第二曲 夢と現と

(1) ネクロマンサーの来訪・上

 放課後。

 風羽が荷物を持って教室から出て行くのを見届けてから、唄は立ち上がり教室から出る。

 下駄箱で外靴に履き替えると、唄は校門に向かった。

 背後から声をかけられる。


「唄。一緒に帰ろうぜー」


 ヒカリだ。

 当然というように、唄は無視をした。

 すたすたと校門まで向かうと、後ろから「え、ちょ」という間抜けな声が聞こえてきたが無視。

 校門から出て五分ほど立ち、周囲にクラスメイトや知り合いがいないことを確認すると、唄は振り返った。


「なに?」

「いや、一緒に帰ろうと思って」

「別に、一緒に帰る必要はないんじゃない?」

「でも、俺の家、おまえんちの向かいじゃんかよぉー」

「それに、いつも言っているけど、学校で私に話しかけないでくれる?」


 唄は目立つのを嫌っている。それは、怪盗になってからより拍車がかかっていた。

 ヒカリの存在は、少し大きい。小柄だけど、声は大きいし、なによりそのやんちゃ具合は先生からも目を付けられている。一部の先生にだけど。

 彼と一緒にいると、唄は嫌でも目立ってしまう。だからなるべく学校でも一人でいるようにしているのに、それをヒカリも知っているはずなのに。あの学園祭のあとから、彼は学校の中でも構うことなく気軽に唄に話しかけてくるようになった。

 それが、最近うっとうしい。


 唄は眉を潜めて不機嫌さを現すと、前に向き直り歩きだす。

 その時、前から声をかけられた。


「唄」


 風羽だ。電柱の影に隠れて、唄を待っていたようだ。

 唄は再び眉を潜める。


「風羽まで……。なに?」

「朝、水練から情報を貰ったんだけど」

「情報?」


 唄は少し大きな声を出す。

 情報といえば、ここ数日唄たちはある人物を追っていた。その人物の素性はわからないけれど、『怪盗メロディー』という名前を穢した人物だ。

 そして、この街を混沌とする霧で満たした張本人でもある。


「何かしら」

「琥珀は覚えているよね?」


 思いがけない名前が出てきた。

 唄は頷く。琥珀とは、九月の終りにひと悶着を起こした、中等部に通う少年の名前だ。


「彼が、襲われたらしいよ。それも、幻想祭の一日目の、日中に」

「え、マジかよ!」


 唄よりも先に、後ろで話を盗み聞きしていたヒカリが驚愕を露わにする。


「あいつは、大丈夫なのか!?」

「少なくとも、命には別状はないらしい。いまは、乙木野病院で療養中だそうだ」

「……それがどうかしたの?」


 怪盗メロディーの名前を穢した人物と関係があるとは思えない。


「わからないけれど。少し、タイミングが良すぎると思ってね」

「……幻想祭の一日目、ね。そういえば、バトルトーナメントの途中で水鶏が棄権していたわね。てっきり、相性的に水練と戦うのが嫌なのだと思ったのだけど、そうではなかったのね」

「僕もそう思っていたよ。それか、僕たちと関わるのが嫌なのかも、と考えていた」


 けれど、事実は違った。きっと水鶏は、琥珀が襲われた関係で幻想祭のバトルトーナメントを棄権したのだろう。


 それはどっちでもいいとして。


「で、その情報は、なにか私たちに関係があるのかしら」

「さあ? どうだろうね」

「でも、知り合いが襲われたんだぜ。心配するのは当たり前だろ?」

「……そうね」


 ヒカリの言葉を、唄は軽く受け流す。


「襲った相手はわかっているの?」

「どうだろう。その情報は貰っていない」

「……なら、深く詮索する必要はなさそうだけど……。幻想祭の最中に、学校の中で襲われた、ね……。それが本当なら、学校の失態となるのかしら」

「そうなるかもね。幻想祭中は先生たちが巡回していたはずだから。けれど、先生たちが何も話していないということは、そこまで大きな問題ではないんだと思うよ」

「情報操作という点は?」

「もし隠されているなら、なおさら僕らは深入りしないほうが良さそうだ。下手をすると、僕たちの正体がバレかねない」

「……そうね」


 正体、という言葉に、唄はざわりとしたものを感じる。

 幻想祭一日目の夜。唄たちは、「花鳥風月探偵事務所」のはなぶさという男に、自分たちの正体を探り当てられている。その事実がある限り、唄たちの正体が完璧に隠蔽できているという保証はできない。

