第10話 王道は面白いから王道なのである

 勢いよく教室を出た俺は、階段の前で足を止めた。さる重大なことに気付いたのだ。


 肝心の桜川さんがどこにいったのか、知らないのだ。廊下には全く人影がなく、目撃者は恐らくいないだろう。


 途方に暮れていると、教室から上城雄大が飛び出してきた。確か、『桜川親衛隊』の隊長を名乗っている変態の一人だ。


 いかん、本音が出てしまった。


「どうしたんだ急に?」


「はあ、はあ……本来なら、貴様のようなリア充だけには加担はしたくないのだが、今回ばかりは緊急事態だから教えてやる」


 いきなりどうしたんだ、こいつ。しかも、超上から目線なんですけど?


 そんな俺の心中には全く気づかず、滔々と語り始める上城。


「我々の長年のストーカキングーーーもとい、調査の結果によると、桜川さんは一人になりたいときには屋上にいることが多いのだ。参考にしたまえ」


おい、今ストーキングって言わなかったか? やっぱり変態だったよこの人!


 という本音を飲み込み、すぐさま屋上に向かう。後ろで上城が何やら叫んでいたが、とりあえず無視だ。


     *****


 私、バカみたいだ。一人で騒いで、一人で舞い上がって、一人で落ち込んでる。どれだけ忘れようとしても、先程の委員長の言葉がリフレインする。


『だって、北原くんは二次元にしか興味ないもんね!』


 そんなの、どう頑張っても勝てないじゃん。画面の中で可愛く笑うキャラたちは、私みたいに面倒ではないのだから。


 突然、屋上に繋がるドアがぎい、と音をたてて開いた。思わず振り返ってから、気恥ずかしさに顔を背ける。


 そこにいたのは、拓海くんだった。昨日、私の部屋でみせた微笑ではなく、心底困惑した表情を浮かべている。胸に走る鋭い痛みを耐えていると、拓海くんが口を開いた。


「ねえ、傷付けたのなら謝るよ。でも、俺のどこが悪かったのか分からないんだ」


 拓海くんらしい、相手を慮る発言。声には私のことを心配する響きがあって、さらに胸の痛みが激しくなる。沸き上がる激情と、苛立ちをそのまま言葉にしてぶつける。


「そういうとこだよ、この唐変木! 私を慰めてくれたのは、抱き締めてくれたのは何だったの? 期待した私がバカみたいだよ……」


 自分でもわがままな事を言っている自覚はある。けれど、言葉にせずにはいられなかった。こんな気持ちは初めてだから、どんなものなのか今まで分からなかった。


 でも、今なら分かる。


「わたし、きみの事が好きだよ。昨日の夜慰めてもらった時から、ずっときみの事を考えてる。さっき、きみに『かわいい』って言ってもらえた時は、心がとろけそうなくらい嬉しかった! でも、今は張り裂けそうなぐらい辛い! わたし、どうしたらいいの!?」


 身勝手な、一方的な叫び。わがままで、相手のことなんか、何も考えない、自己中心的さ。もとより、私には勝ち目のない戦いだったけど、これで完全に嫌われた。


 そんな絶望にうちひしがれながら、拓海くんの横を通りすぎる。


 だか、出来なかった。

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