第107話 世界に向けて! 下巻  < 終幕 >

「・・さて、色々と見て貰ったように、我がクロニクス皇国においは、金、銀、銅はもとよりミスリル銀が潤沢に流通し、ガラスから綿や絹製品まで作り手達によって生産されて市場へ売りに出されている。我が皇国の外に居る民達がどういった生活をしているのか知るよしも無いが・・・少なくとも、今の世の水準以上の人間的な生活ができる環境があると断言しよう。ああ・・・某国ではやっているようだが、我が皇国には夜間の灯火管制など無い。我が領土をひらひら飛ぶような間抜けな魔物はいないからな」


 俺は、余裕たっぷりに笑って見せた。


 いやぁ・・俺様、絶好調っ!

 弁舌冴え渡ってますわぁ・・。

 医者やめて詐欺師やってても大成してたかもしれん。


「こうした幻影術による呼び掛けは、本日、この度をもって最後となるわけだが、今後もわずかでも今より安心して暮らせる場所が欲しい者は、我が皇国の大使館に相談をしてくれ。 ああ・・すまんが、王侯貴族やその縁者については厳しい審査を行うため数年は待って頂く事になるだろうが、一般の民については審査など無い。ただ、忠誠の意思を示せるかどうか・・それだけが移住の資格となる」


 俺は錫杖でコツコツと床を叩いた。



『ハイ カット チリノ セツメイ』


『あいあいさー』


 アンコの指示に、キナコが応えている。

 実にスムーズに、意思疎通が図れているようで何よりだ。


 大陸図における各地の市町村、その位置関係が詳細に記された地図が投影されて、クロニクス大使館の位置や、整備された街道図、街道警備隊の巡回路などを説明しているはずだ。なお、ナレーションはシュメーネが行っているらしい。


『オヤブン カウントハイル』


「よし」



『ジュウビョウマエ ジュウ キュウ ナナ・・』



「さて・・先日、西南部に位置するセデルス聖王国という国から我が国に対して宣戦布告がなされた。加えて、デラ王国、リスドーン王国、レグチース公国、ユエン王朝の混成軍による国境の侵犯がなされている。従って、これからそれらの国を地上から消さなくてはならなくなってしまった。まったく、いちいち手間を増やしてくれる。迷惑な連中が居るものだな・・・まあ、特に順序は定めないが、今から5ヶ国を殲滅して回る。ああ、心配はいらない。破壊対象は、砦、城塞など目に付く大きな建物に絞る。被害に遭いたくない者は郊外にでも避難していればいいんだが・・・まあ、その国いたことを不運と思い諦めてくれ」


 俺は錫杖を軽く頭上へ掲げて見せた。


「なお、5ヶ国の支配階級にあった者については全員を殺処分とする。市井に紛れようとも無駄であると・・老婆心ながら伝えておこう。では、セデルス聖王国、デラ王国、リスドーン王国、レグチース公国、ユエン王朝だったかな?どこにあるのか知らないが、わざわざ戦争を仕掛けてくるとか、ご苦労さん・・・そして、さようなら」


 振りかざした錫杖を振り下ろした。

 それに合わせて、旗艦リューデルマイン船首付近で無数の閃光が瞬いた。

 発光、即着弾の例のやつである。


 

「さて、これで各国の王城は消し飛んだ。ああ・・国境を侵犯していた者達は1人残らず杭でハリツケにしたので、これを教訓に、今後は軽はずみな火遊びをつつしんでくれたまえ」


 無論、嘘じゃない。

 脅しでも無い。

 言ったとおりのことが実行されたのだ。

 むしろ、俺の表現が控え目なくらいである。

 実際には、王城だけでなく、城塞、砦といった攻撃目標を闇妖精達が洗い出し、しっかり選定した上での超長距離による狙撃なのだ。ええ、うちの白銀の君ヨミさんによるアレです。

 狙撃とか言えば可愛らしく聞こえますが、もう砲撃ですよね?だって、一発で、難攻不落の巨城が消滅ですからね?

 

 もう、そろそろ分かれや?王だの領主だのやってるヒト?

 クロニクスに喧嘩売ったら割に合わんのだと。生意気言ったら死んじゃうんだと。全部、無駄死になんだと。

 民達も気付こうよ?

 王や領主がクロニクスに戦争しようとか言い出したら、焼き討ちにしてでも押しとどめた方がマシだって。そんな事を思い付く阿呆が首長をやってる国は、もう長く無いって気付こうよ?


