32nd try:Strange Dolls
俺は、女神によって作られた、西村秀星のコピー人形。さらに、女神から倒すよう命じられた【黄昏の魔王】ハイネもまた、
真実を聞かされ、魔王たちに仲間として迎え入れられてから、三日が経った。
「ふぅ~……食った食った……」
ふくれた腹をなでつつ、俺は階段をのぼる。
魔王のプライベートルームからの帰り道だった。
階段は薄暗い一本道で、女神の“道”に沿ってまっすぐに続いている。はるか向こうにぽっかりあいた、四角い出入り口から差す光に向かって、俺は進んだ。
脳裏によみがえるのは、ここ数日に食べた手料理の数々だ。
『魔王との食事会』と最初に聞いたときは、さぞグロテスクなものか、あるいは豪勢な宮廷料理でも現れるのかと思ったのだが、出てきたのはどれもこれも、見た目はごく一般的な家庭料理だった。いずれも魔王の手作りだという。
だが、これが、めちゃくちゃ美味かった。
なんの肉を使ったのかは不明だが、ナイフを入れるとじゅわりとたっぷりの肉汁が溢れるハンバーグ。三時間かけて仕込んだという魚介の
よだれが口の中に湧いてくる。
くそう。このままじゃ、俺の胃袋が魔王に完全に支配されてしまう!
それにしても……。
この三日間、俺がやったことといえば、魔王の私室でトランプをやったり、料理をふるまわれたり、ゲーム(どこから持ってきたんだ?)をやったり、たあいもない雑談をしたり……。おおよそ魔王の城での生活とは思えない。
最初にこの城にやってきたときには、いったいどんなことが待ち受けているのか、これから俺はどうなってしまうのかと身構えていたんだけど、ちょっと拍子抜けっていうか、なんていうか。
「こんなことしてて、いいのかな――」
そんなことをつぶやきながら、俺は階段を抜ける。
明るくなった視界に、目が慣れた瞬間――
「――うおわっ!」
ぷにぷにした手のひらが、俺の顔の前に差し出されていた。
反射的に後ろに下がった俺は、あやうく階段から足を踏み外しそうになりつつも、ギリギリのところで踏みとどまる。
こんなことをするやつは一人しかいない。
「……なにすんだよ、ビスキィ!」
そのオークの少女は、手を振りながら、へらへらと笑う。
「へっへー、じょーだんッスよ、じょーだん……チッ」
いま舌打ちした?
「いやぁ、でも気になるじゃないッスか。触れたら本当に死んじゃうのかなって」
「その興味で殺される俺の身にもなれよ……」
女神の呪いは、まだ残っていた。
魔王の魔力で、女神との『繋がり』は途切れたものの、この呪いそのものの解除は、また別問題なのだそうだ。
『ネットの回線は引っこ抜いたが、初期インストールされてるアプリを消すのは無理』……ってことらしい。なんとなく、言ってる意味はわかる。
そんでもって、ビスキィである。
いろいろあって魔王軍の仲間として迎え入れられた俺に、彼女はことあるごとにつっかかってくるのだった。特に魔王の部屋に呼ばれたときは、いつもこうして待ち伏せしては、俺に嫌味を言ってくる。
まあ、それも仕方がないといえば仕方がない。
あのときは敵同士だったとはいえ、「ファッキンクソデブメス豚女」とか言っちゃったからな……。
俺は腕組みして“道”の真ん中に立ちはだかるビスキィをジャンプで飛び越え、彼女の背後にある広間に降り立った。
【魔王の間】だ。石造りの、シンプルな空間。本来のルートに従えば、俺はここで魔王と対峙し、打ち倒す予定だった――。ちなみに魔王の私室は、玉座を動かすと現れる隠し階段の中にある。なんでそこまで道が延びてるのかはわからん。
んで、振り返ったビスキィがこっちを睨んでくる。
うーん、いい加減、心を開いてほしいんだけどなあ。
「……あの」
「許さないッス」
ほっぺを膨らませて、彼女はそっぽを向く。
ですよねぇ……。
「で、どうだったんスか?」
「な、なにが?」
「だからぁ。きょうは何を食べたのかって、聞いてるんスよ!」
これも、いつものやりとりだった。なんだかんだと俺を嫌いながらも話しかけてくるのは、どうやら魔王の私室で俺がなにを食ったのかを聞き出すためらしい。さすがオーク族。食い意地が張っている。
