(7) 現にて



「馬鹿なことをぬかすなよ。『怪盗メロディー』が麒麟の鱗を盗んだことは、ニュースでもやっていてお子様ですら知っている有名な話じゃねぇか。それが、自分たちは盗んでいないだと? 言い逃れしようとしたって、そうはいかねぇぞ」

「……暫し、黙れ。青秦」


 水練の住む廃墟マンションの一室に不本意ながらも集められた唄たち四人は、四人とも蛇を模した縄で後ろ手に結ばれた状態で座らされていた。風羽の能力を使えば縄を解くことはできるだろうが、そのあとに逃げられる保証はない。今は、動かないほうがいいだろう。

 頭が回る風羽は、唄と同様のことを考えているのだろう。まだ動く気配はない。

 隣では、ヒカリが怯えたような顔で負けじと、こちらをニヤニヤ眺めながら式神(推定)を指で弄んでいる和洋折衷の奇抜な格好をした男を睨みつけていた。

 奇抜な格好をした男――青秦は、中央に立っている男の言葉に口を噤むと、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 突如唄たちを襲った三人の男女のうち、中央で静かに佇んでいる男性を、唄は改めて見た。

 女性と見間違えるほど長い黒髪を後ろで白いリボンで括り、端正な顔立ちをした男性。その眼差しは毅然と唄たちを見ていて、捉えて離そうとしない。もしこちらが逃げ出す素振りを見せれば、すぐに捕らえてしまうだろう。

 彼は、三人の中でも特殊な雰囲気を醸し出していた。

 青秦のように洋を取り入れていない狩衣姿が、妙に男に似合っている。名前はまだ知らない。三人の中で唯一の女性、否、赤い着物が似合う少女が「織兄」と口にしていただけだ。

 少女は、兄たちのそばで静かに微笑んでいる。


「信じてくれるとは思わないわ。確かに私たちは怪盗をしているけれど、麒麟の鱗を盗んだ覚えはない。私たちの名前を勝手に語った別人よ」


 唄の言葉に、織兄と呼ばれていた男性が静かに頷いた。


「……そうか。確かに、この住処からは、麒麟の鱗の気配は感じない」

「兄者、まさかそいつらの言葉を信じるのか? 出まかせだろ」

「我らはニュースでこやつらが盗んだと思っていただけだ。嘘をついている可能性もあるだろうが、こやつらの言う通り別人が盗んでいる可能性もある」


 淡々と、男性は感情を交えない言葉を紡いでいく。合理的というか、どこか内を読ませないようにしているように唄には思えた。

 青秦はまだ不満そうな顔だが、「兄者」の言葉には逆らえないのか、再び口を噤んでそっぽを向いた。くすくすっ、と少女が口に出してコロコロ笑う。


「ところで」


 不意に風羽が口を開いた。

 彼は一度青秦に視線を向けてから、目の前に立っている「織兄」に目を向ける。


「君たちは、陰陽師なのかい?」

「あら?」

「あん?」

「……」


 少女が驚いたように、青秦が警戒したような反応を見せ、「織兄」は静かに目を細めた。


「なぜ、そう思った」

「いや、僕の知り合いにもいるんだ。陰陽師だと名乗っている、中学生が。青秦さん、でいいのかな?」

「あん?」

「あなたの持っているその式神、それと似たようなものを、その中学生も扱っていたんだ。それにふたりその恰好」


 風羽は言葉を続ける。


「まるで神に仕える者のような服装。太古の異能者として語られている陰陽師の恰好そのものじゃないかな?」


 暫く静寂が沈黙をもたらした。

 静かに、男が口を開く。


「……そうだ」

「兄者!」


 青秦が咎めるかのような声を上げた。


「黙れ、青秦」

「でも兄者。俺らの家系は秘されてるんじゃなかったのかよ」

「もとはといえば、お前が簡単に式神を見せびらかしたのが悪い。それに、いざとなれば、記憶は、どうとでもなる」


 「織兄」の感情を交えない声に、唄は少しぞっとした。彼ほどの実力者であれば、こちらなど足元にも及ばないだろう。言外に、他言無用だと言われているかのようだった。


「……質問は、それだけか」

「そう、だね。特に問うことはないよ」


 いつも冷静な風羽の言葉が、若干こわ張っているように感じる。

 「織兄」は静かに頷くと、そして口を開いた。


「我々は、貴様らが本当に盗んでいないという確証はまだ得られていない。どこかに隠している可能性も少なからずある。だから手伝ってもらうぞ、『麒麟の鱗』を探すのを。早いうちにその宝石をもとの場所に納めなければ、乙木野町に死が蔓延ることになってしまう」



    ◇◆◇



 三姉妹の長女、迷夢はゆっくりと瞼を持ち上げた。

 また、長い時間眠っていたらしい。、迷夢の睡眠時間は徐々に長くなっている。持っている異能の影響により、もともとよく眠る体質ではあったものの、この世に留まるために主さまにより賜ったこの体では、「現実」で目を覚ます回数はそこまで多くはなかった。


 この世は夢だという考えを、ふと思い出す。

 胡蝶の夢とも喩えられているものだ。実際には、現実が夢でも、夢が現実でもどうでもいいことという喩えではあるものの、夢の世界を渡り歩くことができる異能を持っている迷夢からすると、本当に夢と現のどちらが夢でどちらが現実なのか、時たまわからなくなる。

 むしろ、起きている今も、彼女は夢を見ている。

 数年前、十二歳という体で迷夢の時は停止しており、そこから成長することはもう一生ない。いや、迷夢に一生ということすら当てはまらないのだろう。

 迷夢の体は、その十二歳のころにもう死んでいるのだから。迷夢は、その死体に寄生して夢を見ているに過ぎない。持っていた異能と、主さまのおかげで。


(あなたのおかげで、わたくしはまだ現にいられるのです)


 口に出すと、片言になる言葉も、夢の中であればきちんとしゃべることができる。

 それもこれも、主さま――夢幻泡影と名乗る狂気の科学者ネクロマンサーのおかげだった。

 だから、彼女は心の底から主さまに尽くしている。この思いは、三姉妹の中でも一番だろう。


 柔らかなベッドから体を起こすと、彼女は寝室を出た。

 そのまま、泡影の数ある研究室のひとつを訪れる。ノックをして、扉を開く。


「なんだね?」

「主さマ。みつかりましタわ、灰色優真の居場所ガ」


 だけど、どうしてだろうか。迷夢がこんなに思っているのに、主様の気持ちはけっして迷夢たち三姉妹に向くことはない。

 夢幻泡影は、失敗作である三姉妹よりも、最高傑作であるあの少年になによりもご執心だった。

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