「ああ、そうだ。つまらん雑務を増やされたが・・・本日から新婚旅行に出掛けることになっている。色々な国を上空から眺めながらの旅行になるだろうが、まあ気にしないでくれたまえ。ははは・・・それでは我が皇妃達を紹介しよう。男の顔ばかり見せられてもつまらないだろう?」


 俺の合図で大扉が開け放たれ、純白の衣装ウェディングドレスに身を包んだ女達が姿を見せた。


 俺の立っている石段から一段下がって、左右へ別れるように、ヨミさんとウルさんが立つ。さらに一段下がってジスティリアとシュメーネが、その下の段に、ユーフィンとレナン。そして、リーンとラージャ。俺を頂点に、"ハ"の字を作るように石段に陣取って立った女性陣が、美しいドレスに負けない華やかさを見せつけるように腰に手を当てて眼下を睥睨へいげいしてみせた。


 さあ、ここからはアンコ脚本による、ちょっとした寸劇である。

 もちろん、すべてをキナコが放映している。



「第一皇妃、ヨミ」


 俺はほっそりとしたドレスの腰に手を回した。

 羞恥で胸元まで真っ赤に染めながら、ヨミが俺の頬に口づけをする。



「第二皇妃、ウル・シャン・ラーン」


 こちらは妖艶ともいえる眼差しで、しっとりと口づけをした。



「第三皇妃、ジスティリア・ホウリウス」


 俺は段上へ片膝を着いた。

 ジルが嬉しそうに目元を和らげて唇を頬に当てた。



「第四皇妃、シュメーネ・サイリーン」


 もう片側から寄りかかるようにして、悪戯っぽく瞳を輝かせたシュメーネが唇を当ててきた。



「第五皇妃、ユーフィン・ローリン」


 ドレス姿のユーフィンが、つと背伸びをして頬に口づけをする。



「第六皇妃、レナン」


 丈高い身体を縮めるようにして見るからに不慣れな様子で口づけをしてくる。



「第七皇妃、リーン・バーゼラ」


 きつく髪を結い上げたリーンが、はにかみながら大急ぎで口づけをする。



「第八皇妃、ラージャ・キル・ズール」


 この娘はもう大変である。血流が噴出しそうな真っ赤に沸騰した顔で、うろうろと眼を泳がせていた。俺は小さく溜息を漏らし、目の前に片膝をついて抱き寄せた。弾みで、俺の額の辺りに、がつんとラージャの前歯が衝突した。

 大慌てて謝罪をしようとするのを押しとどめて、逆にラージャの頬に口づけをする。


 この程度のアクシデントは織り込み済みだ。


「みんな綺麗だ!俺に嫁いでくれてありがとう!」


 俺は階段下から振り返るようにして段上の美妃達に向かって両手で拡げた。

 それを合図に、段上から、わっ・・と女性陣が駈け降りて俺の腕に飛び込んでくる。


 それに合わせて上空から、キラキラ・・・金銀に輝く小さな紙吹雪が舞い散り、どこからともなく、重い鐘の音が鳴り始めた。キナコが映さないようにしているが、今、上をアンコがふわふわ飛びながら紙吹雪を降らせていた。


 花嫁衣装の美女達に押し包まれて、俺はもうすっかりご機嫌さ。

 もう、心がとろけちゃうよね?

 みなぎってくるよね?


 でも、ここは我慢さ。

 大人だからね。

 

 バルコニー下の広場には、闇妖精に混じってカーリーとシーリンが歓声をあげながら籠に入れた紙吹雪を舞い散らしていた。2人とも涙ぐんでいて笑顔をくしゃくしゃに歪めている。

 通称、祝福係り。大歓声の演出を担当されているみなさんだ。


 よ~し、のってきたぜっ!


「俺の国へ来いっ! 親の顔も知らずに食うや食わずで飢えてる奴っ! 隣人が魔物に喰われているのに怯えて助けに行けない奴っ! 魔物に怯えずに畑を耕して作物を育てたい奴っ! 大量の金属を気兼ねなく加工したい奴っ! 色とりどりの衣服を遠慮無く作りたい奴っ! 思いっきり着飾って街の通りを歩きたい奴っ!・・・みんな、俺の国に来いっ! クロニクス皇国に来いっ!」


 俺は美しい花嫁達を従えて、生命樹が見える方向に向かって胸を張った。

 

「俺は、ユート・リュート。あらゆる病を治せる世界最高の治癒師にして、クロニクス皇国の第九代皇帝だ。国を捨てろとは言わん! 俺の国で学べっ! どうすれば魔物に怯えずに生きられるか、どうすれば病気に怯えずに暮らせるか、どうやれば毎日腹一杯に食えるのか・・・俺の国に来て学べっ! いつまで、魔物なんかに怯えて暮らしてやがるっ! てめぇら人間様だろうがっ! 改変前まで世界を支配していたんだろうがっ? なんで、いつまでも、こそこそと這いずり回ってんだ? 俺の国に来いっ! 戦う術を教えてやるっ! 魔物に怯えずに暮らせる知恵を授けてやるっ!」


