29th try:Q and A
「んなーっはっはっはっは! よく来たッスね勇者ぁ! だが残念ながらこのビスキィ様がでてきたからにはお前の命もここで終わりッスよぉ!」
迷いの森の、奥深く。
女神の呪いに導かれるままやってきた洞窟の奥深くで、自称・魔王の側近こと、オーク女のビスキィは威勢よく叫ぶ。いつも通りに。
俺は言う。
「もう、いいから」
「あン?」
「いいんだ。そんな茶番は」
「……ふん、そんな余裕をかましていられるのも、いまのうちッスよー!」
あくまで、自分の役割を続ける気のようだ。
俺はさらに言う。
「コンティニュー回数、78回」
ビスキィの笑いが、止まった。
「あんたが自分で言ったんだぜ。この面倒な繰り返しにも飽きたってな」
「あー……そういえば……」
「あの時点では、俺を殺さずに真実を明かすつもりだったんだろ? だから、つい本音が出ちまった。今さらなかったことにしようったって無理な話だ」
俺が言うと、ビスキィは気まずそうに頭をぼりぼりとかく。ノリノリの演技をあっさり見破られたことが恥ずかしいのだろうか。
「そっ、その様子を見る限り、どうやら理解したみたいっスね」
「……ああ」
俺はうなずく。
「答え合わせをしたい」
※※※
俺が死んでも、時間は巻き戻らない。
収穫祭で聞いたとおり、時を司る女神はクラレッタ。
ダイアログは因果の女神。
彼女に時間を操作するチカラなんて、最初からなかった。
それが、第一の結論。
そしてこの結論はまた、次なる疑問を導く。
なぜ誰もが、昨日の記憶を失っているのか?
「――最初は、因果律の問題だと思っていたんだ」
俺は、目の前のビスキィにというより、自分自身に言い聞かせるように話す。
中間テストの復習でもするように。
仮定はこうだ。
俺が死ぬと、召喚された事実そのものが書き換えられる。
つまり、その日は勇者が召喚されなかったことになる。
そして翌日、俺はこの世界に初めて召喚される。
これなら矛盾は出ない。
ナナやミミ、王様――全世界の人間と、常に初対面になるわけだ。
「だけど、違うよな」
俺はビスキィを見た。
「もし運命が改変され、俺が昨日までこの世界に『いなかった』ことになるのなら――あんたとも、毎回初対面でなけりゃおかしいんだ」
俺は思い返す。
気づいてみれば、コイツの発言には不自然な点がいくつもあった。
『なんか明らかにヤバそうな雰囲気ッスけど……まあいいっス。“今回も”返り討ちにしてやるッスよ!』
『“ついこの間まで”ドラゴンに怯えてたくせに……ナメやがって……ッス!』
『それともこの通路なら一匹ずつ相手ができるとでも思ったッスか? “コンゴウダケなしじゃ、その一匹にだって勝てなかったくせに!”』
まるで、すでに何度も俺に出会っているみたいな言い方じゃないか。
「あっさり認めてくれてよかったよ」
俺は言う。
「どういうつもりか知らないが――あんたはずっと、俺と初対面であるという演技をしていた。“死に戻り”という設定と、辻褄を合わせるために」
そういうと、ビスキィはもじもじとした動きを見せた。
「あ……改めてそう指摘されると、なんか恥ずかしいッスね」
「毎回あのテンションで叫ぶの、恥ずかしくなかったのか……?」
「う、うるさいッスね! 余計なお世話ッス」
ビスキィは顔を赤くして手足をバタバタさせていたが、
「……あんたの言う通りッス。あたしはあんたに繰り返し会ってる。ほぼ毎日ね」
そう答える。俺の予想通りに。
「わかった」
「もう本当、面倒だったんスからねー? いっくら魔王様の命令だからって……」
ぶつくさ言うビスキィの声を聞き流しながら、俺は両手を握りしめる。
認めるしか、なかった。
時間の巻き戻りは起きていない。これが第一の結論。
因果の書き換えも起きていない。これが第二の結論。
そのふたつが意味するところは、つまり――
「――あの街だけが、同じ一日を繰り返している」
「うわぁッ!?」
突然ささやかれた背後からの声に、俺は思わず飛びずさった。
「ハ、ハイネ様っ」
