(9) 宝石の在処
(あの男が、【麒麟の鱗】を盗んだのね)
唄は湧き上がる気持ちを押しとどめながら静かに話を聞く。刑事がいる以上、唄たち三人が口を挟むのは不自然になってしまう。いまは落ち着いていた方がいい。
ヒカリも、顔を俯かせた風羽も、口を噤んでいる。
何の目的があって、怪盗メロディーの名前を騙り、【麒麟の鱗】を盗んだのかはわからないが、汚名を着せてきた相手をそう簡単に許せるわけがない。
刑事と話していた織部が、納得したように頷くと、チラリとこちらに視線をやってきた。一瞬だったから気づかれてはいないだろう。近くに飛んでいた蝶が、どこかに飛びたった。
手持ち無沙汰な千里が近寄ってくる。
「風羽たち、これからどうするんだい?」
「僕は……少なくとも、こんな時間だし、対策も考えなきゃいけないから、そろそろ帰るよ」
「父さんたちは、いまは外?」
「うん。だから帰ってもひとりだけど、別に平気だよ」
「なら、俺も行っていいか? あとはっちんもいるけど。えーと、たまには泊まらせて」
「あそこは兄さんの家でもあるんだからね。わざわざ断る必要はないよ」
「あはは、そうだったなぁ」
「でも、仕事は大丈夫なの? 忙しそうにみえるけど」
「今日はもう大丈夫なんじゃないかなー。少なくとも、宝石の在処はわかったし」
「それならいいけど」
「じゃ、決まりだな!」
うれしそうな顔でガッツポーズをした千里が次の瞬間、わき腹を抑えてうずくまる。ボソボソと何かを口にしているが、唄にはよく聞こえなかった。風羽が、ため息を吐く。
「それなら私たちも帰るわね。明日はちょうど学校がないから、朝の十時に水練のところに集合で」
「お、おうっ」
「わかったよ」
ヒカリと風羽が頷くのを確認すると、唄は改めて話し込んでいる刑事たちを見た。
(あっちは、どうなるのかしら)
できればもう、唄の正体を知らない刑事には、乙木野町を出て行ってほしい。けれどあの男も異能力者だ。そううまくことは運ばないだろう。
(一応、陰陽師からの疑念は晴れたと思うけど。あいつらは、これから私たちをどうするのかしら)
それも、心配だった。
◇◆◇
「それにしても、薄情な奴らだよなぁ、兄者」
「仲間を、見捨てるとはな」
どこか小馬鹿にしたような青秦の言葉に、織部は重々しく頷いた。
話を付けた後、刑事たちはそのまま各々のところに帰っていった。その中に怪盗メロディー御一行もいたが、ここは疑って襲い掛かった非礼を詫びるのも兼ねて、刑事の前で話しかけることはなかった。朱音も呼び戻さねばならないだろう。
織部は、地面に寝転がされている少女に目を向けた。
美しくも長い赤髪の少女だ。まだ幼く見える少女は、目を瞑っている。
まさか、あの
「兄者」
少女の傷の手当を終えた青秦が、織部の名前を呼ぶ。
「この女――死んでるぜ」
「何?」
致命傷に至る傷ではなかったはず。
織部はしゃがみ込むと、少女の首元に手を当てた。
ひんやりと冷たい感触。鼓動の音は、感じられなかった。
「どうなっている」
この冷たさは異常だ。
もしさっきの蛇の噛みつきで死んだのだとしても、こんなにも早くに冷たくなるのはおかしい。
「やはり、操られているのか」
あのネクロマンサーに、死体を操る異能はなかったはずだが、この少女が元から死体だったとするならば、まだ納得できる。何かしら、死体を操る術を身に着けたのかもしれない。
「死体を操るとは、なんとも悍ましい」
織部は迷ったが、少女はこのまま自分たちの借りている家まで連れて帰ることにした。
少女を抱えると、織部は歩き出す。
それから数歩、後ろからついてくる気配を感じながら、織部は歩いた。
そして、ふと思い出すと、振り返ることなく青秦に問うた。
「青秦。なぜ、あの小僧――鬼の子を襲った?」
後ろから、息をのむ気配がした。
暫くして言葉が返ってくる。
「あいつは、どうせ死んでいるはずの人間だろ。母さまの慈悲により生きながらえることができたようだがよぉ。鬼の子は、死ぬ定めにある。だから、殺そうと思っただけだ」
ははッ、と乾いた笑みが、後ろから響く。
「まあ、まだ死なんで済んだみたいだがよ」
静寂。
織部はため息を堪えながら、短く返した。
「そうか」
「あはは、なあ、兄者も許してくれるだろ? だって、鬼の子だぜ。十四年――いや、誕生日がきているから十五年前か――に、死んでいるはずの小僧だ。別に、殺したって文句は言わねぇよなぁ?」
「そうだな」
それでもなお、織部は青秦に顔を向けなかった。
ただ淡々と、冷たい声で告げる。
「もし、次に勝手な行動を起こしたら、おまえを阿部家から追放する」
「なっ。どういう意味だよ、兄者! 俺は何も悪いことしてねぇだろ!」
「少なくとも、道理に反する行為だ。阿部家に、無意味な殺生をする輩は必要ない」
「いやいやいやいや、あいつは鬼の子だろ? なぁ? 何度も言うが、いま生きていたらおかしい人間だ。なあ、兄者だって阿部家の当主になってんだしさ、知ってるはずだろ。鬼の子は、我らが陰陽師にとっての災厄だって。あの黄色い髪に、灰色の瞳で産まれてきた赤子が何をしたのか、兄者だって知ってんだろ!」
「……ああ、覚えている」
十五年前、織部が十二歳の誕生日を迎えて一カ月ほどたった時、あれが産まれたことも。
その見た目から、産まれてすぐに鬼の子だと解り、産んだ母に穢れが移らぬようにと、母が自らその手でその鬼の子を殺せと、当時の当主――織部たちの父親に告げられたことも。
次期当主になるための訓練を日々行っていた織部は、よく覚えている。
――たとえば、母が死の間際に教えてくれた、秘密話だって。
死んだ父にも内緒のその話は、個別に伝えられていた青秦と朱音たち兄妹しか知らないことだった。
それでも織部は、青秦に無慈悲に告げる。
「私の言葉が聞けぬのなら、いますぐにでも阿部家を出ていくがいい」
「はんっ。そうかよ。兄者がその気なら、俺さま自身が出て行ってやるぜ。……あばよ」
力強く床を蹴り、遠ざかっていく足音が背後から聞こえた。その足音は、タンタンと遠ざかっていく。
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