こほんと咳払いをして、俺は話しはじめた。
なんだかんだで、俺のほうもこの味を誰かに説明したくてたまらないのだった。
「カレーのスパイスが絶品でな、魔界に生える草を長年かけて吟味したらしく」
「へええ」
「おかわりがとまらねーのなんのって。俺はあの米にも秘密があると見たね」
「ふむふむ」
「しかし今日の目玉はなんたってプリンだな! スイカに塩じゃないが、あそこまで甘さを引き立たせるとは。しかもただの塩じゃない。海塩だよ。まろやかな雑味が、プリンの風味を殺さず、むしろ生かしている……」
「ほおお……!」
彼女はそれを、ものすごく悔しそうな目をしながら、しかし一語一句漏らすまいという勢いで聞き続けた。
「……まあ、ざっとこんなところかな」
説明を終えると、彼女はまるで自分自身もそれを食べたかのように幸せな顔でため息をついたあとに、こういった。
「ほんとあんた死んだらいいッス」
「なんでだよ!?」
ビスキィはふん、と顔を逸らす。ぶつくさと何かを言っている。なんでこいつに、とか、滅多に食べられないのに、とか言っているのが聞こえた。
「……それにしても、のんきなもんッスね」
立ち去ろうとする俺を、不意に彼女が発したひとことが引き留めた。
「なにが?」
「魔王様も、あんたもッス。あたしたちが教えた真実、もう忘れたんスか?」
俺はニシムラシュウセイではない。
それどころか、人間ですらない。
――女神が単なる暇つぶしのために作った、人形。
死ぬたび時間を戻して復活するというのも、偽装された設定にすぎなかった。
前の俺が死んだ記憶を引き継いで生まれたのが、俺。
俺が死ねば、いま動いたり思考したりしているこの俺自身は、まごうことなく死んでしまう。そして、記憶を引き継いだ166人目の俺が、次の勇者として誕生するのだ。死の瞬間の苦痛だけは、記憶から消されて。
いびつな生物。
不自然な存在。
ビスキィは俺の胸元を指さした。
「魔王様がくれたそのペンダントがなけりゃ、すぐにでも即死してるんス」
首から下げているそれは、“クラレッタの涙”と呼ばれる魔法器具だ。
ある種の鉱石に魔力を流し、特殊な魔力波(電波みたいなもんだ)を発生させて、魔装人形の時間感覚を狂わせるらしい。これで『日没と同時に死ぬ』という条件を回避しているのだそうだ。
「自覚があるんスか? 自分が異形であることの。あんたに帰る場所なんてどこにもないってことの。魔王様とイチャイチャしてる余裕なんてあるんスか?」
責めるような口調のビスキィに、言葉が詰まる。
「いや、俺、は……」
「ビスキィ」
低い声が、広間に響き渡った。
同時に、全身の毛穴がプレッシャーで開く。
「なにをしている?」
「あ、あ……ハイネ、様……」
隠し階段の入口に、ハイネが立っていた。
「その男は丁重に扱えと、言ったはずだが」
「あ、あの違うんッス、ハイネ様、これは……ぷぎっ!?」
一瞬ののちにハイネはビスキィの背後にまわり、黒いオーラをまとった手で彼女の頭をつかんでいた。
「どうやら貴様には……おしおきが必要なようだ……」
「あ、あの、ちょっとハイネ様、すみません勘弁してくださいアレだけはッ!」
「くひひひひっ」
そのままハイネはズルズルと彼女を引っ張り、俺の横を通り抜けていく。引きずられていくビスキィと目があった。涙目になりながらも、俺の視線に気づくと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。どうだ羨ましいだろと言わんばかりの目。
……なんなんだこいつ?
やがて足音は遠ざかり、俺はひとり、居間に残された。
頭の中では、ビスキィのひとことがリピートしている。
――自覚があるんスか? 自分が異形であることの。あんたに帰る場所なんてどこにもないってことの。
「……わかってるさ」
漏らした一言は、思いのほか大きく、広間の中に反響した。
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