秘密と嘘

内田 薫

第1話 秘密と嘘

―――秘密を守るために嘘をつく。


八時のホームルームを伝えるチャイムが鳴った。


河川敷に座る私の耳に届いたのは数秒経ってのことだった。


完全に遅刻じゃんと思うかもしれないがなんのその。


絶賛学校サボり中の私には予定通りなのである。


今日は先輩たちの卒業式だ。


学校生活のすべてが今日を無事迎える為と言っても過言ではなく、胸中こそ千差万別とはいえ感動する人がほとんどであろう。


私はそこで、今日、送辞を送ることになっている。


最低なことをしているのは自覚している。


罵詈雑言を一指に受ける未来も予測できる。でも、そもそもおかしいのだ。何でもかんでも私に振らないでほしい。


私には隠し通してきた秘密がある。


それはホントの自分だ。

小さな頃から優等生を演じてきた。


理由は簡単だ。

そっちの方が上手くまわるから。

世の中が、周りが、ひいては私自身が。


だから私は演じてきた。


優等生を、今日までずっと。物心ついた時からずっとだ。


いや、わかってる。自分が悪いのはわかってる。


……だから、でも、どうしてこうなってしまったのか?


私は単純に疲れたのだ。何でもかんでも頼られる毎日に嫌気がさしている。

大体、先生も先生だ。


基本怠惰な私に面倒事を押し付けるだけ押し付けて解決した気になってる。


××君にプリント届けてくれる人―? 学級委員やりたい人―? 送辞やりたい人―?


誰が手を挙げるというのか。バカじゃないのか。


もっとやり方を工夫しないと。無理なく、そつなく、文句なく。

適度に手伝いながら生徒に満足感を与えられるように。

仕方なくではなく、やって良かったと思えるように。

何事にも理由と落としどころが必要だ。


上手くサポートしてやれば大抵の生徒がしっかりやってくれるだろう。それを楽に徹しようとするから、その余波が何処かで歪をつくるのだ。


まあ、その矛先が私なのだが。


だからもういいのだ。

演じるのは辞めた。

今日からは心機一転、ホントの自分でいこうと思う。

ある意味これが私の卒業式かもしれない。


いまから楽しみだ。みんなどんな反応を示すだろう。


まあ最初はきっと「どうしたの~」とか「心配したんだよ~」などというのだろうが、正直、ウソつけって感じだ。


大体いままでホントの自分を押し殺してきたし、周りへの接し方も偽りだらけ。心配したなんて言葉ほど信用できないものはない。

人間は自分勝手だ。


周りに流され、周りに脅され、周りを意識して自己を確立する。

深層心理にあるのはきっと「外れたくない」自分だ。


だから「心配」なんて言葉はきっと私に向けて言われた言葉なんかじゃない。周知されている自分というカテゴリーにあった言葉を選んでいるだけなのだ。


だから信用しない。したくもない。今日まで自分がそうだったから余計にわかるものがある。どんな言葉をかけられても、私にはもう戻る場所はない。ありがとう~やらゴメンね~など妙に間延びした声を出す私はもういないのだ。


しかし――――……少しだけ後ろ髪を引かれるのも事実だ。


当たり前だが卒業式に向けて練習してきたのは私だけじゃない。

卒業生はもちろん、後輩も、同学年のみんなもそうだ。


何か月も練習してきているのは私も知っている。面倒くさいと思ったのはひとりやふたりじゃないだろう。それでもみんなやり遂げて今日という日を迎えている。


ホントの私とは何だろう?


期待を跳ねのけ、人を裏切り、陰で笑いこけるのがホントの私なのだろうか。

どんな結果にころんでも、“私のせいじゃない。こんな結果になったのもアンタたちが私にすべてを押し付けるからでしょ”なんて…脆すぎる絶対の正義を盾にして、強気に、有無を言わせず、黙らせることができるのだろうか。


……否、断じて否だ。


例えそれができたとして、その後はどうなる? 


学校というすべての世界から“外れた自分”を“自分だけが肯定してあげられる世界”に私は耐えられるのだろうか?


…いや、わざわざ考えるまでも無いだろう。それは無理だから。無理というのを演じ続けた私が一番良くわかっている。 

               

私はウソをついている。


毎日、毎日。私自身に。毎日、毎日、ウソをついている。


そもそも演じ続けるのが偽りの自分とはならないだろう。なぜなら、演じるのを選んでいるのは誰でもない、自分自身なのだから。


世の中が上手く回るだなんて定の良い言い訳でしかない。


根本にあるのは、そう―――自分が好きな自分だ。


結果を出して、頼りにされて、結局わたしもみんなと一緒だ。

怠惰な自分が本物でも、勤勉に見せたい私が偽物とは誰にも言えない、言わせない。


“偽物”と自覚しているが故、誰よりも“本物”に努めているのだから。


そう、だから今日のサボりはちょっとした気分転換で逃避行のようなもの。打ち上げ花火のように一瞬で終わる、自分を守るための虚位なのだ。


時刻は八時と十五分。


さてさて、学校につくまでに考えておかないと。


“秘密”を守るための、バレない“ウソ”の付き方を。

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秘密と嘘 内田 薫 @wanda7

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