 ここはアドリブだ。

 アンコの脚本には無い。



「俺の国はなぁ・・最高じゃあ無いけど、最低でも無いぜ。普通の良い国なんだ! 農夫が畑仕事しても魔物に喰われねぇし、年取った行商人が街道を歩いて隣町へ行けちまうんだぜ? 夜遅くまで飲み屋で馬鹿騒ぎしたって魔物は寄って来れねぇし、博打で身ぐるみ剥がされた奴が朝まで寝てたって風邪引くだけだ。ごく普通の、あたりまえの暮らしをやっていける国なんだ。そういう国を俺は作った!」


 誰もが笑顔で暮らせるなんて詐欺めいた事は言わない。だけど、笑顔で暮らせるようになるチャンスはいっぱいある。泣いてる奴もいれば、愚痴をこぼしてる奴もいるだろう。天国でも地獄でも無い。どこにでもいる普通の人々が、普通に暮らせるだけの国だ。


 特別な力も知識も、金も地位もいらない。何も持ってなくて良い。

 やる気があれば良いんだ! まあ、今はしょんぼりして萎れてんだろうけど・・。

 煽ってやるよぉっ! 俺達が、油かけて火を着けて煽ってやるよっ!


「もう、うんざりしてんだろ? 魔物の餌として生きていたいのか? おまえら家畜になりてぇのか? このままで良いのか? そんなんで満足か?」


 俺は全身から霊気を噴き上げた。

 続くように、ヨミ、ウル、ジル・・と全員が眩い霊気を噴き上げた。

 凄まじい霊圧が巨大な霊気の波となって旗艦リューデルマインから全世界へと押し寄せていく。言葉に""を乗せたのだ。



「うちへ来いっ! 俺のクロニクス皇国へ来いっ! 俺の名は、ユート・リュート! クロニクス皇国、最後エターナルの皇帝様だ!」



 拳を突き上げてポーズを決めてから、俺は錫杖でコツコツと床を小突いた。

 


『ハイ カット キナコ』


『ふねのえいぞう ながします』


 これで、俺の出番は終了だ。

 後は、クロニクス皇帝が全世界を視察旅行していることや、その旗艦についての説明が厳かに放映される。



「やれやれ・・」


 俺はどっこいしょ・・と、その場に腰を下ろした。


「お疲れ様でした」


「とても素敵な布告でしたわ」


 周囲を囲むようにして、俺の花嫁達が座った。

 婚礼衣装ウェディングドレスが陽光を艶やかに滑らせて、純白の花が咲いたようにバルコニーが華やいで見える。


 そう、これは宣戦布告なのだよ!

 世界中で、びびって縮こまってる奴等に向けた宣戦布告なんだ!

 俺がどれだけ美味しい思いをしているのか見せつけてやったんだ! うん、本音を漏らすと、俺のお嫁さんを全世界に自慢したかっただけなんだけど・・。ほら、こそこそ作らせていたウェディングドレス・・身内だけに見せてお終いじゃぁ勿体ないじゃん? なので、もっともらしく、全世界に見せつけてやったのだよ! わはは!



「飲み物をお持ちしました」


 カーリーとシーリンを先頭に、闇妖精ダークエルフ達が銀のカートを押してバルコニーへ入って来た。


「気が利くね」


 俺が声をかけると、カーリーが笑顔を見せた。


「アンコ殿に頼まれたんです。すぐにお運びするようにと」


「へぇ・・アンコが?」


 俺は黒い球を探して視線を左右させた。あいつも、キナコという後輩が出来て張り切っているらしい。今回の脚本も構成も、ほぼアンコの考案である。


「せっかくだから乾杯しようか」


 俺は冷たいお酒の揺れるグラスを掲げて見せた。すぐさま賛同の声があがって、女性陣がグラスを手に視線を向ける。給仕役のカーリーとシーリンも、俺に目顔でうながされてグラスを手にした。


「ラージャ、音頭をとれ!」


 俺の無茶ぶりに、


「へっ?・・あ、あのぅ、それでは、ええと・・・皇帝陛下に、栄光あれぇぇぇぇぇっ!」


 ラージャが高々とグラスを掲げて声をあげた。

 みんなが微笑ましげに相好を崩しながらグラスを傾ける。


「あはは、おまえらしいや」


 俺は笑いながらグラスを一息に飲み干した。このラージャは宰相のシーゼル・モアに師事して勉強することになっていた。案外、良い跡継ぎになるんじゃないかな?

