39th try:Kingdom of Dolls
カビナ平原の中ほどで激しい戦いを繰り広げる軍勢をまるごと飛び越え、俺はアルメキア城のはるか上空から落下する。迷いの森にはじめて来た時と同じだ。見えない壁にさえぎられ、俺はただひたすら下へ、下へ――
そして俺は、城壁の尖塔を砕き、城のど真ん中を次々にぶち抜いて、一気にはるか地下まで落下した。視界が瓦礫と土煙でおおわれる。
――潜入っていうより、強襲とか爆撃みたいな感じになってしまったが、まあしょうがない。
「げほッ……ごっほ」
俺は咳き込みながら立ち上がる。前回と同じく、体には傷一つない。
さて。あとは転送魔方陣を見つけないと――!
「お待ちしておりましたよ」
煙の向こうからかけられた声に、体が硬直した。
「ああ……そう構えないでも大丈夫です。我々としても、荒っぽい真似はしたくありませんから」
煙が晴れてゆく。
そこは、あの魔方陣のあった部屋よりも、さらに地下のようだった。
他の場所とは、明らかに雰囲気の違う部屋だ。
冷ややかな空気が流れる――広い空間。
薄暗くてよく見えないが、なにかの装置がいくつも並んでいる。
「はじめまして――いや、お久しぶりというべきですかね。勇者様」
人影が見えた。
白衣の男だ。年齢は40-50歳くらいだろうか。丁寧な口調だが、その声には威厳がある。
「誰だよ、お前」
俺は男をにらみつけた。
こんな白衣のおっさんに出会った記憶なんてない……はずだ。
しかし、男はそれを聞いて含み笑いを漏らす。
「ふふふふ……寂しいことを言いますねえ。あれだけ毎日顔を合わせていたのに」
「なんだと?」
「まぁ、それも当然ですか。この格好ではね」
そう言って彼は、白衣のポケットをまさぐり、何かを取り出した。
「なら……これなら、わかりますか?」
彼はそれを、頭の上に乗せる。
王冠。
急激に、彼の顔が、記憶の中のイメージと直結する。
確かに見覚えがあった。
イヤになるほどしょっちゅう顔を合わせていた。
口調もまるきり違う。
服装だってこんな白衣じゃない。
なにより、あの長い顎髭がきれいさっぱりなくなっている。
だがそれでも確かに、間違いなかった。
「アルメキア王……!」
俺が言うと、彼はにこやかにうなずいた。
「あんた……王様じゃなかったのかよ!」
「いえいえ確かに私は王ですよ。役割としても、実際にも、ね」
王冠をふたたび白衣のポケットに入れ、彼は特に俺を警戒するでもなく、喋りつづける。
「女神様の導きに従って、人形を使役し、勇者様のための人形の王国を作り上げる――その使命を負った“王”ですよ。
言い終わると同時に、急にあたりが眩しくなった。
俺は目を細め、“道”を後方にとびずさって王と距離をとる――
その背中が、硬いなにかにぶつかった。
「あっはっは。安心してください。私から攻撃するつもりはありませんから」
その言葉を無視して、俺はいったんこの場から離れようと振り返り……。
そして、彼と目が合った。
「うわああああああ!」
思わず叫び声がもれる。
液体が満たされた、円筒形のシリンダー。
その中に浮いていたのは――確かに昔倒したはずの、バンガスだったのだ。
「ああ、彼とは会ったことがあるんでしたね。まさか人形にモンスターを寄生させてくるとは意外でしたが、あなたのおかげでこの通り、無事に修理されましたよ」
慌ててあたりを見回す。
他のシリンダーも同様だった。液体の中に浮かぶ人、人、人……老若男女、さまざまな人間たちを内臓したシリンダーが、広い空間内にぎっしりと並んでいる。
まさか……ここで国民を、作っているとでもいうのか?
「あなたが一度、街ごとすべてを焼き払ったおかげで、スペアの生産には大変苦労させられましたよ、本当にねえ」
追ってきたアルメキア王が、穏やかな声で言う。
「あんたら、何が目的なんだよ……!」
思わず俺は口に出していた。
「たった俺ひとりを騙すためだけに、どうしてこんな……。無茶苦茶すぎるだろう、どう考えたってよ!」
「……私は女神様に従うだけ。その御心は計り知れません。ですが、あえていうならば――」
彼は顎に手をあて、わずかに首をひねって答えた。
「“暇つぶし”なんでしょうね」
背すじに寒気が走る。
「じゃっ、じゃあアンタは……アンタはなんでそんな奴に協力をしようと思ったんだ。たったひとりで、人形の国の王になったところで……」
「ハハハ。価値観は人それぞれですよ、勇者様。あなたが幸福な日本での暮らしに空いて、違う世界を望んだようにね」
そう言って、彼はこちらに手を差し出した。
狂ってる。
俺はもはや言い返すこともできずに、呆然とその手を見つめていた。
「勇者様。女神様は貴方が戻ってくることを望んでいる。だからこそ魔王の計略に乗り――あえてあなたをここに呼び込んだのです」
「……全部、わかってたのかよ」
やっとのことで、俺は答えた。
「はい」
彼はこともなげにうなずいて、さらに続ける。
「女神様は、できれば今の貴方を生かしたいと思っています。自分が死ねば終わりとわかってなお、魔王に立ち向かう姿が見たいと。もっと悩み苦しみもがく姿が見たいと。……いかがでしょうか? 悪い話ではないと思いますが」
「……それのどこが、悪い話じゃないっつんだよ」
「はて?」
王は鼻で笑った。
「今ここで死なずに済むというだけでは、ご不満なのですか?」
その一言で、沈んでいた俺の心に、怒りが湧いてくる。
こいつにとっても、女神にとっても――俺の命や心は、たんなる玩具にしかすぎないんだ。
面白そうだから生かしておくけど、壊れたら取り換えればいい。
そんな程度の存在。
「――ふざけやがって!」
俺は全身から魔力を一気に開放し、跳躍した。
「なっ――!」
俺が女神の魔力を使いこなせるとは思っていなかったのか、アルメキア王の両目が驚愕に見開かれる。
もうたくさんだ。
あの女神も。この国も!
これで全部、終わりにしてやる――!
「
俺の
「ぜええっりゃあああああっ!」
ついで裂帛の気合と共に放たれた拳が、俺の体をかすめる。
――かろうじて女神の魔力でガードしたおかげで即死にはならなかったが、その衝撃は俺をふっとばし、シリンダーに激突させた。
痛みはない。
だが――王の傍らに控えるその二人のシルエットが、俺の鼓動を激しくさせる。
ああ。
わかっていた。
この国の国民たちの全員が人形であるというなら。
彼女たちもまた、そうであるだろうってことは。
だけど、まさか。
こんなところで――!
「いくよ、お姉ちゃん……」
「うん、ナナ……お父さんは、殺させない……」
光を失った目でこちらを見るナナとミミの向こうで、アルメキア王が愉快そうな笑い声をあげる。
「白兵戦用人型魔装兵器:型式
――良い表情ですね、勇者様。その調子で女神様をもっと、喜ばせなさい」
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