(5) ネクロマンサーの登場


 唄たちと合流するべく探していたら、思いがけない人物たちと出会ってしまった。


「また逢ったね」


 とニコニコ顔の兄から視線を逸らし、風羽はその隣にいる人物に目を向ける。

 風羽とほぼ同時に現れた藍色の髪の派手な格好をした刑事、佐々部だ。今日も前回見かけたときと変わることのない派手な身なりをしている。スーツこそ落ち着いた色合いのグレーだが、シャツを着崩し、首にはジャラジャラとしたネックレスを三つ。耳には左右に大きさの違うピアスを二つずつつけている。彼はヘラとした顔で風羽を見ると、隣にいる千里に声をかけた。


「あれ、先輩の弟さんじゃないっすか」


 風羽は軽く頭を下げた。彼とは前回の【叫びの渦巻き】の件で一度顔を合わせている。言葉こそ交わしていないが、あちらも覚えていたようだ。兄のことを先輩と呼んでいることには驚いたが。


「君たちとは初対面だろうから、軽く紹介しておくね」


 唄とヒカリを見ながら、千里が佐々部に指を向ける。


佐々部啓吾ささべけいご。俺の大学時代の後輩だ。で、こっちが唄ちゃんとヒカリくん」

「よろしくっす。弟さんの友人ですか?」

「ええ。よろしく」

「お、おうっ」


 唄が囁くように言う。ヒカリは目を見開いているが、取り乱すことなく耐えていた。


「この霧の中にいるってことは、三人とも能力者ですよね? 何の能力をもってるんすか?」


 彼にとっては何気ない問いかけだったのだろう。

 口を噤む風羽たちを見て、自分の失言に気づいた佐々部がしまったという顔になる。


「能力者同士だからって、むやみに能力を聞くのはマナー違反でしたね。すみません」


 そのまましばらく他愛無い会話をしたあとに、しびれを切らした優真の一言により、風羽たちは彼らの目的を聞くことになった。



    ◇◆◇



「宝石を探している? それ、で?」


 唄は英の持っているものに目をやる。


「ええ。警察に佐久間美鈴から宝石を探知できる機能の付いた宝石が送られてきたんです。これを遣えば探せるはずです、というメッセージとともに。物は試しと、異能力者であるオレと、先輩と探偵とで探すことになったんす。まあ、人数が多いのはメロディー対策ですね。もう何十年も活動しているのにも関わらず、いまだに捕まえられない相手っすからね。同じ能力者をぶつけて、宝石を奪取して、あわよくば捕まえようという魂胆です」

「そう」


 佐々部の言葉に、唄は静かに頷いた。唄の服の裾をヒカリが引っ張ってくるが無視をする。


「まあ、こんなんで捕まえられたら簡単なんすけどね。前も取り逃がしたのオレですし」

「まあまあ、そうそう気を落とさないでくれよ。前は僕もヘマしたけれど、今回こそ役に立って見せるからさ」

「それは、心強いっすね」


 佐々部は苦い顔をしながらも、英の言葉を受け止める。唄が英を見ると、探偵はニコッと笑って、心配しないように、と合図を送ってきたような気がしたが、前回のことがあるので彼のことはいまいち信用できない。英の後ろでは、優真がつまらなそうにボサボサの前髪をいじっている。

 唄は英が持っている、宝石を探せるらしい【宝石】を見る。手のひらに収まるほどの大きさの、透明な水晶だ。占い師が持っていそうなほど、何の変哲もない水晶。目的の宝石に近づいたら、淡く虹色に輝くらしい。


(あれも、意思を持っているのかしら?)


 佐久間美鈴からもたらされたものならば、ありえない話ではないだろう。

 佐々部に気づかれないように近づいてきた風羽が、唄の耳元で囁く。


「僕たちの目的とも一致しているね。どうする?」

「リスクはあるけれど、覚られない程度について行くわ」

「わかった」

「ヒカリ。あなた、口を開かないでよ。ボロが出るから」


 風羽が離れると、背後で話を聞いているはずのヒカリだけに聞こえるように、唄は念のために窘めた。ヒカリが頷いたのを確認してから前を向く。

 視線の先では、しびれを切らした優真の叱責により、英が真剣なまなざしで水晶を睨みつけていた。歩きながら探すようだ。

 唄たち三人は顔を合わせると、彼らの後をついていく。




 探索用の水晶に変化があったのは、それから十分後のことだった。


「光ってる!」


 英の声に、みんなが一斉に水晶を見る。

 水晶は、淡い輝きだが、確かに虹色に輝いていた。


「どうやら近くにあるみたいだね」


 千里が嬉しそうに風羽を見たが、風羽は無言で頷いただけだった。佐々部の目を気にしたからだろう。

 ひょうひょうとした態度の刑事が周囲に目を配っている。目ぼしいところを探しているようだ。水晶は近くに【麒麟の鱗】があることを知らしてくれるだけで、明確な位置を教えてくれるわけではない。

 この民家に囲われた住宅街のどこかに、「怪盗メロディー」に汚名を着せた人物の住処、なりし宝石の隠し場所があるはずだ。

 警戒しながら、唄も一軒一軒、家に目を配っておかしいところはないか探す。

 だがどこにもおかしなところはない。一見すると、ただの民家しか立ち並んでいなかった。


「しらみつぶしに家の中を探すしかないっすね」

「俺が一目でも【麒麟の鱗】を視ていたら、すぐにでも見つけられるんだけどね」

「写真ならあるっすよ」

「実物じゃなきゃ意味ないってこと、佐々部も知ってるだろ」

「それもそうでした」


 佐々部がヘラっとした顔で懐から出そうとした写真を再び元の位置に戻す。

 そこで、刑事が「おや」とした顔をした。


「弟さんたち、なんでいるんすか?」


 不思議そうに、風羽と唄たちを見てくる。

 たしかにいま、唄たちがここにいるのは不自然だろう。うまい理由を考えてなかった唄の代わりに、風羽が一歩前に出て受け答えをした。


「すみません。兄さんの仕事に興味があったから」

「うちの弟、将来俺みたいになりたいらしいからな!」

「別にそういう意味じゃないから」


 嬉しそうに声を弾ませる千里に、風羽が冷ややかな視線を送る。


「そうっすか。でももうすぐ夕飯時ですよ。親御さんが心配するでしょうし、見学はこのぐらいにしてそろそろ帰ったほうが」


 そこで、佐々部が言葉を止めた。

 唄たちと対面していた体を、さっと前に戻す。

 遅れて、スンッと鼻を鳴らした優真が、いままで不愛想だった顔から一変驚愕の表情になる。目を細め、佐々部と同じ方向を、優真が睨みつける。

 その二人の視線を一心に受け止めながら、ひとりの人物が通りの向こうから歩いてきていた。

 白衣を着た男だ。その顔を、唄たちも一度見かけたことがある。

 数日前、学校帰りの唄たちに声をかけてきた男だった。彼の後ろには、その時に一緒にいた白い仮面の少女の他にふたりの少女がいる。

 三人の少女を従えた男が、カッと目を見開くと、「フハハ」と笑い声を上げた。


「見つけた……見つけたぞ、やっとっ! 十一年ぶりの再会だな、実験ナンバー二十一! ワタシの最高傑作ッ!」

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