(3) 集合・上

「優真。大変なことがわかったよ」


 夕闇が空を満たし始めた頃。楓花に絵本の読み聞かせをしていると、近づいてきた英が小声でそう耳打ちしてきた。

 楓花に待っているように頼んでから、優真はソファーから立ち上がると、英においでおいでされるがままついていった。

 英の特等席である事務机の前に立ち、対面しながら話をする。


「で、大変なことって、なに?」

「乙木野町に突然現れた霧のことだよ。その正体がわかった」


 英は警察からの依頼により、乙木野町の霧のことを調査していた。テレビのニュースや新聞などでは、その霧は異能力者以外の人間――普通の人間に対しては「毒」となると報道されている。少し吸うだけなら効果はないらしいのだが、何日も何週間も吸い続けると、最悪死に至るとか。

 怪盗メロディーが佐久間美鈴の所有する【麒麟の鱗】を盗んだ影響とも言われており、佐久間美鈴曰く――「異能者にはあまり害はないはずです。霧が町を満たす前に宝石を定位置に戻せば、霧はなくなります」と報道陣関係者に口にしたきり連絡が取れなくなっている。その彼女の言葉が飛躍して異能者以外には「毒」となる霧だとニュースなどで騒がれているのだが、実際のところその正体を詳しく知っている者はほとんどいなかった。

 だから元警察官でもあり現役探偵の英に、警察の情報網だけではなく別方面からも調べてくれないかと、そういう依頼があった。

 英がこれまで好意にしていた情報屋は、袋小路を通してのみしかやり取りをしておらず、今回はその情報屋を頼れないということで、今回新たに情報屋を雇っていると、英は言っていた。自らも足を使って、情報を探しているとも。


「喜多野千里という、異能力者の界隈では名の知れた情報屋から仕入れた情報モノなんだけど、どうやらその霧は異能力者以外だけじゃなく、異能力者自身にも影響を及ぼすものらしいんだ」

「どういう意味だ?」

「簡単に言うと、異能力者にもとなる霧、ということだよ。能力を持たない人間よりは薄く、静かに浸透していくけれど、その霧をずっと浴びたり吸い続けていたら、一カ月ほどでどんな人間も死に至る」

「つまり、オレやおまえがあのまま乙木野町に留まっていたら、一か月ほどで死んでいたということか?」

「うん、そうだね。……恐ろしいよね」

「そうだな」


 楓花に害がないようにと乙木野町を抜け出してきたものの、予想外の霧の正体に、優真は唾を飲み込んだ。


「このこと、乙木野町にまだいる人間には、伝えないのか?」

「それが、ね」


 英が苦虫を噛みつぶしたような顔になった。


「優真、手伝ってほしいんだけど。これから、乙木野町に行かないといけなくなったんだ」

「は?」

「警察関係者に能力者が少ないのは知っているよね? ――僕が抜けたから、いまは四人になっているのかな――だから、警察が乙木野町に入れなくて、捜査が難航していたんだけど、どうやらその宝石のありかを探せる機能、みたいなのを佐久間美鈴から預かったらしくてね。いまからそれを使って調査に行かなくっちゃいけなくなったんだ。早い方がいいからね」

「ひとりでか?」

「ううん、四人」

「四人?」


 英と、それから警察関係の異能力者だろうか。と、優真は思っていたのだけれど。


「僕と、その情報屋と、前にメロディーの事件で一緒になった佐々部って刑事。それから、優真の四人」


 そう指さされてしまい、思わず大きな声で「はあ?」と叫ぶことになった。



    ◇◆◇



 そうと決まれば、動くのは早かった。

 夢幻泡影は、三姉妹を従えると、目的のものを奪還するために研究室を跡にした。

 夕暮れも深まる黄昏時。

 ふと、夢幻泡影は顔を上げた。


「ふむ」

「どうされましたカ、主さマ?」


 泡影の声にすぐさま反応したのは、迷夢だった。赤い髪を揺らし、小首をかしげる。


「いや、どうやら妙な羽虫が飛んでいるなと思ってな」

「たしかに、多いゾ」

「……」


 感覚の鋭いファントムが顔を上げる。白い能面で顔を覆った泡沫がコクリと頷いた。


「ふんっ。まあ、いいさ。どうせ古臭いあいつらだろう。いつまでも過去の栄光に囚われて、衰退していく自らの能力を自覚しようともしない。古臭くてたまらない落ちぶれた家系が。あいつらが威光を放っていたのは平安の世だけだろうにな」


 愚痴のように、つらつらと泡影は言葉を並べていく。


「ふふっ。それも、もうすぐやつら自身も気がつくことだろう。古臭い異能はもうすぐ終わりを迎えるのだ。この町で、我らが新しい時代を創る! そういう意味では、と意向は沿っているのだな。いけすかないが、仕方ない」


 常にピエロの仮面をかぶっている道化師風情を思い出す。

 自分の興味のあることしかしてこなかった夢幻泡影という科学者が、はじめて手を取ってもいいと思った相手だ。

 あの男のは、おもしろい。

 だから、少しだけ協力してやってもいいと思った。


「ふむ。だが、言いなりのように動くのはやはりワタシの性に合わない」


 どこかでぎゃふんといわせてやろう。

 泡影はそう心を決めると、目的の人物最高傑作を奪還するために、町の一角に向かって歩き出した。

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