25th try:Scroll Bind

 計算通り……とはいえ、心臓に悪い勝負だった。

 まだ音を立てる心臓をなだめながら、俺はぺたりと地面に尻もちをつく。

 

 キノコの効用については道中で検証済みだった。致死ダメージの軽減についても、ゴブリンにわざと一回殴られることで確認した。


 それでも、自分の体が炎にまかれ、焼け焦げていく様を体験するのは恐ろしいことこのうえない。痛みを感じなくて済んだのは救いだが、それでも正直言って、もう二度と体験したくなかった。

 

 ようやく落ち着いて、大きく息を吐く。……と同時に、突然頭の中で巨大なファンファーレが鳴り響き、ふたたび心臓を跳ね上がらせた。


 身構えた俺の脳裏で、文字が躍る。


 


 LEVEL UP!!



 

 レベル・アップ。

 それは――いままでいくらザコを倒し続けても決して見ることができなかった(唯一の例外はうっかりアルメキアを滅ぼした時だ)、待望の報せだった!


 ついに、ついにか!

 やったぜ!


 俺はいそいそと、脳裏にステータスを呼び出す。 

 そしてすぐさま絶望する。






【ニシムラ シュウセイ】(163)

 Lv2

 弾道2 ミートG パワーG 走力S 肩S 守備E 捕球F

 球速255㎞ コントロールF スタミナS 変化球 カーブ1

 一般スキル 彗星の一踏メテオリック・スタンプ

       定めし導きの檻スクロールバインド←New!

 固有スキル 定めし導きの加護スクロールスクロール






 

 忘れてた。

 この世界のステータス、これだった。

 

 そもそも無意味な癖に、大して能力も上がっていないのが余計に腹立たしい。カーブ覚えたからなんだっつーんだよ。弾道が上がってもパワーが低けりゃ意味ねえんだよ! いやもう全部ハナから意味なんてねぇんだよチクショウ!


 あっ、でも待て。


 定めし導きの檻スクロールバインド←New!


 なんか、技が増えてる。

 字面を見る限りイヤな予感しかしないけど。


 まあ、一応どんな技なのか確認を……



 ……ん?



 おお?


 

 こ、これは……ッ!



「うぉのれぇえええええええ、勇者ぁ!」



 頭上から叫び声が降ってくる。とっさに回避した瞬間、空から落ちてきた何かが地面に激突し、土煙を捲き上げた。


「あたしのかわいいかわいいラモットちゃんを、よォくもォぉおおおおお!」


 影がゆらりと立ち上がる。

 立ち込める煙が晴れると、そこに立っていたのはビスキィだった。

 体じゅうが煤にまみれているものの、目立った外傷はない。


「あの爆発に巻き込まれて無傷とは……なかなかやるな」

 

「ハッ! こちとら魔王様から特別な加護を頂いてるッス! あの程度の衝撃波、屁でもねーッスよ!」


 戦いはこれからだ、とばかりにこちらを睨みつけてくるビスキィ。

 そんな彼女に向かって……俺は言ってやった。


「今なら見逃してやる。降伏しろ」


「……はあ?」


「お前じゃ、絶対に俺には勝てない」


 事実をありのままに伝えてやったのだが、ビスキィは怒りでぷるぷると体を震わせる。


「ついこの間までドラゴンに怯えてたくせに……ナメやがって……ッス!」


「いいや、これは親切で言っているんだ。コンゴウダケはもうないが、それなしでももう負ける気がしない。お前と違って俺は、弱いものイジメは好きじゃないんでな」


 ますます顔を真っ赤にして歯を食いしばっていたビスキィが――突然ふと笑う。


「ずいぶんな余裕ッスね? ドラゴン一匹倒したくらいで」


「はあ?」


 不気味な笑みを貼り付けたまま、彼女はゆっくりと、右手を頭上にかざし。


「残念だったッスね勇者――?」


 それから大声で、立て続けに名を呼んだ。


「ディカール! ウルスラ! リブルエッタ! ジャクリーン! カプリオラ!」


 響く咆哮。

 間断なき足音。

 燃え盛る炎の渦――


「さあ――このドラゴン五匹を前にして、さっきと同じセリフを吐いてみるがいいッス!」


 勝ち誇るように胸を張るビスキィの後ろで、空間を埋め尽くす五匹のドラゴンの、十の瞳が俺を見据えた。


「これで終わりッス、勇者ァ!」


「……確かに、この状況じゃあ勝ち目はないな――」


 だが。

 それでも俺の余裕は崩れない。


「だったら……こうするまでだッ!」


 次の瞬間。

 俺は足に全力を込めて走り出す。



 



「んなっ―――!?」


 広間の入口を固く閉ざしていたはずの岩戸が、いまや吹き飛んでぽっかりと口を開けていた。どうやらさっきの衝撃で、魔王の結界とやらも限界を迎えたらしい。


「ちょ、ちょっと待つッス――クソッ! 追うッスよ!」


 広間へ続く通路は、長い長い一本道だ。その横幅は決して狭くはないが、ドラゴンならかろうじて一匹が入り込むのが精いっぱいだろう。


 通路を半分ほど進んだところで、俺は逃走をやめた。

 振り返ると、ドラゴンの最初の一頭が、ちょうど通路に頭を突っ込んだところだ。

 その首にまたがったビスキィが、こちらを睨んでいる。


「逃がしゃしないッスよ! それともこの通路なら一匹ずつ相手ができるとでも思ったッスか? コンゴウダケなしじゃ、その一匹にだって勝てなかったくせに!」


 勝ち誇ったような宣言に――だが俺はニヤリと笑って見せた。


「ああ。

 

 俺は右手を差し出し――そしてその名を呼んだ。

 この身に宿る、新しい女神のチカラを。


定めし導きの檻スクロールバインド!」


 その瞬間。

 俺の目にだけ見える“道”の標識マーカーが、俺の手前から順番に、次々とまばゆい輝きを放っていく!


