24th try:Dragon Killer

 漆黒の闇を、慟哭が切り裂く。 


 自分の喉がここまで悲痛な叫びを絞り出せることを、俺はいま、初めて知った。


 わかっていたじゃないか。

 日暮れと共にタイムアップで死ぬことは。

 ナナとミミに出会ったとき、いろいろ試して気付いていたじゃないか……ッ!


「殺せ……誰か……この間抜けな俺を殺してくれ……」


「もう死んでるだろがにゃ」


「うああおをおおあおおあああーーーーッ!」


 喉から血が出そうなほどの声を上げ、俺は何度も床に頭を打ち付けた。だが、素材が“道”と同じもので出来ているのか、どれだけ強くぶつけてみても、痛みひとつ感じない。おかげさまで気持ちがまったく晴れやしないったらない。


「さっさとブチュってやっちゃえばいいものを、な~にをぐたぐたやってるのにゃ。せっかくいい感じにお膳立てしてやったのに、バッカだにゃぁ~」


 ケタケタケタと笑うクソ女神に、あらためて憎悪が湧きおこってくる。そもそもコイツにかけられたクソ呪いさえなけりゃ今頃は……っていうかやっぱり見てたんかよてめえ!


「ブチコロス!」


 大気圏をぶち抜く勢いで、足元の床を蹴る。……が、ほとんどの衝撃が逃がされてしまい、悲しいくらいに低いジャンプしかできない。それでも俺は女神に肉薄し、その余裕かましたツラに拳をぶち込もうとした。女に手を上げるな? ええい、うるさいッ、こいつは人外だ! ノーカンだッ!


「ほいっとな」


 しかしやっぱりというか案の定というか、ダイアログが指先ひとつこちらに差し出すだけで、その拳はあっさりと止まってしまう。彼女の目の前に出現した青い標識マーカーが、そこに“道”ができたことを示していた。苦し紛れにパンチを連打したところで状況は変わらない。衝撃は綿あめでも殴るみたいに吸収されていく。


「お・の・れェェェェェエエェェ」


「うわぁ怖っ。てか女神の運命力で好感度もマックスにしといてやったんだから、むしろ感謝してくれって話なんだがにゃ」


「だからそれを先に言っとけっつうんだろがよおおおおおおおおおオ」


「だぁって、それじゃつまんないじゃにゃい?」


 疲れ果ててへたりこむ俺を、女神は腕を組んで見下ろした。


「さぁてさて、かしこいかしこいシュウちゃん。彼女とイチャラブするためには何をすればいいのか、もうわかってるにゃあ~?」


「わぁってるよクソッ!」


 俺は叫ぶ。


「倒せばいいんだろ、魔王をよォ!」


 とりあえずあのドラゴンだ。


 幸か不幸か、さっきの祭りのおかげで、突破口は見つかったんだ。


 チクショウ!


 八つ当たりしてやる!


 ……と、思いを新たにしたところで。


「っていうか……なんでお前、いきなりあんなイベントを起こしたんだ?」


 ふと、俺は問いかける。


「ん?」


「魔王を倒させたいだけなら、のヒントをくれるだけでよかっただろ。なんでわざわざ好感度マックスにしてあんなイベントを……?」


 いや、まぁ、別に、イヤってわけじゃないんだけどさ。


 俺の言葉に、クソ女神はしばらく思案顔をしていたが。


 やがて、にへらと笑ってこう答えた。






「暇つぶし?」






 ――なぜだろう。

 その無邪気な笑顔に、少しだけ、背すじが寒くなった。


 ※※※


「んなーっはっはっはっは! よく来たッスね勇者ぁ! だが残念ながらこのビスキィ様がでてきたからにはお前の命もここで終わ」


「ピーピーうるせェぞこのファッキンクソデブメス豚女が」


「酷くないっスかいきなり!?」


「てめェに恨みはねえが、ゆえあって俺のストレス解消とイチャラブ展開のために死んでもらう。死骸はおいしくポークカレーにしてそこらへんの犬に食わせてやっからありがたく思え」


