Chapter2: Rebellion of Dolls
31st try:Castle of Twilight
――かくて舞台は移り変わり、新たな物語は紡がれる。
ここは、女神の作った道の果て。
慈悲も祝福も届かぬ、常夜の都。
女神の加護を失った魔物どもが闊歩し、腐臭と死際の絶叫がたちこめる。
【黄昏の城】。
かつて世界を滅ぼしかけた、魔王ハイネの住まうところ。
人が忌み嫌い、恐れ続ける呪いの地。
そこに、いま。
“創られた勇者”、ニシムラシュウセイは、足を踏み入れていた――
※※※
女子の部屋である。
六畳一間のワンルーム。部屋の内装や家具はピンク色を基調としており、いかにも女子といった感じの小物が置かれている。シングルベッドの上にはところせましとぬいぐるみが置かれ、壁にはアニメキャラのポスターなどが貼られていた。
俺は、ベッドに座っている。座ったまま、待つ。
――やがて部屋のドアを開け、黒衣と白仮面をかぶった魔王ハイネが入ってきた。身のすくむようなドス黒いオーラを、全身にまとわせて。
「待たせたな」
愉悦に満ちた声。
そして……なにかを俺に差し出す。
「くひひひひひ……この魔王の力、じっくりと味わうがいい!」
小さめのマグカップ。
満たされているのは、黄色いゼリー状の物体に、漆黒の液体をかけたもの。
要するに……プリンだった。
まだ温かいカラメルから、焦がした砂糖の、どこか心を落ち着かせる香りが立ちのぼり、スプーンですくうと、断面の黄色と黒の美しいコントラストが、俺の目の前でふるふると揺れた。明かりを反射する濡れた表面は、どこかなまめかしくもあり――
唾を飲み込み、俺はそれを口へと入れる。
次の瞬間、芳醇な卵の香りと、とろけるような甘さが、口の中で爆発した!
「うおおお!」
俺は思わず叫ぶ。
なんだこの、濃厚な味わいは!
シルクのように滑らかな舌触りと共にペースト状に溶けてゆくプリン、その狭間に立ち現れる、新鮮な卵の風味と、何層にも重なった甘みの波状攻撃――!
それだけではない。この甘さ、さわやかなのだ。砂糖にありがちな、もったりとした後味など微塵もない。口内の甘みはは潮が引くようにスッと消え、残ったカラメルの苦みが、さらなる一口へと俺を誘う……!
「なんだこれ……止まらねえ……手が止まらねえよ……!」
「驚いたか? これが魔王の力だ」
「なぜだ……鮮烈な甘みにも関わらず、まったくしつこさがない……」
「くひっ、くひひひひひ……よく考えろ。答えはすでに在る」
俺は再びのひとさじを、しっかりと味わった。
探せ。
考えろ。
何が違う――?
気づいたのは、甘さに先立って訪れる、別の風味と、ジャリジャリとした食感。
溶け切らなかったカラメルの砂糖かと思っていたが、味が違う。
なるほどそうか、これは……!
「海塩!」
俺のつぶやきに、魔王は黙ってうなずく。
プリンのうえに薄くまぶされた塩。
これが本来控えめだった甘さを引き立てることにより、濃厚さとさわやかな後味を両立しているのだ……!
「塩の辛さ。砂糖の甘さ。そしてカラメルの苦み……これらがかわるがわるに押し寄せ、無限に食べる手を進ませる……! まさにプリンの永久ループ。恐ろしい……なんて恐ろしい完成度なんだ!」
「くひっ、くひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」
不気味な笑い声をBGMにプリンを食い終え、紅茶を飲みながら、俺は思った。
――なにやってるんだ、俺。
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