魔王への愚痴を垂れ流していたビスキィが、慌てて姿勢を正す。
「くひっ。くひひひひひひひっ」
俺たちの狼狽を見て、魔王はまた、あの不気味な笑い声を漏らした。白い仮面が、揺れる体にあわせ、カタカタカタと音を立てる。
「正解だ、ニシムラシュウセイ。あの女神の勢力圏――アルメキアは、お前が死ぬたび、同じ一日をやり直している」
その言葉が、細くて長い針のように、ゆっくりと心に食い込んでいく。
……やっぱり、そうなのか。
もちろん、すべてが同じだったワケじゃない。
祭りの日は例外だったし、バンガスを倒す前と後でもパターンが変わった。
さっきだって、顔色が悪かった俺を、ミミは気にかけてくれた。
だけど。
王様はいつだって、同じ説明を繰り返した。
初めて出会った時のナナは、バンガスが現れるまで繰り返した32回のコンティニューの中で、まったく同じ動き、同じタイミングで俺に襲い掛かってきた。
バンガスを倒した後の店は、連日まったく同じ顔触れの客であふれかえり、ミミはまったく同じ時間にキノコの籠をもって現れ、まったく同じタイミングで転び、籠の中のキノコを地面にぶちまけた。
いつもいつも同じパターンだった。
時間が巻き戻っているのだと錯覚するほどに。
確証はない。
それこそ、<女神の運命力>とやらのしわざだと、そういうことにしたい。
だが、俺は疑ってしまった。
魔王の言葉が蘇る。
『なぜ、敵味方かまわず、人に触れると即死なのか』
『なぜ、この幅2メートルの道しか歩けないのか』
「なあ、教えてくれ」
開いた俺の口から漏れる声は、情けないほどにかすれていた。
「彼らは――アルメキアの街の人たちは、何者なんだ?」
沈黙。
そして。
「くひっ」
仮面の奥底から聞こえたのは。
「くひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」
「な……ッ、なにがおかしいんだよッ!」
叫び終わると同時に、冷たい手が俺の口をつかんでいた。
「しィィィ~~~~~ッ……静かに」
耳元でささやかれる甲高い声。
それは、いかにも愉快そうに、言葉を続ける。
「ニシムラシュウセイ……愚かだ。実に愚かだ。真実を知ってなお、現実からは目を逸らす。些末なことにかまけ、本質から逃げようとする……なんと愛しい弱さ!」
「なに……がッ……言いたい……ッ」
「自分に嘘をつくな」
魔王の手が、ふさいだ俺の口を強く握りしめる。顎の関節がみしみしと鳴った。必死に両手で引きはがそうとするが、ぴくりとも動かない。
その白い腕を見て――俺は思い出す。
流し込まれた、黒い炎。
あれが見せた悪夢の情景。
「もう気付いているのだろう?」
魔王は嘲笑する。
「直視しないようにしているのだろう? その疑惑が事実に変わってしまうのが怖いのだろう? だからそのような迂遠な追及が出る。『アルメキアの街の人たちは何者だ』だと? ――違うな。貴様が本当に知りたいのは、もっと別のことのはずだ」
体を持ち上げられる。首根っこが引き抜けそうな激痛。両足が、自分の意思とは無関係に宙を泳いで逃れようとする。絞首刑にあった罪人のように。
俺は見る。俺をつかんだその手を這いのぼって来る、あの黒い炎を。
やめろ。
やめてくれ。
懇願は、もはや声にすらならなかった。
あの白い仮面が、俺を見つめている。
「教えてやろう。突きつけてやろう。知りたかったことを。逃れようとしたものを。お前が望むところの真実を。体験しろ。咀嚼しろ。理解しろ。――そして知るがいい。自分が何者であるかを」
そして、視界は黒で覆われる。
体が激しく痙攣するのがわかる。だが、痛みはない。感覚さえも。すべてが遠ざかり、やがて上も下もわからなくなって――
暗闇に、ぽつりと白い光がともる。
それは見る間に拡大され、俺の眼前に広がる。
映像が、見えた。
見慣れた部屋。見慣れたベッド。
そこで眠っていたのは――過去の自分だった。
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