(4) 集合・下
警察関係者に異能力者が少ない理由を、佐々部はあまりよく知らなかった。知りたいとも思っていないし、知ったところでだからどうしたと思うのは想像できた。
(まあ、自分が警官になったのは成り行きですしー。上のわちゃわちゃはめんどうだしー)
異能力者は一万人にひとりしかいないといわれているが、実際はもっと少ないだろう。乙木野町はもともと異能力者のために創られた町で、住んでいる人間の多くは異能力者とその家族だ。世の中には世界に異能力者がいることを知らない人間もいることだろう。
人とは違う能力――異能を持つ人間がいつの時代からこの世に現れたのかは誰もわかっておらず、産まれてからずっと能力者の佐々部にも見当のつかないことだった。
普通ではない能力。ありえない能力。目に見えず、抽象的な能力。そんな異能を、能力のない普通の人間から見たらどう思うのだろうか。
きっとそんなしがらみがいまだに残っているからこそ、警察関係者に異能力者は少ないのだろう。
けれど。きっと、これからも異能力者は増えていく。人間が善だけでできているわけじゃないのと同じに、犯罪を行う異能力者も増えていくことだろう。
そのために、まあ、もうすこし警察関係者に異能力者を増やしたほうがいいんじゃないのかな、と佐々部は常々考えるわけだ。口には出さないけど。
「あ」
佐々部は目的の人物を見つけて、声を上げる。
「先輩ー」
片手を上げると、背中を向けていた男性が振り向いた。
芸能界に紛れ込んでいそうなほど整っている顔立ちの長身の男性だ。佐々部の大学時代の先輩で、大学時代には一緒に「情報部」で日々探偵の真似事をしていた。警察官になった佐々部とは別に、そのまま「情報屋」として活躍しながら日々主婦からの支持を集めている優男。喜多野千里。
考え事をしていたのか、壁に手をついて項垂れていたのが少し気がかりだったものの、佐々部は問うことなく近づいていく。
「久しぶりっすね」
たまに情報のやり取りはしているものの、会うのは一年ぶりだろうか。警視庁で「怪盗メロディー対策本部」に所属している佐々部も多忙なのだ。
「ああ、ひさしぶり」
「で、あと探偵もくるんすよね?」
先日、佐々部はその探偵とメロディー関連の事件で一緒になった。あの男の得体のしれない雰囲気を思い出し、わざとらしくぶるりと身震いした。
英という男は顔面に温厚そうな笑みを浮かべながらも、腹の奥底に黒い淀みを持っている人物だった。探偵には似つかわしくない、どろりとした野望。佐々部は道化のような態度をとりながらも、日々刑事として犯罪者を追っている。人間のどろりとした黒さは、少なからず知っている。
あの【叫びの渦巻き】の事件のあと探偵とは顔を合わせていない。あの男と顔を合わせると腹の探り合いのようなことが起きそうだけれど、これも仕事なのだ。しかも今回は、「怪盗メロディー」関連の宝石の探索。それを見つけて、元の場所に戻す。そしてあわよくば怪盗を捕まえる。
怪盗メロディーが【麒麟の鱗】を盗み出してから約一週間。晴れることのない霧が、急き立てるように佐々部の背中を撫でていた。
◇◆◇
「なあ、唄。そういえば、宝石にも気配ってあるのか?」
「はあ?」
何言っているの、と言いたげな顔の唄に、思案気にヒカリが問いかけてくる。
「だってさ。俺ら異能力者って、普通の人間と違って、気配てものが感じ取れるだろ? ならさ、宝石にもあるんじゃないかって思ったんだけど」
「宝石に気配? 馬鹿言ってるんじゃ……」
唄はそこでハッとして言葉を止めた。
異能力者が持つ独自な気配。能力を持たない人間には存在しないそれを、宝石にもあるのではないかと言っているヒカリ。唄は一瞬馬鹿にしそうになったけれど、ハッと思い出したことがある。
意思のある宝石。
九月の終わりごろ、唄の両親がどうして怪盗をやめたのか知りたくて獲物に決めた宝石――【虹色のダイヤモンド】。あの宝石には意思があると『風林火山』は言っていた。あの宝石の意思は並大抵の異能力者よりも上で、並大抵の異能力者なんかは軽く飲み込んでしまうと。