 その先端が、ドラゴンに届いた瞬間――


「ゴオァアオオァアアッ!?」


 ドラゴンは苦しそうに身をよじらせ、痙攣し始めた。


「なッ……これ……は……!?」


 その首に乗っていたビスキィまでもが、苦悶の表情を浮かべる。

 痛みがあるわけではない。

 動きたくても、動けないだけだ。


「教えてやるよ」


 咆哮も足音も止んだ中で、俺の声だけが大きく洞窟に反響する。


「俺がついさっき覚えたこのスキル、定めし導きの檻スクロールバインド――こいつはな、俺の“道”の中にいる生物の動きを、一定時間封じるのさ」


 いままで自分を苦しめてきた呪いを、まるごと敵に反転させる技。


 俺が逃げたのは、ドラゴンを一匹ずつ相手するためじゃない。

 あえて追わせて、“道”の中に一直線に並ばせるためだッ!


 さぁ。

 今度こそ、終わりにしてやるぜ!


 俺は一足飛びで洞窟の天井までジャンプする。

 そこから金色を帯びた右脚で、先頭のドラゴンの頭蓋を蹴り砕く。


「まだ……まだァ!」


 蹴りの反動で再び上空に舞い上がった俺は――その後方で動きを止めるドラゴンへと、狙いを定める。再びの一撃。反動を利用して、同じことを繰り返す。


 高度5メートル。

 彗星の一踏メテオリック・スタンプの連続使用。

 名付けて――


彗星の連撃メテオリック・ミーティア!」


 俺が広間に足をつけたとき――

 あれほど苦戦したドラゴンは、五匹とも骸になって横たわっていた。


「ば……バカな……ッス……」


 その陰から、ビスキィがよろよろと姿をあらわす。


「あたしのドラゴンが……魔王様から借り受けたドラゴンが……」


「どうする? まだやるか?」


 俺がクールに問いかけると、ビスキィは肩を落とし、ぺたりと地面に座り込む。


 ……勝った。

 完全勝利だ!


 俺はひとり、手ごたえを噛みしめる。

 定めし導きの檻スクロールバインド――強すぎる。

 彗星の一踏メテオリック・スタンプの大きな問題だった隙の大きさが、これで完全に克服できてしまった。

 最強の威力を誇る一撃に、相手の動きを封じるスキル。

 このふたつを得た今、もはや女神の呪いなど、あってないようなもの。

 さらに、コンゴウダケという、一撃死を回避する素晴らしいアイテムまでもを見つけることができた。


 今の俺なら、どんな敵にも負ける気がしない。

 そう、この調子なら魔王にだって――!


「……合格ッス」


 ぼそりとつぶやく声に、俺は我に返る。

 地面に座り込んだままのビスキィが、うつむいたまま、唇を動かしていた。


「コンティニュー回数、78回……アンタみたいにセンスも品性もないやつを認めるのは癪ッスが、に飽き飽きしてたのも事実ッス」


 なんだ?

 何を言っているんだコイツは。

 ……繰り返し、だって? 


「おめでとう、ニシムラシュウセイ。あんたは――資格を得た」


 刹那。


 全身の毛穴が、一斉に開いた。

 息ができない。

 心臓がわしづかみにされたように鼓動を小さくする。


 なんだ、この、圧力は……!?


 それを放っているのは、目の前のビスキィ。

 では、なかった。


 背後。

 

 この広間のから、それは放たれていた。


 振り返りたくない。

 目にしたくない。

 このまま逃げ出してしまいたい。

 心の奥で叫ぶ本能に、足の方がまったく言うことを聞いてくれない。

 プレッシャーに射すくめられたまま、俺の全身が震え出す。


 ……ざっ。


 ……ずざっ。


 すり足で歩くような、長い足音が、少しずつ近づいてくる。

 

 ダメだ。

 このまま固まっていては、ダメだ!


 恐怖を上回る危機感が、ようやく俺の体を金縛りから解放する。

 全速の脚力で俺は広間の入口の方へ駆け出し――





 そして、壁にぶつかった。





 バカな。

 確かに広間の戸口は開いたままだ。

 だがそこには確かに、見えない壁が存在していた。

 全力で蹴りつけ、殴りつけたその感触に、覚えがあった。

 “道”と同じ、すべての衝撃が吸収されるような手ごたえ。


 思考するヒマは、もはやなかった。

 俺は反射的に、目の前に座り込むビスキィの身体に触ってしようと試みる。

 だがそれすらも叶わない。彼女へと伸ばした手もまた“壁”に阻まれる。

 そして俺は気付いた。


 その“壁”が、いつのまにか自分の四方を取り囲んでいることに。


「――ッ!」

 

 絶句する俺を哀れむように、ビスキィが言った。


定めし導きの牢獄スクロールジェイル――あらゆる衝撃を吸収する結界壁で、相手の動きを封じ込める――あんたがさっき使った技の、ッスよ」


 それからビスキィは立ち上がり……前方へと歩いていく。

 その先から近づいてくる人物に、俺の視線は吸い込まれるように釘付けになる。


 全身を包む黒いローブ。

 その顔に被せられた、白塗りの仮面。

 華奢にすら見える貧弱そうな外見から強烈なプレッシャーを撒き散らしながら、そいつは静かにたたずんでいた。


 俺は本能で直感する。

 こいつが、俺にとってのラスボスであることを。


「彼が、『勇者』ニシムラシュウセイです――


 俺がこのクソったれ異世界に呼び出された、その元凶。


【黄昏の魔王】ハイネが、そこにいた。



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