3(死体)

 ぼくときいちゃんには、二人だけの秘密基地があって、ある日そこできいちゃんと遊ぶ約束をした。

 放課後、いったん家に帰ってから、あらためてその場所に向かう。秘密基地で会うときはいつも別々で、いっしょに行ったりはしない。そういうルールになっているのだ。

 近所の公園をつっきり、ホームセンターの裏手を通りこし、コンビニの横を抜ける。それから鉄道下のトンネルをくぐった先に、その場所はあった。

 入口はフェンスで封鎖されているので、別のところに回る。トタンの壁にそって歩いていくと、すぐ横が排水溝になった細い道に出る。その場所には一ヶ所、壁に小さな穴が空いているのだ。

 ちょうどぼくがかがみこんで通れるくらいの穴で、そこを抜けると建物の中に入れる。

 中には、何もない。

 そこはたぶん、昔は何かの工場だった場所で、今は使われていなかった。いったいいつ頃から廃棄されているのか、コンクリートの床や壁際に、緑色の植物が茂っていた。屋根の一部には穴が空いていて、天井からきれいな砂でも降ってくるみたいに光が射しこんでいる。変に清潔で、がらんとした場所だった。

 この廃工場を見つけたのはきいちゃんで、ぼくは知りあってしばらくした頃に教えてもらった。怪しげな場所ではあったけど、不思議と怖い感じはしなかった。怖がりのぼくとしては、それは珍しいことだったのだけれど。

 きいちゃんはまだ来ていないのか、どこにも姿が見えなかった。巨人の寝室みたいに何もない場所を、ぼくは歩いていく。静かで、くっきりした形の足音が響いて、時間は完全に止まっていた。

 少し歩くと、入口のほうに何か小さなものがいることに気づく。猫だった。この場所で猫を見るのははじめてだった。でも何となく、その様子から猫はずっと前からここに住んでいたようでもあった。

 ぼくが近づくと、猫は警戒するように身を起こした。いつでも駆けだせる格好だった。光線の具合なのか、不自然なくらい濃いエメラルド色の瞳が、じっとぼくのことを見ている。

 できるだけ静かに近づいてみたけれど、ぼくがある線を越えると、猫は一散に走りだして姿を消してしまった。まるで夢の中にでも消えてしまったみたいに、そこには何の痕跡もない。


 そしてぼくは出し抜けに、きいちゃんの死体を発見した。


 視界の陰になった、壊れかけた仕切りのあるところだった。ちょっとしたスペースがそこにはある。元々は事務所か休憩所に使われていたのかもしれない。

 その真ん中に、きいちゃんの壊れた体が置かれていた。全体的に見ると、きいちゃんの死体は半壊状態というところだった。

 髪の毛の一部は頭皮ごと剥ぎとられ、赤い表面がのぞいている。側頭部に穴があいて、よく見ると砕けた白い骨のようなものが床に転がっていた。千切れかけた耳朶が顔の横にぶらさがり、鼻はひしゃげて折れ曲がっている。目玉はくりぬかれて両方とも暗い眼窩がのぞき、顎が外されているのか口元がおかしなことになっていた。

 指先はすべてあらぬ方向に砕かれて、腕は可動域をはるかに越えて捻じ曲げられている。左胸のところには心臓が見えるように丸い穴があけられ、そこから失敗した料理みたいに肋骨が飛び出していた。心臓はもちろん止まっていて、どす黒い血がそこにたまっている。腹部は横一直線に切り裂かれて、腸の大部分がはみ出していた。

 スカートの下からのぞく膝は鈍器のようなもので砕かれ、足の腱は切断されていた。足首は両方とも変な具合に曲げられ、爪はすべて剥ぎとられている。隠れていて見えなかったけど、スカートの下だってどうなっているか知れたものではなかった。

 ぼくはそれだけのことを、ごく冷静に観察した。ほら、だから言ったんだ、とぼくは思った。そんなに怖い話ばかりしていたら、きっと本当に怖いことがやって来るって。きいちゃんはまるで聞かなかったけど、やっぱりぼくの思ったとおりだったって。

 なおもきいちゃんの壊れた体を眺めているうち、ぼくはふと、もしかしたらきいちゃんは死んでもぼくを怖がらせようとしているのかもしれない、とそんなことを思った。わざわざこんなふうに残酷な殺されかたをしてまで、相変わらずぼくを怖がらせようとしているんだ、と。

 それからぼくは、急に殴られたことを思い出しでもしたみたいに、胃に激痛が走って、叩きつけられるようにその場にかがみこんだ。体を締めつけるネジがすべてばらばらにゆるんで、血液がでたらめな流れかたをはじめる。

 体が熱くなったり冷たくなったりして、視界が高速でスピンした。重力があっちにいったりこっちにいったりして、誰かに手を突っこまれて頭の中をかき回されている気がした。

 そうして盛大に胃の中のものをぶちまけてしまうと、ぼくはこういう場合に唯一正しい行動をとった。

 ぼくは地面に倒れ、気を失った。

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