第11話 ~最終話~ここぞという時に勇気を出せる者だけが勝者になる

 ーーー俺は間違っていた。根本から、最初から、全てを間違っていた。


 目の前で泣き叫ぶ少女から語られる、自分に対する気持ち。激しい口調が、激情に歪んだ表情が、その想いの強さを物語っていた。


 なぜ眼前の少女が自分にここまで想いを寄せているのか、正直全く分からない。本当の『北原拓海』はもっとつまらない、平凡で集団に埋没するような存在なのだ。桜川さんのような人には、もっとお似合いな人物がいることだろう。


 それなのに、隣を通りすぎる少女の腕を掴んでいた。ビクッと身体を硬直させる桜川さんを腕のなかに抱きすくめる。華奢な、すぐ壊れてしまいそうな、ガラス細工のような身体が小刻みに震えている。


「ごめん、桜川さんの気持ちに全く気がつかなかった。正直、俺は桜川さんみたいな人から好意を寄せられるような人間じゃない」


 『自分に自信のあるやつなんていない』


 そのまま、自分の本心だ。自信なんて、あるはずもない。自信がないから、アニメやラノベの中の主人公たちに憧れ、こうありたいと望むのだから。現実世界の自分には、必殺技も特殊スキルも与えられてはいない。あるのは、自分の命を削るだけの『特異体質』だけだ。


 だから、自分い向けられている好意の理由が分からない。


「違うよ」


 確固たる意思を持った、強い声が屋上に響く。


「だって、私にとって拓海くんはヒーローなんだから」


 混じりけのない、真っ直ぐな声。だからこそ、心の奥底が揺さぶられる。


「昨日、私が絶望にただ従っていた時、颯爽と助けに来てくれたこと」


「ーーー」


「私の心の深いところで固まっていた、辛い考え方をゆっくりほぐしてくれたこと」


 少女の口から語られるのは、どちらも美化された俺の姿だ。誰かを助けようとか、苦しみを改善してあげたいなんていう高尚な考えは全くなくて、ただ自分のために動いただけのことだ。


「本当の俺は、もっと汚い人間だ」


「なら、その部分も含めて私はあなたを好きになるよ」


「自分のために動いて、桜川さんを傷つけるかもしれない」


「そのときは、たくさん謝ってもらってから、二人で笑いましょう」


「桜川さんには俺よりも、もっとお似合いな人がいるはずだ」


「私は、他の誰でもないあなたがいいの」


 少し低い位置から向けられる、真摯な眼差し。虚飾とはほど遠い、真実を語る者の眼だ。


「本当に……俺でいいのか……?」


「拓海くんがいいんです。拓海くんじゃなきゃ、嫌なんです」


 胸の奥が熱い。喉はからからで、膝はがくがくしている。それなのに鼓動だけは暴れ狂っていて、まるで自分のものではないようだ。


腕の中から出た桜川さんが、ひたと俺を見つめる。


「桜川さん、いや、燈子さん」


「はい」


 問いかけに答える燈子さんの瞳には、涙のあとがきらきら光っていて、穏やかな微笑を浮かべている。


「桜川燈子さん。よければ、俺と付き合ってください」


「はい、よろこんで!」


 そのとき見た燈子さんの表情は、今まで見たどんな笑顔よりも可愛くて、綺麗だった。


             fin

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二次元にしか興味のなかったヘビーなオタク(俺)が、学年一の美少女と付き合うハメになった件 菊川睡蓮 @Past

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