30th try:The Footlights


 ……それは、なんてことのない、ごくありふれた朝だった。


 なにか特徴があるとすれば、朝から陰鬱な小雨が降り続いていたくらい。それだって、六月の梅雨の時期なのだから、さしてめずらしい光景というわけでもない。


 確か、少し寝坊したのだっけ。

 画面の中の俺は、両親に急かされながら味噌汁と焼き鮭と納豆ごはんの朝食を食べ、まだぼんやりと、完全には目覚めてはいないまま、学校へと向かう。


 オレンジ色の路線バス。

 濡れて黒く染まった通学路のアスファルト。

 ビニール傘と制服の群れ。

 何もかもが懐かしい光景。

 

 学校に到着した俺は、授業を受ける。


 一時間目は数学。のっけから苦手な科目だ。登校で追い払った眠気がたちまち戻ってきて、俺はさっそく居眠りをしはじめる。前日はゲームのやりすぎで遅くまで起きていたのだ。この後の展開は知っている。案の定、さっそく先生に発見され、俺は立たされてしまった。


 一日は過ぎていく。

 授業、友人とのバカ話、弁当、昼休みも爆睡。


 のんきそうな画面の中の俺とは対照的に、自分の心には言いしれようのない不安の雲が立ちこめてくる。なんだ? 俺に何を見せようとしている?

 ――目を逸らそうとしても、体は動かない。


 放課後。俺はまだ降り続く雨の中、ビニール傘をさして家路につく。

 その時なにを考えていたか、俺は思い出す。


 平和だけど、退屈な日々。

 無難に生き、無難に過ごし、大人たちが敷いたレールを、そこそこ真面目に歩いていればよいだけの、単純な生活。


 それが息苦しくてたまらなかった。

 面倒で仕方がなかった。


「こうしたほうがいい」


「あなたのためだから」


「そのうちわかるよ」


 なにをするにも聞こえてくる大人たちのアドバイスが、うっとうしくて仕方がなかった。

 表立って反抗するほどガキじゃなかったけれど。

 心の奥底ではずっと、望んでいたのだ。


 すべてが自由になる人生を。


 誰にも邪魔をされない人生を。


 なにもかもに反対する親も、


 小言ばかりを言う教師も、


 偉そうな大人たちもいない世界を。


 遠く、ここではないどこか。


 そう、それは例えば。


 ゲームの中のような―― 




 だが、そんな奇跡は起こらない。




 ビニール傘をくるくると意味もなく回しながら、家へとたどり着く。帰宅部だった彼を待っているのは、学校の宿題と通信教育の教材。もちろんそんなものは後回しだ。スマホをいじり、ゲームに熱中。そうこうしているうちに夕飯の時間となり。風呂に入ってから、宿題を適当にこなす。それが終わればもう夜だ。動画サイトをめぐり、ゲームをして、彼はきょうも懲りずに、夜更かしを続ける。


 なんてことのない一日。

 ごくありふれた一日。


 






 ――鹿




 視界が暗転する。



 ※※※



 感覚が戻ってきた。


 ここは、迷いの森の洞窟。

 目の前に立ち、俺を見下ろしているのは、魔王ハイネ。


 首と尻が、激しく痛んだ。

 顔から手を離され、地面に尻もちをついたのだと、ようやく気付く。

 黒い炎によって一日を追体験させられたが、どうやらこっちではまだ、十秒も経っていないようだった。


 声が、出なかった。

 舌が、からからに乾いて、喉の奥に張り付いていた。


 魔王は言う。


「あれが、真実だ」


 嘘だ。


 否定しようとするが、かすれた息しか出てこない。


「……もう、いい加減認めたらどうだ」

  

 魔王の口調は、どこか哀れみさえを帯びていた。


 俺は声を出すかわりに、痛む首を必死に振る。


 そんなはずはない。


 認められるわけがない。


 だって――


 


 覚えている。

 くるくると傘をまわしながら歩いている途中、突然足下が光り輝いたことを。


『異界の勇者よ……我らの呼びかけに応え、どうか魔王から世界を救いたまえ』


 という、アルメキア王のしわがれた声を。


 覚えている。

 俺は確かに、覚えているんだ。


「まだ、逃げるのか」


 魔王の右腕に、ふたたび黒い炎がともる。


「やめてくれ」


 かろうじて上げた悲鳴を無視して、手が押し当てられる。


「お前は死んだ。何度も死んだ。時間が巻き戻ったわけでもなく、死んだという事実そのものを消したわけでもないのなら――


 俺の脳裏に、見せられたいくつもの死に際が蘇る。

 焼かれ、刺され、踏まれ、溶かされ、切り刻まれ、腐っていった、幾人もの俺。


 この世界に、お手軽な復活手段は存在しない。 

 ナナとミミの父親は生き返らない。


 叫び声すら上げられないまま、俺は苦痛に身をよじらせる。


「<ステータス>」


 魔王がつぶやくと、俺の脳裏に強制的に文字が映し出された。


 やめろ。


 見るな――!