 俺は、空になったグラスを放り出し、ヨミとウルを両手に抱き寄せた。


 とても良い心地だった。

 ふわふわと空を漂っているような・・。

 2人の体温を感じているだけで、身体の奥から煮えたぎるような愛が・・熱が噴き上がってくるような・・。


(・・・えっ?あ、あれ?・・これって)


 俺はぎょっと眼を見開いた。この感覚に覚えがあった。


 周囲の女性陣も、口元を抑えて深刻な表情で固まっている。


「ア、アンコ・・まさか、これ?」


『ディアダムオーク クスリマゼタ ツカレナクナル ゲンキイッパイ』


 白く霞がかかる俺の視界の先で、黒い球がクルクル回りながら告げた。


 俺の、いやの身体の中で、某希少種のオークから採取される稀少部位による試作薬が暴れていた。


(ば・・馬鹿っ・・アンコ、てめぇ・・って、これヤバイ・・無理っ!)


 俺は震える身体を拘束するように腕で抱え込んでいた。


 そう、アレだ!

 死んでも腰が躍動し続ける禁断の薬物だ!

 それが、お酒に混ぜられていたんだ。アンコによって・・。


 まずい・・理性が飛ぶ!


「に、逃げろ・・みんな・・」


 俺は振り絞るようにして声をかけた。

 しかし、次の瞬間、四方八方からお嫁さん達の腕が伸ばされて俺の身体が押さえ込まれてしまった。


「へっ?・・ちょ・・あの?」


 ヤバイですよ!


「ユート様」


 万力のような力でヨミが俺の肩を掴んでいる。ミシミシ・・鳴ってますぅ! 肩が・・骨が鳴ってますぅ!


「あ・・あのね?・・いやっ、ヤバイって!」


 みなさんのお美しい顔が・・危険が・・危ないっ!


 そう、全員で乾杯したんでしたぁ!


「ユート様ぁ・・」


 はうっ・・しなだれかかるお狐様の肢体が柔らかく香って・・・金色の尻尾様が俺の腰の周りをパタパタ・・って! 絶妙な刺激が・・。


「お兄様、逃がしませんわ」


 ジスティリアがするりと俺のお腹の上にまたがってくる。

 駄目ですって・・花嫁衣装着たまま、そんな・・ちょっと、みんな・・待ってぇーー!


「ちょっ・・そんなことされたら、俺・・もう、もうっ」



 やめてぇーーー



 誰かっ・・止めさせてっ!



 かっ、神様ぁっ!



 うちの嫁さん達を止めてぇーーーー



「アンコ・・助けろっ!」



『アトハ ワカイモノニ マカセマス ドウゾ ゴユックリ』



「キ・・キナコっ!」


『こども みちゃだめ あんこ いってた』


 キナコの声を遠くに聴きながら、俺は・・いや俺達は堕ちていった。


 いやっ、まだだっ!



「法円展開っ!・・・無限霊陣エターナルレコードっ!」



 俺は消えゆく理性を絞り出すようにして、天に向かって声を振り絞っていた。生命樹から託された禁断の英知を今ここに・・・。



顕現けんげんせよ・・愛の狩人ホルン・オブ・サジタリウスっ!」



 負けられない戦いが、ここにある! 戦を告げる大角の音ホルンが高らかに響き渡った。



「おぉぉぉぉ・・・かかって、来いやぁぁーーーーーっ!」



 俺は絶叫と共に、我が身で育んできた生命樹から霊光を噴き上げた。





(♪ おしまい ♪)













**** 新世界遊戯 『 完 』 ****






<作者のつぶやき>


 終幕間際は、一話の文字数が増えてしまいました。


 分かり難い会話が多く、行間を広くとったりしたので余計に間延びしてしまいました。


 ラストはまあ・・ユート君ですから。


 格好良く・・とか、感動的に・・とか、似合わないので、大人のお遊戯をして貰いました。


 途中あちこち迷走して頭を抱えていましたが、とにもかくにも、これにて新世界遊戯は終幕です。

 

 最後まで頑張って読んで下さった皆様、ありがとうございました! ひたすら、感謝感謝です!

 少しでも、クスクス or ニヤニヤ・・を、お届けできたのなら良かったのですが。


 また別の作品で・・いつか・・その内に・・お会いできたら嬉しいですねぇ~。


 



 by. ひるのあかり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新世界遊戯 ~神の指で天下盗り~ ひるのあかり @aegis999da

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