実際、【虹色のダイヤモンド】で犠牲になった女性もいた。しかも唄よりも年上で、能力も高かったという。それなのに宝石はたやすく能力者を飲み込んでしまった。――だから、唄は風林火山の条件をのんで、宝石を盗むのを失敗をしたことにした。
絵画もそうだ。人を惑わし狂気足らしめんとした【叫びの渦巻き】。あれも、意思のあるモノなのだろう。
人とは違う人間。
物とは違うモノ。
ヒカリの言うことにも一理あるのかもしれない。
意思のある宝石にも、気配があるのかもしれない。
あくまでも推測だが、馬鹿にできる問題ではなかった。
「でも、【麒麟の鱗】には意思があるのかしら?」
「ただの宝石ってわけでもなさそうだぜ。だってさ、あの佐久間美鈴が所有してるんだぜ」
「それは、そうだけど」
【虹色のダイヤモンド】を所有しているのは佐久間美鈴だ。なら、同じ人物が所有しているほか宝石にも意思があってもおかしくない。しかも佐久間美鈴といえば、骨董類の収集癖で有名だ。日本だけで三つも骨董品を保管するために建物を所有しており、『白い園』はそのうちの一つだった。
試してみる価値はある。
唄は目を閉じると、すぐに開けた。
「でも無理だわ。私は、【麒麟の鱗】の気配を知らない」
もちろん【虹色のダイヤモンド】の気配を感じ取ったこともない。気配を探るのにはけっこう体力を使うのだ。
「俺も知らないや。気配を探れれば、すぐ宝石が見つかると思ったんだけどなぁ。……お?」
嘆くように吐き捨てたヒカリが足を止めると、視線を右斜め前に向けた。
「あれ?」
「なに?」
唄もその視線をたどると、すぐにヒカリの惚けた声の意味が分かった。
「あれは……」
「優真と英だったっけ。町に戻ってきたのか?」
視線の先にいたのは、唄のクラスメイトの灰色優真と、『花鳥風月探偵事務所』唯一の探偵、英だった。
「いや、どうやらふたりだけじゃなさそうよ」
陰になっていて見えていなかったが、ふたりはひとりの人物と向かい合っている。
少し距離を詰めてみると、その人物の顔はすぐに目に入った。驚くことに、唄もヒカリも面識のある人物だった。
「風羽の兄ちゃんじゃねぇか。知り合いだったのか?」
「……なんだか、気になるわね」
漠然としたものだけれど、唄は妙に三人の組み合わせが気になって仕方がなかった。
距離が近づいていたからだろう。唄たちの視線に気づいた優真が、こちらに視線を向けて唄たちを見止めると眉を潜めた。
見つかった唄たちは三人に近づいていく。
「あれ、唄ちゃんとヒカリくん? どうしたの?」
千里の問いに答えるより早く、優真が鼻を鳴らした。
「宝石ならもう見つかったも当然じゃねぇか。オレは早く帰って楓花と一緒に」
「優真、どうやら違うみたいだよ」
英が手元に視線を落とすと、困ったように首を振る。
「メロディーたちは宝石を持っていない」
「そりゃ持ち歩かねぇだろ」
「それはそうだけど、でも僕が情報屋からもらった情報でも、違うんだ」
「どういう意味だ?」
優真が千里を見る。千里は人差し指で頬を掻いていた。
「弟から聞いたんだ。『怪盗メロディー』は【麒麟の鱗】を盗んでいないって」
「ええ、そうよ。私たちは【麒麟の鱗】を盗んでなんかいないわ」
「そうだそうだ」とヒカリ。
「……どういう意味だ?」
首をかしげる優真。
「つまり、彼女たちは濡れ衣を着せられたわけだ」
「じゃあ宝石は誰が盗んだんだ?」
「それがわかっていたら私たちも苦労していないわ」
唄は近くに飛んでいるアゲハ蝶を睨みつける。蝶はいまもしっかりと唄たちを監視している。
「あれ、もう寒いってのに元気な蝶だね。しかもやけに唄ちゃんに懐いてる」
千里も蝶に気づき、指をくるくるさせる。なんか違う気がしたが、唄は何も言わなかった。
その時、
「あれ? 唄、どうして兄さんといるの?」
「せんぱーい! って、あれぇ? 四人って聞いてたから温かい飲み物四本しか買ってないんすけど、なんか大所帯になってるっすね」
別々の方向から、挟み込まれるように声をかけられた。
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