている。
追手の連合軍は、最低でも二〇〇人はいる。一人でどうにかできるレベルではない。
だからこそ、最も長く時間の稼げる人間がこの場に残るべきなのだ。
「王都で大隊長殿の
「ああ、必ず」
人は、どうして叶わぬ約束をしてしまうのだろうか?
「私に行った数々の無礼の罪を償わなければならないから、こんなところでくたばったら死刑にしてやるからな」
くたばったらすでに死んでいるのではないだろうか? 最後まで抜けているところは、最初から変わっていないと思う。
思わず笑ってしまう。
「何を笑っている。私は本気だからな。首を洗って待っておれ!」
副官の手の中で地団駄を踏む姿は、到底王国最強の師団を率いているとは思えない。
「分かりました」
今来た道から地響きのような音が迫ってくる。もう時間は、残されていないようだ。
「さぁ、早く行け!」
返事を待たずして機体を敵方へと向ける。
「はい。では、王都でお待ちしております」
その言葉を残して足音が遠ざかっていく。変わりに前方から、敵が迫ってくるのが確認できた。
その数、およそ二〇〇。
各中隊が言葉の通りに命を賭して削ってくれたようだ。
「テトラ、これが最後だ。頼むぞ」
「お任せください。ご主人様の剣となり、盾となると最初に契約したではありませんか」
モニターに映し出された黒髪の少女が答える。
「そういえばそうだったな。使い方の粗いご主人様で悪かったな」
「いいえ。私は、そんなご主人様が大好きですよ」
血なまぐさい戦場には似つかわしくないきれいなソプラノの声がコクピットにこだまする。
「そう言ってくれるとうれしいよ」
敵が射程距離内に足を踏み入れたことがディスプレイに表される。
思考を戦闘状態へと切り替える。
構えた銃の引き金を静かに引く。
爆音とともに放たれた弾丸は、先頭を駆ける機体の脳天を打ち抜いた。
それでも倒れた機体を飛び越えて敵は迫ってくる。
外部スピーカーの電源を入れる。
「わが名は、クルト・フォン・ベッシュ。神聖ローゼニア王国陸軍中佐にしてシャルロッテ近衛師団、遺物レリック特別遊撃大隊大隊長である」
少しでもここで時間を稼がなければならない。
「貴様ら王国を荒らす蛮族数万の返り血を浴びた、このローゼニアの黒き死神がここから先には行かせはしない!」
はるか昔にすたれた名乗り上げを行う。
ローゼニアの黒き死神と言えば少しぐらいは、引き返すかもしれないと期待したが、我先にと間合いを詰めてくる。
大きく深呼吸を一度する。
そして、一言静かにつぶやいた。
「
これは、命がゴミのように使われる戦場で、祖国のため、名誉のため、愛する人のために戦った英雄たちの物語。
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