(2) ネクロマンサーの来訪・下

 白衣を着たボサボサ頭の男――狂気の科学者ネクロマンサーと裏で呼ばれ、本人自身も気にいっている呼称を持つその男、夢幻泡影むげんほうようは、三女の泡沫うたかたを連れて、幻想学園の前までやってきた。

 校門から中を覗き見る。その奇行を隠そうともしていないので、傍から見ると明らかに不審者となっている。

 学園の生徒が、彼の傍を離れていく。この学園に通っているものの多くは乙木野町で暮らしているものの、中には町の外から通っている生徒もいる。そのため、霧が生徒たち異能力者に関係ないと証明されたのち、普段と変わらず授業は行われていた。

 チラチラと泡影を横目に、コソコソ内緒話をする生徒たち。中にはスマホを取り出して、どこかに電話をかける生徒もいる。写真を撮る勇気がある生徒までいる。

 十分ほどそうしていただろうか。

 泡影は自身に向く好意的ではない視線を気にすることなく、学園から出てくる生徒の中から目的の「最高傑作」を探していた。

 けれど一向に出てくる気配がないので、痺れを切らした泡影は、泡沫に声をかけることなく行動に移した。つまり、校門を超えて学校の敷地内に侵入した。学生の肉親なら中に入っても問題ないため、一般人である男が学校の敷地内に入ってもそこまで問題にはならないのだが、泡影のそれまでの行動がいけなかった。

 不審者だと思われていた男が、学校の敷地内に入った瞬間、学園の警備員が走ってきた。すでに待機していたのだろう。それまで男は何もする気配がなかったからら見張られていただけで、生徒の通報により泡影はとっくに不審人物としてマークされていたのだ。

 泡影のうしろにいた少女が、向かってくる警備員をジッと見る。そののっぺりとした仮面を不穏に思った警備員のひとりが少女を見る。その一瞬のすきに、少女はその警備員の目を見返した。

 瞬きする間もなく、警備員の動きが止まる。まるで固まったかのように、その場を動かなくなった。

 向かってきていたふたりの警備員のもう片方が、なにをしたんだというように泡沫を見る。のっぺりとした仮面の裏から警備員の目を見返すだけで、やはり警備員は動きを止めた。

 早歩きで、泡影は校門から学校の校舎の中に向かった。

 丁度、校舎の中からひとりの教師――唄たちの担任である山崎壱郎が出てくるタイミングと同じだった。


「どちらさまですか?」


 不審者の通報があったため、その確認のために出てきた新米教師の山崎は警戒心を露わに泡影に問いかける。


「……いや、人を探していてね。ここに通っている生徒だよ。名前は……情報によると、いまは灰色優真と名乗っていたかな」

「灰色優真?」


 ますます山崎は警戒した。山崎は灰色優真のことを知っていた。優真は、彼が担任をしている、二年A組の生徒だ。


「……彼に、なんの用が?」

「なに。優真とは十一年前まで一緒に暮らしていたのだけどね、いろいろとごたごたがあって、別れて暮らさなくてはいけなくなったんだ。やっと有給もとれたし、久しぶりに優真の顔を見たくなったんだよ」


 泡影は自由気ままな研究生活をしている。ほとんど趣味の時間を過ごしている彼に、有給なんてものは端から存在しなかった。


「なるほど。つまり、あなたは灰色の家族、ということですか?」

「ん? ……うむ。そうだな。確かに彼を孤児院から買ったのは、ワタシだ。研究材料のためだったが、家族といえば、そうなるのか?」


 問うように泡沫を見る泡影。泡沫は無言で首を傾げた。泡沫にとって、泡影は親同然にも等しいけれど、別にそれを話す必要はない。それに、灰色優真に興味はあるものの、彼と会ったことがない泡沫にとって、彼が家族だと認めがたい思いがある。そんないたずら心から、泡沫はいつも通り首を傾げる。


「……買った?」


 泡影の言葉のおかしさに、山崎はすぐに気づいた。

 それに対して何か言いたくなる衝動を押し殺し、山崎は目の前にいる男を灰色優真の家族ではないと教師として判断する。


「灰色には、血の繋がりはないけれど、しっかりとした親がいることは教師としても把握しています。あなたを彼と合わせるわけにはいきません」

「そうか。泡沫」

「……主、様」


 泡沫は自分の能力をきちんと把握している。暴走しがちだった能力をコントロールする術を教えてくれた泡影も、彼女の能力をよく理解していることだろう。

 泡沫の異能――目を合わせたものを数分間、神経を固めることにより直立不動にする能力の持続時間は、いまの会話によりとっくに切れていた。

 警備員が、泡影と泡沫の背後で警棒を構える。この霧の中、幻想学園を警備している者たちが、ただの人間だということはないだろう。

 対してこちらは戦闘には向かない能力者ふたり。それに泡沫の能力は、もうすでに対策が施されているだろう。警備員と目を合わせようにも、警備員は泡沫に目を向けてくれない。三姉妹の中でも一番弱い異能力者である泡沫には、これ以上どうしようもなかった。

 泡影もそれに気づき、サッと踵を返す。


「もういい、帰るぞ、泡沫。また探しにくるとしよう」

「不審人物を、学校側か簡単に帰すと思いですか?」


 じりじりと包囲を狭めていく警備員。その人数は四人に増えている。

 泡影は、「ふむ」と囁くと、


ファントム


 ここに姿のないはずの次女の名前を呼んだ。


「ン?」


 空のように青い髪をアップに片サイドで結った、肩や腹、足など露出の多いゴスロリ服を着た少女が、警備員のうしろに現れる。


「敵、カ?」


 少女は、そのまま近くにいた警備員ふたりの露出している首に、手を当てる。気配を醸し出すことなく、彼女はそれをやってのけた。

 すると、体を触られた警備員が、暴れるようにその場でのたうち回った。

 幻覚を見せられているのだ。彼らは、いま見えないものに抗っているのだろう。

 そんなのこと次女には関係ないのだか。それよりも、彼女はお腹が空いていた。能力を使うと、余計に腹が減る。


「……夕飯は、肉がくいたいナ」

「次女は、食い意地張りすギ」


 包囲網の穴から、早歩きで三人は出て行く。そのあとを残りの警備員が追いかけようとしたが、幻覚を見せられている警備員に行く手を阻まれて揉みくちゃとなる。

 いまのうちにと、ネクロマンサー御一行は、幻想学園を後にした。

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