23rd try:Coppelia
「あんたさぁ。あれが人間だって、マジで思ってるわけ?」
ナナの問いかけに、俺は困惑する。
あれっていうのは、さっき櫓の上で歌っていた三人の歌い手のことだろう。
「あの歌声が人間じゃないっていうんなら、なんなんだ? 魔物とか?」
「ホンッとに知らないんだ……あれは人間じゃなくて『魔装』なの。さっきも言ったじゃん。『魔装の歌姫』って」
「……マソウ?」
なんだそりゃ。あれか、ハイになれる草か?
「ウソでしょ? そこから説明しなきゃいけないの? 魔装って言ったらほら、わかるでしょ! 戦闘でも使う、こう、ワーッとなってガーッてやるやつ!」
「さっきの歌姫、別に戦闘はしてなさそうだが」
「あ~だから、そうじゃなくてぇ……」
頭を抱えるナナ。
そのとき、顔を赤くして俺たちのやりとりを聞いていたミミが、おずおずと口を開いた。
「あ、あの……もしよかったら、近くで見てみない? その方がその、早いし」
「近くで?」
「うん。もう演奏は終わったし、大丈夫だと思うよ」
俺は振り返る。やぐらは、正門と銅像をつなぐ直線状に位置していた。確かにこれなら、俺の“道”から外れることなく、櫓のてっぺんまでは行けそうだった。
「でも……いいのか? なんか許可とかいるんじゃないか?」
「そうだよお姉ちゃんっ、別にこんな奴のために、わざわざ……」
「いいの」
ナナと俺を制して、ミミは微笑む。
「作ったわたしが言うんだから、別にかまわないよ。あれだけ歌に感動してくれたシュウさんなら、あの子たちもきっと嬉しがると思うし」
※※※
「これは……」
櫓の上。実際に目の前で『歌姫』を見た俺は、すべてを理解した。
遠目からは人間に見えたけれど、彼女たちは人形だったのだ。
情感たっぷりに宙に差し伸べられたまま止まったその手、一見すると肌の質感も人間そっくりだが、関節部には溝がうがたれている。貼り付いた微笑はうつろなままで、生命の輝きはそこにはなかった。
「
ミミが手をかざしてつぶやくと、人形たちの瞳に、かすかな光が宿った。あわいライムグリーンの輝きと共に、彼女たちは静かに動き、俺に向かってそろって一礼する。俺は思い出した。バンガスと戦った時、彼女の操る巨大な腕が、同じライムグリーンの光をたたえていたことを。
「これ、君が作ったってこと?」
「ええ……まぁ、はい」
「凄いじゃん! ほとんど人間にしか見えねえや」
だが、俺が褒めれば褒めるほど、この精巧な人形を作った張本人は、恥ずかしそうに縮こまるのだった。
「……まだまだ未熟ですよ。本当はもっと人間に似せたかったんですけど、歌わせる機能の方に時間がかかりすぎちゃって」
ナナはなぜか拗ねてしまい、「ウチは行かない」とふくれっ面で下に残った。姉が他人に作品を見せるのがそんなに嫌だったのだろうか。
直立してこちらを眺める人形たちを、俺は改めてしげしげと観察する。さらさらの髪、つやめいた唇。ところどころ違和感はあるけれど、見た印象はほとんど人間と変わらない。これでまだ満足してないのか……!
