(8) ネクロマンサーの退場


「あれ、おかしいな」

「どうしたんだ?」


 薔薇を舞わせている手とは違う掌の上に乗っている水晶を見下ろしながらつぶやいた英に、優真は反射的に相槌を打った。


「見て、優真。この水晶、ずっと虹色に輝いている」

「宝石が近くにあるからじゃないのか?」

「そうだと思っていたんだけど、さっきよりも光の加減が弱まっている気がするんだ。まるで宝石の場所が、僕らから遠ざかったみたいにね」

「……宝石が動くわけがねぇよな?」

「うん。それはさすがに考えられないけれど、別の可能性はある」

「宝石の持ち主が、オレらから距離をとった?」


 優真の言葉に、英は嬉しそうに頷いた。そこまで何気なく会話をしていた優真は、ハッと顔を強張らせる。どうして自分はこいつとこんなにも親しく話しているのだろうと狼狽していると、英が人差し指をくるっと一回転させた。薔薇を操作していた方の手で。


「宝石の持ち主が距離をとったということは、ついさっきやってきたあの変わった和装をしている彼らは違うだろうね」

「……後ろにいる奴らも違うな」


 優真は、背後にいる刑事たちに指を向ける。


「そうだね。優真も僕の近くにずっといたし、もちろん僕もずっと水晶を握っていた。となると、さっき僕らから距離をとった相手は、限られているよね」

「夢幻泡影」


 すんっ、と優真は不機嫌さを隠すことなく鼻を鳴らした。

 パチパチパチ、と英が拍手をする。その顔はやはり嬉しそうだった。


「大正解!」

「うるせぇ。特に難しい問題でもないだろ」


 いまにして思えば、うまく誘導されていたのだろう。会話のコントロールを握られていたことは不愉快だが、ひとつの疑問は解消された。

 そして優真は、新たなる疑問――いや、ひとつの事実を思い出す。


「英。おまえ、異能はもう使わないのか?」

「あ」


 英が立てていた指をほどいて、下におろす。

 優真は金髪赤目のクソ探偵から視線を逸らすと、いまだに目の前で攻防を繰り広げている白蛇と青色をアップに方サイドで結っている少女から視線を逸らし、後ろで成り行きを見守っている、消えることのない夥しいほどの拭いきれない血の匂いを漂わせている、泡影を見た。

 泡影も、こちらを見ていた。

 メガネの下、つまらなそうに曇らせている瞳と目が合う。


「そろそろ、ワタシは帰らせてもらうよ」

「させると思うのかよ」


 踵を返した泡影に、奇抜な格好をした男が懐から出した紙のようなものが形作った青色の蛇が、素早い動きで泡影に襲い掛かる。白蛇と相対していた少女が、「主さマ!」と声を上げるが、遅かった。

 青色の蛇は真っ直ぐ泡影の腕に食らいつこうとして、その前に躍り出た少女の肩に食いついた。

 奇抜な格好をした男が、舌打ちをする。


「自分の身を盾にするとか、正気じゃねぇな」


 白蛇を鷲掴みした青い髪の少女が、肩に食いつく蛇を掴みながら膝をついた少女に近づいていく。弱弱しく噛まれた腕をだらりとさせているのは、小学生ぐらいの幼い少女だった。楓花よりは年上だろうか。少し胸が掴まれる感覚がしたが、優真は押し殺す。

 再び、変わった和装をした男ふたりが、懐から紙のようなものを取り出す。

 瞬間、噛まれた少女が幼い声を高く響かせた。


「早く、お逃げニ、なってくだサい、主さマ!」

「迷夢」

「泡沫も、早く。ファントム、アナタは、きちんと主さマを、守っテ」

「……迷夢」


 迷夢に近寄っていたふたりの少女が、神妙そうな顔で頷いた。

 踵すを返していた泡影は首だけで振り返ったが、「早くいくぞ」と急かすだけで、少女の様態を気に掛ける様子はなかった。

 白と青の蛇が、交差するように、彼女たちに襲い掛かる。


「少し、夢を、見させてもらいマすわ」


 立ち上がった少女が、傷のある体を厭うことなく、両手でそれぞれの色の蛇を掴む。

 その間に、青色の髪と黄色い髪の少女に腕を引かれた泡影が、この場から離脱していく。


「やはり、ね」


 もうとっくに花弁の届く範囲から消えた泡影の姿から視線を逸らし、英は掌の上にある水晶を見つめながら呟いた。


「【麒麟の鱗】は、あの男が持っている」



     ◇◆◇



「どころで、オタクは誰ですか?」


 佐々部啓吾は、状況が収まったのを見計らい、少し距離を開けたところで内緒話をしている、和洋折衷の格好をした男たちに問いかける。

 そのふたりの男の内、端正な顔立ちに相成り長い黒髪を白リボンでひとつに結っているため女性に見間違えてもおかしくない男性が、薄く口を開いた。


「わけあって、あの科学者を追っている者だ。そちらは?」

「オレは怪盗メロディー対策本部の、ただの刑事です」

「怪盗を追っているのか」


 何か訳知りのように頷く黒髪の男の後ろで、奇抜な和洋折衷の格好をした男が、おもしろそうに鼻を鳴らした。


「はんっ。怪盗なんぞも捕まえられない腑抜けたヤツらか」

「暫し、口を閉じておれ、青秦」


 青秦と呼ばれた男が、つまらなそうな顔をしながらも言われたとおりに口を噤んだ。

 佐々部は些細なやり取りを気に掛けないふりをしながら、黒髪の男に訊ねる。


「これは答えられたらでいいんですけど、どうして科学者を追ってるんですか?」

「それは――答えられない。だが、我らにとって必要なことだ」

「そうっすか」


 思った通りの返答に佐々部は視線を脇に向けると、英の持っている水晶を見る。水晶は、もう輝いていない。


「けど、少なくとも、あの科学者を追うっていうのは、オレらとそう変わらない目的になるっすね」

「……どういう意味だ?」

「あの科学者がですね、持っているんですよ」

「何を」

「この乙木野を猛毒たらしてめている霧を起こした、【麒麟の鱗】ですよ」


 まあ正確には、【麒麟の鱗】がなくなったから、霧が発生したんすけど、と佐々部は困ったように笑った。

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