【ニシムラ シュウセイ】(164)

 Lv1

 弾道1 ミートG パワーG 走力S 肩S 守備F 捕球F

 球速255㎞ コントロールF スタミナS 変化球なし

 一般スキル 彗星の一踏メテオリック・スタンプ 

 固有スキル 定めし導きの加護スクロールスクロール



 



「――164


 魔王は読み上げる。

 俺の名前の横にある、その数字を。


「レベルではない。レベルは死ねばリセットされる。ならばこの数字はなんだ?」


 全身が、俺の意志に反して、がくがくと震える。。


「コンティニュー回数? そのとおりだ。だがお前は死んでいる。何度も死んでいる。その事実は巻き戻りもしないし、なかったことにもならない」



 時間は戻らない。

 因果は覆らない。



「復活などしていない。お前は新しく生まれているだけだ。いままで死んでいった、ニシムラシュウセイの記憶を引き継いで。



 165人目なんだよ、お前は。


 

 記憶と人格の複製。



 本物の西村秀星ニシムラシュウセイは、


 




 魔王は告げる。






西。――それが、お前だ」



 ※※※



 静寂。


 一切のノイズが思考から消える。


 それは俺が見ないようにしていた事実。

 あって欲しくないと願っていた真実。


「魔装」

 

 ――空白の頭は、もはや魔王の言葉を、ただ受け入れるしかない。


「お前は見たな。アルメキアで。魔力で動く人形。戦闘から祭事まで幅広く応用される魔法技術。そして精巧に作られた人形は、時に人間と見分けがつかない」


 俺は思い出す。

 魔装の歌姫を、人間と見間違えたことを。


 その時、ミミが言っていたセリフを。


 ――本当はもっと人間に似せたかったんですけど、歌わせる機能の方に時間がかかりすぎちゃって。


「精巧に作られた器に、ダイアログが自身の魔力を注ぎ込んだ生き人形が、お前だ。不可解なルールが絶対なのは、それが存在の根源に刻み込まれたプログラムだからだ」


 もう、いい。


 わかった。


 もうわかったから。


「答え合わせを続けよう」


 淡々と言葉は続く。「『アルメキアの街の人は何者だ』――だったか」


 街全体で繰り返される一日。

 人々は同じタイミング、同じ言葉で日々の習慣を繰り返す。

 まるで


「お前という存在の真実を伝えたいま、もはや今さらではあるが――」


 聞きたくない。


 聞かせないでくれ。


 懇願は無視される。


 耳をふさごうとする手が押さえつけられる。


 白い仮面が、まっすぐに俺を見つめている――

















「なぜ、敵味方問わず、触れると即死なのか――気付かれるかもしれないからだ。街の人々が人間ではなく、人形であることに。


 なぜ幅2メートルの範囲しか歩けないのか――恐れたからだ。うっかり舞台裏をのぞかれてしまうことを」



















【スクロール×スクロール! ~異世界で俺だけが2Dスクロールアクション仕様な件について】


















アルメキア。はるか昔に滅びた都市の幻影」

 

















【Chapter 1】


















「その正体は、『ニシムラシュウセイは異世界から召喚された勇者である』という設定をお前に信じ込ませるための――

















 ――ただの、舞台装置だ」
















 【Paper Mache Worldはりぼてのせかい














 






 ――


 ――――


 ―――――― 


「ハイネ様ぁ。やっぱショックがでかすぎたみたいッスよ」


「……構わん。ならばもう一度殺せばいいだけのことだ。あのクソ女神も、まだ面白がっている段階だろうからな」


『クソ女神』


 自分がさんざん使ってきた言葉が、俺の意識を、少しだけ呼び戻す。 


「お、前ら、は……」


「おっ? 目覚めたッスか」


 俺は自分の顔を自分で殴った。

 白く燃え尽きそうな精神に、無理やりまた、活を入れるために。


「うぉっ!?」


 痛みが、ある。

 鼻から温かい血が、漏れてくる。


 俺は生きている。

 確かに生きている。

 たとえ本物じゃなくても。


 ……殺されて、たまるか。

 たどりついた事実が本当なら。

 いまのこの俺の命は、一回きりなんだ。

 

「お前らの目的は、なんなんだ」


 さっきよりもはっきりとした口調で、俺は聞く。


「なぜ俺に、真実を教えた?」


「くひっ」


 魔王が笑った。

 不気味な愉悦をにじませて。


「なぜ? 決まってるだろう。救うためさ。女神に騙された、あわれな同胞なかまを、な」


 そして彼女は、黒衣の下から白い腕を伸ばし――仮面を外してみせた。


 その下にあったのは。


 目のまわりを深い隈で縁取り。


 青黒い唇に狂気のような笑みを浮かべ。


 不健康そうな白い肌をした。


 だが、見間違えようもない、



「くひひっ……自己紹介をしようか」



 彼女は言う。



「私は夕凪俳音ゆうなぎはいね。お前と同じ、女神の暇つぶしのために作られた――元・聖女さ」




【 To be continued to next chapter】


【 “Rebellion of Dolls”】

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