「アルメキアが、小さいながらも他国の大規模な侵略を受けずに平和を守れてきたのは、この『魔装』技術のおかげなんですよ」
気を取り直したように、ミミが解説してくれる。
「へぇ……そうだったのか」
「わたしの父も、一流の魔装師でした」
はっと、俺は彼女を見た。
吹き渡る風に、栗色の髪をなびかせながら……彼女は寂しそうに微笑んでいた。
「この仕事……時の女神『クラレッタ』へ一年の収穫を感謝する歌を届ける魔装人形の制作も、もともと父がやっていたものを引き継いだんです。まだまだ、父の技量には追いつけませんけど」
「……お父さんは、いまどこに?」
聞いてから、言わなきゃよかったと後悔する。案の定、ミミは少しだけ、なにかをこらえるような顔をしてから、ぽつりと言った。
「死にました。一年前、魔物との戦いで」
「……ごめん」
「いいんです!」
彼女は首を振りながら、明るく答えた。
「兵士として戦う以上、いつかこうなることは判ってましたし。それに、父はあのお店と、研究ノートを私たちに遺してくれました。だから」
その声に力がこもる。
「父の遺志は、私が継ぐんです……」
「そっか」
そんな言葉しか返せない自分がもどかしい。
気まずい沈黙が流れ、
「って、びっくりしちゃいますよね!」
明るく切りだしたのは、やはりミミの方だった。
「きょう初めて会った人に、こんな話をされたら」
「いや、別にそんなことは」
慌てて否定する俺を見て、彼女はくすりと笑う。
「ナナだって、ちょっと変です。あの子、普段は男の人と私を二人きりになんかしないんですよ。私がどれだけ止めても、問答無用でやっつけちゃって」
妹もああみえて凄いんですよ。武術道場じゃ、もう相手できる人がいないくらいなんですって、と言いながら、彼女は虚空にしゅっしゅっとパンチをしてみせた。
「そう、なんだ……」
まあ知ってるけど。
「だから、ね」
言いよどむ彼女。その耳がちょっとだけ赤くなっていることに、俺は気付く。
「その、いきなり変なこと言うかもしれないんですけど、その……なんだかシュウさんとは、初めて会った気がしない、なぁ、なんて、そんなことを」
もにょもにょもにょ。と終わりの方をごまかし、もじもじとこちらを見る。
え。
なんだ、
なんだこれ。
あれ、ひょっとしていい雰囲気なのこれ?
「……俺もだよ。生まれたときから探してた気がするな、君のこと」
なんて歯の浮くようなセリフを試しに返してみると、彼女の顔がみるみる真っ赤に染まっていった。
「も、もう! そういう返しするの、ズルいですっ!」
「いやいやいや本当だってアハハハハハってやめてやめて冗談でも殴りかかられると俺死んじゃうから」
顔をふくらませてぽかぽかと殴りかかってこようとする彼女から俺は逃げ回る。
たっ、
楽しい! 楽しいぞ!
「もう」
追い回すのに疲れ、彼女は櫓の手すりから外を見る。
俺もその隣に並んだ。
いつの間にか、あたりは夕方だ。
地平線まで続く黄金色の草原が、夕日をあびてきらきらと輝く。
そのはるか遠くで、茜色の太陽が山際へ差し掛かりはじめていた。
夜気を含み始めた涼風を浴びながら、横目で彼女を見ると、同時にこちらを見た彼女と目があい、ふたりで苦笑する。
「ねえ、シュウさん。その『呪い』って、やっぱり本当なんですか」
「……残念ながらね」
「誰かに触られた瞬間、時間が捲き戻っちゃうっていうのも?」
「うん」
「そっか」
手すりに乗せた肘にあごを乗せ、彼女はため息をつく。
「じゃあ、やっぱり私たちとは何回も会ってるんですね」
「会ったよ。君の言う通り、ナナには何回殺されたかわからない」
俺がうんざりした調子で返すと、彼女は声をあげて笑った。
「でも……ちょっと残念、かな」
その小さなつぶやきを、俺は聞き逃さなかった。
残念? 残念ってなにが?
俺のことを覚えていないことが?
それとも……俺に触れると、時間が捲き戻ること?
それってつまり、要するに……。
もう一度、彼女を盗み見る。彼女は気付いてないふりをしている。その顔が赤く染まっているのは、夕日の照り返しのせいばかりではないだろう。
いやちょっと待て。
心臓がバクバクしてきた。
つまりこれはあれか、チャンスってことか? バッチコーイってことか? いや待て待てワンタッチで即死なわけでこの先は一切期待できなくて……。
だけど。
チューくらいなら……ッ!
俺は彼女の方に向き直る。
彼女はまだそっぽを向いている。
「あの」
声をかけると、彼女はこっちを向いた。
「……なんですか?」
すでに薄暗くなりはじめた景色の中で、彼女の目はうるんでいるように見える。
いいのか!? いいのかおい!?
「誤解しないでくださいね」
ささやくような声が聞こえる。
「誰にでも……こんなことするわけじゃないですから」
もはや言葉はいらなかった。
俺は彼女をまっすぐ見つめ、ゆっくりと顔を近づける。
彼女は逃げるそぶりもなく、何かを期待するように、俺を待っている。
そして、お互いの影が重なる一瞬前、
夕日の最後の残光が、山際に消え。
俺は――脳裏にひらめくその文字を見た。
TIME UP!
てれっ
てれっててれーててれっててー
Stage 1-1 幻想城都アルメキア
┏( ^o^)┛×∞
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