手紙

@fya

手紙

 気持ちを伝えるための手紙なら気持ちをそこに書いてもらわないと、たとえば「今夜の月は綺麗ですね」なんて書いて渡されたところでそう書いてある理由も合わせて言ってくれないと「ああ、そうなんだ」なんてなるはずはない、そうでもなければ馬鹿なわたしには一切伝わりはしない。

 それでも書いた人の気持ちが「何かあるんだろうな」くらいは思うから、手紙だからもらったら真剣に眉をひそめながらでも読む。

 なんでそう書いてあるのかの一言は欲しいけど手紙にいくら問いかけてみてもそれは手紙だから答えてはくれなくて一所懸命読むしかなくて。

 そうして読み終えた後にもひそめた眉が戻ることはないまま渡してくれたキミの気持ちも渡されたわたしの気持ちもどこか時間が過ぎるのを待つ気まずさを残して記憶の隅に忘れさろうと無駄な努力をしたりするから。

 本当はそこに書いてある事に意味を見出したり読み取ったりしなくてもいいよって誰も言ってくれたりはしないから、渡された事も読んだ事もわからなかった事も何もかもがなかった事になるまで生活に追われたふりを続けてしまう。

 そうしているうちに本当に生活に追われているんだとうまく思い込めるようになるとなんだか安心して疲れた顔をしてそれが日常だと思えるようになると今度は誰かと、なぜだろ、明確な誰なんて顔も声も浮かんだりはしない知らない誰かでいいから自分を認めてくれたりはしないだろうかとか、寂しい女みたいな事を考えてみたりする自分の顔は鏡でみるととても疲れていたりして嫌になる。

 そうした時だけ都合よく不意に記憶の隅に追いやったはずの木箱がコトリと音を立てて目の前に転がるものだから何も考えないままにその蓋を開けて中にある黄ばんだ枯葉みたいになった手紙を取り出して読み返したりしてしまってやっぱり意味は読み取れないと確認したのに、それなのにもらえたことの意味があまりにも遠く重さを増してることに気がついたわたしはやっぱり馬鹿だ。

 わたしにとって意味のない散文詩にも似た言葉が書き連ねられたたった一枚の枯葉のような便箋が時間の経過で払うことのできない重さになるなんて知らなかった。

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