(7) 疑惑


「う、唄ぁ。なんか、なんか人数増えたぁ」

「ヒカリ、うるさい」


 泣き声のような声音で腕を引っ張ってくるヒカリをひと睨みで黙らせると、唄は新たに表れた人物にさりげなく視線を向けた。

 白衣を着た男に続いて現れたのは、これまた荒唐無稽な格好をした男二人組だった。

 唄が先刻であったばかりの陰陽師たちだ。

 長い黒髪を白いリボンで括った織武が、優真が夢幻泡影と呼んでいた男に静かな凄みのある瞳を向けている。その後ろには和洋折衷の恰好をした青秦がいた。

 白衣の男は、陰陽師たちの知り合いでもあったらしい。それも親しい間柄というわけではなく、織武の雰囲気から感じ取るに、泡影はなのだろうか。

 唄の正体を知らない刑事がいる手前、風羽もヒカリも、下手に異能を使って刑事に悟られるわけにはいかないので、唄たち三人は静かに状況を見守ることにしていた。

 千里が少し下がってくると、佐々部に気づかれないように早口に言う。


「ごめん。変なのに巻き込んでしまって。風羽たちは何もしなくていいから、ここで待ってて。ここからは大人でもあり風羽の兄でもある俺の出番だからアイタッ! ごめんごめん俺の異能なんて役に立たないけど俺にははっちんがうわぁ」


 足から崩れ折れた千里が、何事か口走ると、今度はわき腹を抑えるように蹲った。

 声が大きかったからか、佐々部が首だけで振り向く。


「先輩どうしたんすか? 奇襲ですか?」


 千里の奇行に、佐々部は特に心配している素振りは見せなかった。もしほんとうに奇襲をされたのなら、もっと大事になっているはずだろう。佐々部は前方で相対する三人を気にかけながらも、どこか冷めた目と、おちゃらけた声音でそう言った。

  

「ち、違うぞ、佐々部。弟とじゃれていただけだぜ」

「……僕のせいじゃないけどね」


 事情を知っているらしい風羽が、千里の周辺を見渡しながら囁く。

 そんなコントじみたことを繰り広げている唄たち五人を置いて、四メートルほど先では険悪な雰囲気が続いていた。



    ◇◆◇



「ふんっ。誰かと思えば、おまえたちか。最近の陰陽師は知名度が落ちて暇なのかな?」


 泡影の言葉に、青秦が青筋を立てて歩み寄ろうとするのを織武はひと睨みして止めると、再び相対する白衣の男に目を向けた。

 一見すると何の変哲のない二十代後半ほどの男性。髪の毛はだらしなくもぼさぼさで、かけている丸眼鏡はずれている。白衣を着たり帰省を上げたりしなければ、帰宅途中の疲れたサラリーマンにでも紛れ込めるだろう。

 だがそんな身なりをした男も、また異能力者である。

 しかも彼の異能は少々ふざけていた。

 根っからの研究者体質である泡影は、運動神経も悪ければ興味のないことには体力を使いたがらない引きこもり体質。正直戦闘能力は全くないといっても過言ではないのだが、彼の異能は歴史上でも類を見ないほど逸脱していた。

 きっと彼の能力を知れば、世界中の異能力を持たざる人間が驚嘆するだろう。そして、異能を欲しがる人間が彼のもとにこぞって集結するかもしれない。

 阿部家の掴んでいる情報で語るならば、夢幻泡影の異能は、「異能の譲渡」だった。

 死んだ異能力者の死体から異能だけを抜き取り、生きている人間に植え付けることができる。

 彼はその力を使って、異能に目覚めてからこれまで数々の実験を行ってきていた。その実験の中には非人道的なものまれ含まれており、道理に反した行為を周囲に隠すことなく行っている。

 情報は、あまりにもあっさりと出てきた。


 こちらを馬鹿にした態度をとる泡影を、織武は静かに見返す。

 唇を持ち上げると、威圧を込めて泡影に問いかけた。


「我が親族の遺体を返すのだ」


 数カ月前のことだった。

 不慮の事故で命を落とした織武の従兄の遺体が、葬儀場に運ばれてくる前に何者かに盗まれた。従兄といえども阿部家に連なる家系に生まれた子には、「神力」と呼ばれる式神を操る能力が備わっている。

 織武の従兄も例外ではなく、彼にも陰陽師としての血とともに神力――つまり、異能力を持っていた。

 その誇り高き陰陽師のひとりである従兄の遺体が何者かに盗まれた。

 血眼になり探した末、阿部家の諜報機関により、夢幻泡影の名前が上がったのだが、タイミングが悪いことになかなか泡影を捉えることができないでいた。遺体もまだ見つかっていない。

 阿部家の威信を胸に、これ以上この男を野放しにはできない。追いかけっこは終わりにして、潔く捕まえる。

 泡影は腕を組むと、わざとらしく首を傾げた。


「ワタシは、陰陽師の遺体なんて知らないな」


 しらじらしい態度だ。嘘だろう。

 織武はいつでも式神を召喚できるように一枚の霊符を懐から取り出すと、再び泡影に問う。


「貴様が盗んだことは、もうすでに判明している。言い逃れしようとも、そうはいかぬぞ」


 すると、泡影は、だらりと肩を落とした。


「本当に知らないと、ワタシは言っているのだが。陰陽師の遺体を手に入れていたら、今頃ワタシは実験の毎日だっただろう。だが悲しきかな。最近とくに面白い素材も手に入らないものだから、十一年前に逃げ出した実験体でも気まぐれに探して捕まえようとしている途中なのだよ。それに、先日、死にかけた陰陽師の体を手に入れようとしたのだが邪魔をされてしまったばかりなのだよ」


 どこか不機嫌そうに、泡影がごちる。


「死にかけた陰陽師の体?」


 織武はその正体を訝しみ、けれどすぐに正体に心当たりを思いついた。


「その死にかけた陰陽師の体を見つけたのは、いつのことだ」

「ふむ、いつだったかな。たしか幻想学園で祭りが催されていたその最中だったと思うのだが……」

「そうか。――だが」


 織武はいったん思考を後回しにすると、先に目前の人物のこれからの処遇について考える。


「貴様が本当に盗んでいない証拠はどこにもない。それに貴様は、警察からも指名手配書が出ている。ここで、捕らえられてもらうぞ」


 人畜無害とは程遠い男は、ここで捕まえねばならない。

 織武が呪文を囁けば、持っていた霊符が白い蛇の姿を象った。その蛇が、泡影に向かっていく。

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