 不安は残っている。

 怪盗をしている限り、その正体を知っている人物は一人でも少ない方がいい。


(まあ、風林火山も、花鳥風月も、私たちの名前を公にしないだろうけど)


 因みに、一ヶ月ほど前に転校してきた唄のクラスメイト――灰色優真はいいろゆうまも、探偵の一員である。ただ、英の娘が能力者ではないため、優真は学校を休学している。この霧が晴れるまで、戻ってくることはないだろう。


「で、どうすんだ? いまから、琥珀のお見舞いに行くのか?」

「行かないわよ」

「なんで?」


 不思議そうな顔をするヒカリ。

 唄はあきれた顔で言う。


「いま、下手に琥珀に会って、もしその問題に私たちが巻き込まれたらどうするの? そういった危険なこと、簡単に手出しできないわよ」


 琥珀とはただの知り合いだ。それに、琥珀からは襲われたこともある。親しいというほどの間柄ではない。


「……そう、か。いま、怪盗メロディーは大変だもな。あとで時間ができたら、会いに行ってみるか」


 あなたは少し甘すぎるわよ。

 その言葉が喉元まで出かかったが、唄は口を噤む。



 その男が唄たちの前に姿を現したのは、琥珀の話題を切り替えた、そのすぐ後だった。


「やあ、そこの小娘たち。君たちが着ているのは、幻想学園の制服だな?」


 白衣を纏った男だ。年齢は、二十代後半ほどだろうか。ボサボサの黒髪に、丸い眼鏡をかけている。まるで、どこにでもいるちょっと身だしなみに気を使わないだけの男のようだった。少し、態度が大きいけれど。


 唄は警戒心から、一歩うしろに下がる。

 男に警戒したわけでない。男の後ろに控えるようにいる、のっぺりとした白い仮面をつけた子供を不気味に思ったからだ。

 性別はわからない。顔は仮面で覆われているし、黄色に近い髪は肩より上でバッサリと切り揃えられている。

 のっぺりとした白い仮面には、目元に二つの穴があけられている。そこから覗く瞳と目が合った気がしたが、先に相手が視線を逸らした。


「ええ、僕たちは幻想学園の生徒です」


 風羽が、いつもの調子で応える。けれど、右手に軽く力を入れているのを見ると、いつでも異能を使えるようにしているみたいだ。

 理知的で警戒心が強いのは知っていたけれど、初対面でこういう態度をとるとは唄は予想外だった。それに最近の風羽は、前に比べると少し攻撃的、というより行動力が上がっている。なにか迷いが晴れたかのようだ。


「ふむ。では、君たちにも訊くとするか。ワタシの最高傑作を知らないかね?」

「え? 最高傑作?」


 ヒカリが能天気な声を上げる。危機感を感じていないようだ。

 確かに、この二人からの敵意は感じないけど。

 それにしても最高傑作とは、芸術作品かなにかなのだろうか。

 返答に迷っていると、男は大げさに肩を下ろした。


「知らないか。いや、まあいい。まだ時間に余裕はある。地道に探すとするかね。丁度最近、収入が入ったところだし。暫く好き勝手できる」


 男は気を取り直すと、歩きだす。


「すまないね、君たち。下校の邪魔をしてしまって。……ああ、でもそうだ。もし、ワタシの最高傑作に心当たりがあれば、是非ともワタシに連絡してくれたまえ。確か、君たちと同じ学園に通っているはずだからな」

「……通っている?」


 男は、そのまま唄たちの横を通って、幻想学園の方向に歩いて行く。のっぺりとした白い仮面をつけた人物が、男のかわりにペコリとお辞儀をした。


 二人のうしろ姿が小さくなってから、唄たちは気づいた。男は、最高傑作に心当たりがあれば連絡してくれと言っていたのだが、唄たちは彼の連絡先を聞いていない。


「まあ、別にいいわね」


 ただの人探しだろう。最高傑作という言葉に違和感があるものの、唄は気にしないことにした。


「なんだったんだ?」

「さあ?」


 ヒカリと風羽も首を傾げている。

 唄は暫く考えると、歩きだす。今日は、もう家に帰ろう。


「あ、どこ行くんだよ、唄~!」

「帰るのよ」

「俺も一緒に行くぜー!」

「……じゃあ、僕も家に帰るよ。また明日ね」

「ええ。明日」

「俺のことは無視!?」

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