28th try:Distrust
気付けば、ミミとナナの店の前にいた。
いつもの習慣、というやつだろうか――。
そんなことを思いながら、目の前の盛況を眺める。
ナナとミミの店は、いつものとおり大繁盛していた。
このあいだのように定休日の看板を掲げていることもない。街から、祭りの気配はきれいさっぱり消え去っていた。
視界の端に、青い
女神との連絡はとれなくなっていたが、呪いそのものは残っているようだ。
つまり、この幅2メートルの“道”からは、出られないままってこと。
触れたら即死のルールも残っているのかどうかについては――あの悪夢を見たあとじゃあ、とても検証する気になれない。
俺は待った。
すべてがいつもの通りに戻ったのなら、そろそろ来るはずだ。
「すみませーん、通してくださいぃいい。わっととととと……」
聞き覚えのある声と共に、街路をひとりの少女が近づいてくる。キノコが山盛りになったカゴを抱え、ふらふらと、右へ、左へ。いまにも倒れてしまいそうな、危うい足取り。
「あわわーーーっ! ……って、あれ?」
バランスを崩しそうになった籠を、俺はとっさに(本人の体には触れないように気を付けながら)支えてやった。
「気をつけて」
「あ……その、あ、ありがとうございますっ」
ぺこりと頭を下げたこの店の看板娘、ミミは――そのまま俺の顔をじっと見た。
なんだ? 今までは、このまま通りすぎて店に入っていくはずなんだけれど。
「あの、何か……?」
「あっ、いえ! すみません。なんだか顔色がよくないなぁ……と思いまして」
慌てて言う彼女は、何かを思いついたような顔をすると、籠を地面に置き、エプロンのポケットをまさぐる。
「あの、よかったらこれ!」
差し出された手の先には――あわい光を帯びた球体が握られていた。
覚えている。これはたしか、回復薬だ。
困惑している俺を見て、ミミはジェスチャーでかじる真似をしてみせた。ああ、そのまま食べるのか、これ。意外と原始的。
とりあえず、軽くかじってみる。どうやら皮膜の中にゼリー状の薬剤が入っているようで、中身がこぼれ出てくる。こぼさないようにあわてて全部のみくだすと、ハッカのような香りが喉から胃へと落ちていった。爽やかな冷気が全身に広がり、指先までを満たしていく。こびりついている疲れが洗い流されていくような感覚だ。
「おお……」
思わず声をあげると、ミミがにっこりした。
「体は楽になりましたか?」
「ああ、ありがとう……。でも俺、金が……」
「いいんですよ、そんなの」
彼女は顔の前でひらひらと手を振った。
「さっき助けてくれたお礼ってことで。今日のは採れたてのコンゴウダケエキスがが入ってるから、効き目も抜群でしょ?」
積りたての新雪のように無垢な笑顔に癒される俺。
だが、ふと彼女の言葉が引っかかった。
コンゴウダケ。
俺は何の気なしに、彼女に尋ねてみる。
「――コンゴウダケと言えば、ここらへんの名産なんだよね」
「ええ、そうですけど」
「お祭りなんかでも、よく売られてるって聞いたよ」
彼女の表情が、パッと明るくなった。
「あぁ、お客さん、ご旅行ですか? もしかして収穫祭を見に?」
「あ……ああ。そんなところ」
「どうりで……見たこともない服装だなって、思ってたんです」
納得したような顔で彼女はうなずき、そして彼女は言った。
「それで……いかがでしたか? 今年のお祭りは」
「えっ?」
俺が思わず聞き返すと、彼女はきょとんとした顔をする。
「滞在されてたんですよね? 二日前の収穫祭の時から……」
ちょっと待て。
あのお祭りが、二日前にあった?
あれは女神がその場の気まぐれで入れた、適当なイベントじゃあなかったのか?
それとも、あの時だけ、召喚される時期を二日前にズラしたのか?
いや、でも――
困惑する俺の顔を、なにか別の意味にとらえたのだろう。
ミミが焦ったような表情になった。
「あっ……もしかして、見逃した、とか……? いや、でも、よくあることですからっ! っていうかわかりにくいですよねこの日程。『麦の月、二回目の満月が訪れる翌日』っていうの。でも収穫祭は毎年あるし、そんなに気を落とさなくても」
「……収穫祭」
なんの気なしにぼそりと呟いたその一言が、俺の脳裏に電流を奔らせた。
そうだ。
そうだよ。
なんで気が付かなかったんだ!?
「あの……お客さん? お客さーん?」
こちらを心配そうにのぞき込むミミの顔を見る。
その向こうに、俺は、あの日祭りのやぐらから見た光景を幻視する。
あそこから見下ろしたカビナ平原は、夕陽を受けて金色に輝いていた。
思い出せ。
俺がこのアルメキアを出て、はじめてカビナ平原を見たとき。
そこにあったのは、青々と茂る夏草の海だったじゃないか。
だとしたら、つまり――。
たどりついた結論は、呼び水のように今までの記憶をつなげていく。
収穫祭。あの『魔装の歌姫』が讃美歌を捧げた神の名前。
『この仕事……時の女神『クラレッタ』へ一年の収穫を感謝する歌を届ける魔装人形の制作も、もともと父がやっていたものを引き継いだんです。』
『これこそが『因果の女神』ダイアログ様の力ってわけだにゃ!』
そこから生まれるのは、新たな疑問。
じゃあ、この繰り返しは俺が思っていたものなんかじゃなくて……。
いや、待て。
ドラゴンを倒した時、あいつはなんて言った?
体温が冷えていく。
行き当たったのは、考えたくもない可能性。
彼女たちは。
そして、俺は。
震えながら、俺は脳裏で、ステータス画面を開く。
今まで気にも留めずにいた、その数字を見る。
いや、そんな、まさか。
そんなはずは。
「お客さん!? 大丈夫ですか? また急に顔色が――」
俺の顔を覗きこんで来るミミが、手を差しのべてくる。
「触るなッ!」
俺は強化された脚力で全速力で飛びずさり、“壁”に身を押し付けた。
脳裏にフラッシュバックするのは、あの悪夢の情景だ。
俺は死んだ。
何度も死んだ。
苦痛のない死なんて、一度もなかった。
あの悪夢が――事実だとしたら?
「お客……さん……?」
ミミの顔を見る。
驚きと悲しみの入り混じったその顔に、悪意など微塵もない。
だからこそ、すがりたくなる。
すべてが嘘だと、気のせいだと思いたくなる。
「――ッ!」
だけど、それはできない相談だった。
知ってしまったから。
疑ってしまったから。
真実を確かめるまで――この甘い
「ごめん……大丈夫だから。回復薬、ありがとうね」
そして俺は走り出す。
魔王のところへ。
……ひとつだけ、確実にわかったことがある。
俺が死んでも、時間は巻き戻ってなんかいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます