40th try:Release

「<穿て左拳ポリュデウケス>」


 ミミの肩口に浮かぶ巨大な左手が爆風を放ち、吹き飛ばされた俺はそのまま“壁”に押し付けられる。押し潰されるほどではないが、身動きがまったくとれない。


 風圧に逆らってなんとかこじ開けた目にうつったのは、身体能力をブーストする<照らす燈火セントエルモ>を頭上に宿し、さらに爆風に乗って瞬時に距離を詰めてくるナナの姿――


「でぇりゃぁっ!」


「ぐぅ……あぁッ!」


 とっさに女神の力を全開にし、突き出された拳を、かろうじて避けた。かつて影魔シャドウストーカーと戦ったときに目にしていた連携のひとつだった。知らなければ、俺の体にはどでかい風穴があけられていたことだろう。


 必殺の一撃を外されたナナは、勢いそのままに背後のシリンダーに激突し、派手な破壊音を上げながら次々と貫いていいった。


 少しの間だが、これで1体1の状況に持ち込める――


「――ッ!」


 そのわずかな安堵すら見逃さず、いつのまにか距離を詰めていたミミが機械の両手を振り上げて俺に襲い掛かる!


「せぇい!」


 気合と共に上から叩きつけられる一撃。

 俺は女神の魔力で覆った両腕で、かろうじてその巨腕を受け止めた。

 直接触れているわけではないので即死にはならないが、物理的な腕力に、体がミシミシと嫌な音をたててきしむ。


 痛みを感じないぶん、耐久力の限界がはかりづらい。

 俺の頬を汗が流れ落ちる……どこまで耐えられるのだろう、この体は。


「……ミミ! 俺だよ。シュウだ」


 なんども繰り返した呼びかけに、やはり返事はない。ミミの顔にいつもの明るい笑顔はなく――あるのはただ、生気のない目と、氷のような殺意だけ。


「く……そッ……!」


 俺は魔力で身体能力を底上げし、つかんだ機械の大腕を、力任せに横へと投げ飛ばした。あれは敵だ。わかっているのに、そう割り切れない自分が悔しい。この迷いが女神を『楽しませている』のだと考えると、余計にはらわたが煮えくり返ってくる。


「ふざけんじゃねえぞ、クソ女神ィ!」


 ありったけ叫ぶ声は、むなしく響き――どこかに身を隠した王の笑い声が、どこかから帰ってくる。くそっ……くそっ!


 思い切り投げ飛ばされたミミは、水切りの石のように地面を跳ねながら転がっていく。そしてシリンダーの壁に激突しそうになったところを、細い腕が受け止めた。

 

 ナナだ。

 彼女の目からも、あの燃え滾るような怒りも、くるくると変わる表情も、すべてが抜け落ちていた。傷や痛みを意に介する様子もない。

 ――あの迷いの森で見た兵士たちと、同じように。


 姉妹はゆらりと立ち上がる。


「ナナ……ミミ……」


 我ながら情けなくなるような自分の声が、虚空に消えていく。


 ……俺の限界も近かった。

 女神との接続が切れたいま、体に宿る魔力は有限だ。

 残量計があるわけじゃないけれど、感覚としてわかる。


 彼女たちの攻撃を防げるのは、あと一回が限度だろう。

 それを超えれば、彗星の一踏メテオリック・スタンプを打つどころか、立ち上がることさえできなくなる。この体を動かしているのも、ほかならぬ女神の魔力だからだ。


 あとはなかった。

 俺は決めなきゃいけない。

 彼女たちを殺すか。このまま奇跡を待って殺されるか――


 巨大な魔力の気配が、俺の思考を中断した。

 視線を前へと向ける。

 その先で、姉妹が手を繋いで立っている。


 ふたりの身体からライムグリーンの光が溢れ、ミミの背後に浮かぶ機械の手へと流れ込んでゆく。まるで祈るようにしっかりと組まれたその手が、直視できないほどの光で包まれてゆく。