「失礼ッスねあんた! だいいちあたしはデブじゃなくてぽっちゃりッスよ! 訂正を求めるッス!」


「その両手足、ぶった切って豚足にしてやんよオォオォォオォオ……!」


「だめだ話が通じてない! 完全に魔王軍側こっちがわのセリフっすからねそれ!?」


 ああ、ダメだ。

 チュー未遂のことを思うと、こいつらがいなけりゃそれが成功してたことを思うと、全身から殺意が溢れてとまらない。

 いまなら世界を滅ぼせそうだ、逆に。


「なんか明らかにヤバそうな雰囲気ッスけど……まあいいっス。今回も返り討ちにしてやるッスよ! ラモットちゃん、カモーン!」


 ここで闇の奥から炎が飛んでくる。

 ので、いったん身を退いて避ける。

 

「ほう、あの一撃を避けるとは、さすがは勇者ッスね! だけど……って、あっ、こら!」


 ここで口上が終わるのを待っている間に焼き殺されるので、ダッシュで距離を詰める。慌てて退こうとするビスキィに向かって低空ジャンプ。


彗星のメテオリック――」


 だがそれは未遂に終わる。前方から吹いてきた突風によって。

 空中にいた俺は煽られてバランスを崩し、スキルを使うこともできずに地面へへと振り落とされる。その間に、ビスキィはもう「そいつ」の肩の上へと陣取っている。ここまではいつもの流れ。ちなみに手順をひとつでも間違うと、逃げ場のない炎の攻撃にさらされ、どうあがいても即死である。理不尽きわまりない。


「ぬふふ。さっきはちょっとびっくりしたッスが、残念だったっスね勇者ァ! こうなったこのビスキィとラモットちゃんに勝てる手は、ちょっと見当たらないっスよー!」


 唸り声と、あたりを揺るがす足音の地響き。

 暗闇の向こうで、チラチラと燃える炎のきらめき。

 そして、そいつはたいまつの灯りの中へと姿をあらわす。


 ドラゴン。

 モンスター最強種の一角。


 縦長の瞳孔が刻まれた目をぎらぎらと輝かせ、そいつは咆哮する。

 その直後、しなる尾が襲ってくるのも体験済みだ。それから羽ばたきでバランスを崩し、爪での一撃を狙ってくる。俺はそのことごとくを手順通りにかわしていく。何度も試行錯誤した動きの繰り返し――それは必然的に、前回死んだときと同じ状況に、俺を追い込んでゆく。


「はっはっはーーーっ! 伝説の勇者様ってのも、大したことないっスねえ!」


 頭上から浴びせられる、もうなんど聞いたかもわからないセリフ。バカでかい声はあちこちに反射し、こだまとなってしつこく俺を罵倒した。

 

 背中には壁。前方にはドラゴン。

 一瞬で埋めるには、遠すぎる距離。

 今までの試行結果は、どうあがいてもここで炎を浴びせられて死亡する未来を告げていた。


 ……そう、今までならば。


 逃げ道のない獲物をいたぶるように、わざとゆっくり近づいてくる、この時間。

 

 それこそが隙だった。

 こいつを使うための。


 そのアイテムは、ここまでに来る道中でいくらでも手に入った。

 半信半疑だった効果も、出会ったモンスターで実験済みだ。

 

 にしても、だ。

 いったいどこまでふざけたことをしたら気が済むんだ、あのクソ女神は?


「さあ……観念して、おとなしくこのコに食われるといいっス!」


「やなこった」


 俺はニヤリと笑い、ポケットに手を突っ込み引っぱりだす。

 乾坤一擲、この行き詰まった状況を逆転する、俺の切り札を。


「……なんッスか、そいつは?」


「ここらじゃ人気の、オツな食べ物さ」


 コンゴウダケ。


 俺がミミとナナを手伝って売りまくった、名産キノコ。

 森に生えていたのを引き抜いた、採れたてのピチピチを、俺はビスキィに見せつけるように掲げてやる。


「キノコがどうしたッスか? 死ぬ前の食事にしちゃ、ずいぶんお粗末ッスね」


「いやぁ、違うだろ」


「……違う?」

 

 ああ、まぁ、わかんねぇよな異世界の奴には。

 っていうか俺もできれば詳しい説明は避けたいんだけど……。


「要するにさ」


 俺はそのキノコを、生のまま食いちぎった。


D

 

 どくん。


 と、体が脈動し、自分の中にある「力」が膨れ上がっていくのを感じながら――俺はミミとナナの店で、コンゴウダケの調理をしたときの会話を思い出していた。


『これ……毒抜きしないで食べたらどうなるんだ?』


『全身が破裂して死ぬわよ』


『なにそれこわい』


『……毒っていうより、魔力の増幅効果があるんですよね。ただ、生のままだと成分が強すぎて、体が耐えきれないんです』


『むかーしむかし、女神の加護を受けた英雄が、このキノコを食べて無敵の力を誇ったっていう昔話があるの。巨人のような力を得、死からも蘇った……なんてね。ま、あんたみたいな弱っちいヤツには関係ない話よ』


