第三曲 幻ではない存在
(1) 疑問
「探すったって、どこを探せばいいんだよー」
「弱音を吐いてないでとっとと歩く」
「でもよぉ、唄。どこ行きゃいいかもわかんねぇだろ。その、【麒麟の鱗】がどんなもんかもわかんないしよぉ。第一、水練がいくら探しても犯人の手がかりすりゃないのに、すぐにどうこうならねぇよなぁ」
「それでも探すのよ」
唄はちらりと背後を見てから、再び前を向く。
「探すふりでもしておくのよ。じゃないと、私たちの疑いは一向に晴れないわ」
陰陽師たちは、まだ唄たち……怪盗メロディーを疑ったままだ。
【麒麟の鱗】を盗んでいないという証拠などあるわけもなく、また、怪盗という裏家業をやっている唄たちの言葉を簡単に信じるわけもなく、こうして尾行までつけられている。
再び、唄は振り返る。首だけでなく、全身で。
そこには、一匹の蝶が飛んでいた。
白と黒で彩られた翅のアゲハ蝶。どんどん寒くなっていく季節に似合わないこの蝶は、ただの蝶ではなかった。陰陽師三兄妹の一番上の兄、織武によりつけられた式神だ。唄たちがきちんと【麒麟の鱗】探しをしているのかどうか、または不穏な動きをしないかどうかを監視をしている。
その監視の目を潜り抜けることは得策ではない。ふりでもいいので、きちんと探している体を保たないと。それに、唄たちの目的もまたその「真犯人」にあるのだから。
引きこもりの水練はあのままアパートに留まり、朱音という少女の話し相手をしながら、自称ハッカーの腕を持ってパソコンで【麒麟の鱗】、それから「真犯人」探しを続けているはずだ。
「風羽も風羽だよ。ひとりだけ別行動だなんて……あ……いや、いや、そうか。なるほど、風羽もたまにはやるじゃねぇか。なるほど。そうかそうか。俺に気を使って……ふふ」
つい先ほどまで愚痴を垂れていたヒカリの目に、何やら光がともる。そのらんらんと輝く瞳が、再び歩き始めた唄をとらえていた。
唄は眉をしかめる。
「そうと決まったらさ、唄っ。一緒に探すの頑張ろうぜ」
突如として復活したヒカリを不審に思いながらも、唄はゆっくりと頷いた。
◇◆◇
喜多野風羽は、兄の
(ここ、『花鳥風月探偵事務所』の近くだったんだ)
探偵一家には、先日に操られて誘拐されたりと、ごたごたしたことがあったので、少し複雑な思いがある。探偵事務所の唯一の探偵である
それは結局、灰色優真の感情の爆発と、ひたむきな娘の思いにより一件落着を終えているのだけど。
探偵一家の娘は異能力者ではないため、いま彼らはこの町にいないので事務所に行っても会えないだろう。
風羽は雑居ビルの階段を上がると、最上階の部屋の扉をノックした。
返事はなかった。
出かけているのだろうか。
風羽は、ため息をつく。
あの探偵一家の事件には、暗躍しているひとりの人物がいた。
彼は、探偵一家を唆して、怪盗メロディーを捕まえようとした。それは結局なされなかったけれど、夜名という女は風羽とも関係ある人物だった。
二年前の夏。まだ風羽が能力者ではなかった頃。
袋小路夜名は、
当時の風羽は非常に取り乱しており、声を失うほどの喪失感を味わっていた。植物状態のように、体を治療するためだけに入院する日々。自分の異能を自覚できたおかげでその日々から復活できたものの、それでも風羽はつい先月に兄に謝られるまで乃絵が死んでしまったものとばかり思っていた。
兄は、風羽を守るために嘘をついていたと言っていた。風羽のために、風羽を安心させるために。
乃絵はあの日から眠り続けているらしい。体は完治しているにもかかわらず、中身――心が眠り続けているため目を覚まさない。そう、兄は語っていた。そんな乃絵を風羽に見せてあれ以上負担をかけるわけにはいかないから、嘘をついたのだと。
もう一度、目の前の扉を先ほどよりも強くノックする。
「兄さん、いないの?」
呼びかけてみるが、やはり返事はなかった。
風羽はスマホを取り出すと、兄に電話をかける。
着信音が鳴り響くだけで、相手が出る気配はなかった。
扉は閉まったままだ。
風羽は諦めると、階段を降りていく。
雑居ビルから出ると、そこでばったりと目的の人物に会った。
「あれ、風羽。どうしたんだい?」
買い物帰りか、コンビニ袋を手にした兄――喜多野千里がそこにいた。
「兄さんに用があってきたんだ」
「そう。急ぎ? 上がってく?」
「うん。ちょっと、情報屋の兄さんに、調べてほしいことがあって」
「おうとも! 風羽のためなら、兄さん、一肌脱ぐぜ」
「いや、ほんとに脱ごうとしなくっていいから」
身に着けているシャツに手をかけ始めた兄のジョークに突っ込みを入れてから、風羽は再びため息をつく。
あの日。幻想祭一日目。怪盗メロディーが喜多野家の所有する【叫びの渦巻き】を盗み出すのに成功した日。並びに、探偵一家が仲直りした日。【麒麟の鱗】が何者かに盗まれた前日――十一月六日。
あの日、再び相原乃絵は風羽の前から忽然と姿を消した。もぬけの殻となった病室を見た瞬間の喪失感が、思い出すだけで胸を満たしてくる。
いったい乃絵は、どこに行ってしまったのだろうか。
勘当されていた兄は、父とは良好とまではいかなくとも、それなりに関係を取り戻しつつある。たったひとつの疑問を残して。
風羽は、事務所の扉を開こうとしている背中を見つめる。
乃絵が消えた日。千里は、袋小路と不穏な会話をしていた。当初はそこまで気にしていなかったのだけれど、いまになって疑問がわいてくる。
千里は何かを隠している。
まだ、風羽に対して隠し事をしている。
それを問いただすべきか。言葉が口先まで出かかると、途端に飲み込んでしまう。
考えあぐねている。
風羽は、そんな優柔不断な気持ちを押し殺し、兄に続いて事務所の中に入りながら、その背中に声をかける。
「兄さん」
「なんだい?」
「乃絵の居場所はどう? みつかった?」
「……ごめん。まだなんだ。風羽の頼みだからすぐにでも見つけてあげたいんだけど、どうやら巧妙に隠されているみたいでさ、どこに消えたのかさっぱりわからないんだよ」
その言葉が嘘かどうかすらも、風羽にはわからなかった。
再び、あの日の千里と袋小路の会話を思い出す。
(――「あなたはどちらですか?」「ん? どっちでもないよ」――)
袋小路の問いかけに、千里は変わらぬ笑みでそう答えていた。
いまになって思う。
もしかして、袋小路と兄は少なくとも顔見知りの間柄だったのではないだろうか、と。
確実なことはわからない。けれど、疑問の残るなにげない会話だった。
「風羽、座ってて」
千里に言われるまま、応接間のソファーに腰かける。
ふと前を向くと、向かいに座っている燃え尽きた炭のように黒い瞳の少女と目が合った。
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