 見たことのない連携だった。

 だが、伝わってくる波動だけで……その凄まじい威力が伝わってくる。


「ここにきて……とっておきかよ……」


 もはや笑うしかない。

 幅2メートルの道に、逃げ場はなさそうだ。

 この高密度の魔力――いまの魔力ですら防ぎきれるかどうか。


 決断を下す。

 しかない。

 俺は胸元にあるペンダント――ハイネが俺に渡したペンダントを手に取った。



「「<焼き尽くせ裁きの烙印アルヘナ>!」」



 それと同時に姉妹が叫び、組まれた両手から巨大な光弾が発射された。

 俺の視界、二メートルの幅なんて優に覆いつくして、目もあけられないほどのライムグリーンの奔流が俺の目の前を覆いつくしていく――。


 それを見ながら、俺はペンダントを握りしめる。


 悪いな、魔王。

 この作戦は――


 失敗だ。






「――解呪リリース



 ※※※



「……なるほど、なるほど」


 どこに身を隠していたのか、瓦礫と砂塵の向こうから現れた白衣の男――アルメキア王は、感慨深げにつぶやいた。


「不利な呪いを背負ったまま、ひとりでどうするつもりなのだろうと思っていましたが――」


 そいつはゆっくりと歩きながら、どこか面白がっているような口調で続ける。


「それが貴方の奥の手というわけですね、勇者様」


 俺は倒れた姉妹の傍らから立ち上がった。

 ごめんな。

 そうつぶやいて、彼女たちの首においた手を放す。

 魔力で覆われた手。だがその質は、先ほどまでとはまるで違う。


。その魔力……」


 俺は立ち上がり、ペンダントから手を放す。

 “クラレッタの涙”。

 人形の時間設定を狂わせる魔力を持ったアイテム。

 城に乗り込む前――ハイネはそこに自分の魔力を封じ、俺に渡した。


「本来なら」


 と俺は言う。


「本来なら、この魔力を使って女神から魔力を奪い、俺の呪いを書き換えるはずだった。それがこの作戦の目的だった」


「なるほど。それをあなたは浪費したわけですか。あの姉妹を壊すために」


 王は口元をゆがめた。


「さすが私の人形……すばらしい働きをしてくれました」


 

 

「……あんたは」


 俺は感情を押し殺して口を開く。


「あんたは何とも思わないのか? 人形に感情を持たせて、泣きも喜びもさせて、それを好き勝手にいじって、使い捨てにして」


 思い出していた。

 ハイネに励まされたときの言葉を。


――お前の感情がホンモノなのかニセモノなのか。作られたものなのかそうでないのか。そんなものはな、シュウ。他人には判断のしようがないのだ。


 魔王も大概クソ野郎だ。

 前の俺、あいつに殺されたしな。

 だけどあいつは。

 ハイネは。


 俺を人形としては扱わなかった。


「考えたことはないのかよ。たとえ作られた人間だとしても、コピーだとしても……日々の一瞬一瞬に泣きも笑いもするの心がどんなものかを」


 だが、俺の問いに、王は理解できないといった顔で首をかしげる。


「何を言ってるんです?」


 いまわかった。

 ダイアログにも薄々抱いていた違和感の正体。

 こいつに感じていた嫌悪感の正体。


 目だ。

 俺のことを、ただの駒としてしか見ていない目。


「どれだけ似せても、人形は人形でしょう?」


 王は笑った。


「そうかよ」


 俺は歯を食いしばる。

 黒い炎が、感情に呼応するように燃え上がる。


「さて」


 王は指を鳴らす。

 すると、そこかしこでライムグリーンの輝きがまたたき、壊れたシリンダーが瞬時に傷一つ状態へと戻っていく。


 修復?


 いや違う、これは――転送だ。

 新しいシリンダーを呼び出しているんだ。


「計画は失敗したということですし、おとなしく女神様の下へ戻ってくれればよいのですが」


 装置の扉が、あちこちで音を立てて開き。

 ぞろぞろと現れたのは――


 ああ、畜生。


「まあ、一度廃棄したほうが早いでしょうね」


 が、俺を取り囲んだ。

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