 ――それが関係あるんだな、これが。


 キノコの成分が、体に満ちる女神の力を増幅させる。だが、俺の体は破裂しない。『触れれば即死』という呪いのせいで貧弱に思われがちだが、俺の体は基本的には女神の加護によって強靭なものになっている。どれだけ高所から落下しようと、彗星の一踏メテオリックスタンプで地面にクレーターを作ろうと傷一つないことからも、それは証明ずみ。


 体を突き破ろうと暴走する魔力を、肉体そのものが変異して抑え込んでいった。筋肉が魔力を吸って肥大し、骨は太く強くなり、全身の細胞が造り替えられてゆく。痛みはないが、あまり気持ちのいいものでもない。まるで自分が自分でなくなっていくような――。


「な、なななな……なんなんッスか、それは……!」


 ビスキィが声を上げると同時に、俺は跳んだ。

 分厚い洞窟の天井を、一撃でぶち抜いて。


 ――まばゆいばかりの陽光が目を刺す。

 周囲にさえぎるものは何もない。見下ろすと、今しがた俺が地面に開けた大穴が、ぽっかりと口を開けていた。その向こうでは、ビスキィとドラゴンが、間抜けな大口を開けてこちらを見上げている。


 思ったほどの高度じゃないな。

 衝撃が急に殺された感覚からして、おそらく女神の“道”にぶつかったんだろう。確か瘴気のせいで高さに制限があるんだっけ。


「この力で呪いを破ろうとするのも想定済みってか。……ムカつくなあ」


 自分でもびっくりするほど野太くなった声で、俺はつぶやく。

 まあ、仕方ない。それはそれ、これはこれだ。


 右足を突き出す。

 金色の奔流が、いくつもの太い帯になってそこに巻き付いていく。

 高度――地下の地面からはおよそ15メートル。

 くらいやがれ。


彗星のメテオリック――」 


「さ・せ・る・かァあああッ!」


 だが激しい叫び声と共に、ドラゴンの巨体が穴ぐらから飛び出してくる。

 矢のようなスピードで接近したそれは、いまにも一撃を放とうとしていた俺に向かって、渾身の炎を吐き出した。


 迫る紅蓮の壁。

 身動きのできない空中で、それを避ける術はどこにもなく――


「んなっはっはっはー! 惜しかったッスね勇者ァ!」


 灼熱が俺を包む。

 皮膚が灼け、肉が焦げる。

 痛みは感じない。

 代わりに、何かが身体から失われるのがわかる。

 

 全能感が。

 体に満ちる力の奔流が。

 消えていく――


 ――だが、


「んなっ!?」

 

 炎の壁から抜け出した俺を見て、ビスキィが驚愕の声を上げる。

 さっきまでのムキムキマッチョな姿はどこにもなく。

 破れて焼け焦げた服はボロボロだが。

 それでも俺は確かに生きていた。

 

 そう。

 コンゴウダケに本当に期待していたのは、こっちの方。

 一回だけ、相手の攻撃に耐えられる効果。

 それこそが、身動きのできない空中で、あの炎をやり過ごす答え。


 そして俺は知っている。


 ――

 

「――一踏スタンプ!!!!!!」


 加速した右脚を開きっぱなしのドラゴンの顎に叩きこみ、そのまま縦に一直線に貫いた。一瞬後、俺は洞窟の硬い岩盤を穿って着地する。


 右脚の輝きはすでに消えていた。上空をあおぎ見ると同時に、空中にいたドラゴンの身体が、内側から金色の輝きに呑み込まれていくのが見えた。


 一拍遅れてやってきた衝撃波が、洞窟を揺らす。

 俺は荒くなった息を整え、それから叫んだ。


 勝利の雄たけびを。


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【コンゴウダケ】消費アイテム

食べると体が巨大化するキノコ。

一般人は体が破裂して死亡するため、毒抜きして食材に用いる。

毒の成分は薄めて魔力増幅器の触媒のほか、回復薬としてもつかわれるが、配合を間違えると毒性を発揮するため、慎重に取り扱わねばならない。

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