26th try:Archenemy
【黄昏の魔王】。
100年前、女神ダイアログに反旗を翻して世界を混乱と哀しみの底に叩き落した後、長きにわたる戦いの末封じられたという、邪悪の権化。
そして今。封印を破り復活したハイネによって、世界はふたたび大きな危機を迎えようとしている――
……俺がこの世界に召喚された理由。その元凶が今、俺の視線の先、10メートル前方に立っている。
全身にまとった黒衣は闇に紛れ、ただ白塗りの仮面だけが、まるで水中に浮かんでいるように、ゆらゆらゆらと不規則に揺れながら、俺を見ていた。
泥のようにねばりつく不吉な圧力に、自由に息をすることもままならない。
本能で感じ取っていた。
文字通り、レベルが違うと。
冷や汗が流れる。
……あのクソ女神は、こんな奴と戦わせようとしていたのか?
「でも、本当にコイツでいいんスか、ハイネ様? ずっと見てきたッスけど、能力もなし、センスもなし、根性はあるけど頭は悪い。取り柄といえば異世界人っていうところだけッス。とうていお役に立つとは――」
次の瞬間。
魔王が目の前にいた。
瞬きする間もない瞬間移動。
身をかわす暇もなく――気付けば骸骨のように細い腕が、俺の頭をがっしりとつかんでいた。そのままがくがくと前後に揺さぶられる。
「……くひ」
仮面の奥から、声が漏れる。
「くひっ、くひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」
おぞましい狂気の笑い。
その甲高い声は、コイツと話し合いや和解などが一切不可能であることを一瞬にして俺に悟らせた。
底知れない恐怖――
だが、それ以上に俺をとらえたのは、強い疑問だった。
触れられてるのに、まだ生きている?
女神の呪い。
敵味方にかかわらず、触れたら即死のルール。
それが今、当たり前のように無視されている。
……これも、魔王の力なのか?
「違う」
いつの間にか頭は解放されていた。
ハイネは、近づいた時と同様、まるで映像が跳んだように、いつの間にか元いた位置へと戻っていた。思わず、つかまれていた自分の頭に触れる。傷も、なにもない。けれど確かに、つかまれたその感触だけははっきりと残っている。
「それは女神のミス。あるいは――否、ヤツの気まぐれが招いた、偶然の産物とでも言おうか――くくくくく、ひひひ」
甲高い、ねばりつくような声が俺をとらえる。
「……なんなんだ、お前らは……俺をどうするつもりなんだよ」
「選別ッスよ」
答えたのはビスキィの方だった。
「異世界から呼ばれた勇者。この世界には存在しない、異形の存在。――あんたらの世界には、『魔力』なんてものは全く存在しないんスよね?」
俺は黙ってうなずく。
あったとしても、それは空想の世界の産物だ。
「だからこそ、器として選ばれる。女神の力を宿すその器に」
「……というのが、表向きの話だ」
魔王が言葉を引き継いだ。
「気づいているか?」
「……何をだ」
言った瞬間、ハイネの仮面が再び視界いっぱいに広がった。
「……ッ!」
「疑ったことはないのか?」
「だから、何をだよッ!」
反射的に振り回した手が、虚空を切る。
そしてひやりとした殺意が、俺を後ろから覆いつくした。
「なぜ死んでも蘇る? なぜ時間が戻る? なぜ触れたら即死なのか? なぜ決まった道しか歩けないのか? その合理性について、理屈について、お前は疑わないのか? 正しいと信じ込んでいるのか?」
「ううぅあぁッ!」
背後へと浴びせる裏拳は再び虚空を裂き――
そしてハイネは、元いた場所に立っている。
……なんとなく、想像していた。
魔王ってのは、どんなヤツなんだろうって。
やっぱり玉座に座ってどっしりと貫録を備えているのだろうか、とか。
悪なりの信念とビジョンを持って、侵攻を繰り返しているのだろうか、とか。
そのいずれとも違った。
小柄なその体躯から垣間見えるのは――ただ得体の知れない、理屈も思想もあったものではない、ひたすらに禍々しい『何か』。
何を考えているのかわからない。
何を望んでいるのかもわからない。
ただひたすらに危うく、つかみどころがなく、殺意だけが垂れ流されていて、それは例えば、動作原理も何がきっかけで爆発するのもわからない爆弾が、二本の足で歩いているような――
「……一度、殺すか」
ふと、何気なしにつぶやかれたその一言で、全身に戦慄が走る。
死ぬことにはとっくに慣れているはずなのに。
奴が放つ、「殺す」という言葉の。
その意味が、概念が、質量を持って叩きつけられる。
「うううわあああああッ!!」
もはやそこに自分の意志はなかった。
無我夢中で手を伸ばし、俺は叫ぶ。
「
四方を壁に囲まれ。
意味はないとは理解しつつも。
俺は必死でその技を放っていた。
俺の両脇に浮かぶ
「
――粉々に、砕け散る。
「苦痛を知れ」
気づけば、ハイネの手が俺の胸に触れていた。
「後悔を知れ」
その手をたどり、黒い炎のような何かが、俺の体に流し込まれた。
「絶望を知れ」
久しく忘れて感じていなかった感覚が、俺の全身を支配する。
高所から落ちても。
ナナの鉄拳を食らっても。
ドラゴンの炎にまかれても。
いままで一切感じずに済んでいたはずの痛みが、俺の全身を容赦なく駆け巡った。
「あッ………がああああっ!? うぐああああああああああああああああっ!」
味わったことのない激痛の中。引き絞られるような絶叫が自分のものだということに気づく。
肉が内側から焼かれる。
骨が風化して崩れてゆく。
内臓が腐ってドロドロに溶け落ちる。
「あっ、うあっ、おおああああああああああああああああああああああっ!」
なんで。
どうして。
視界が霞んでゆく。
その中で、魔王の白い仮面だけが、やけに鮮やかに浮き上がって見える。
「記憶を知れ。真実を知れ。
答えは、すでに在る。
――また会おう。哀れな勇者よ」
て∵っ
て※って∴Rーて#っ%;Πてー
Stage 1-$ 幻※城都アル●Pォア
┏( ⦿o”””┛×----
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