22nd try:Chant
そして、収穫祭は始まった。
戻ってきた中央通りは、いつの間にやらすっかり祭りの気配に包まれていた。道端の店にはさまざまな装飾が凝らされ、その前には屋台が並んでいる。あちらこちらで飛び交う物売りの声。通りの中央では、男たちが即席の舞台を組み立てている。人混みの中、うっかり誰かに触れてしまわないようにするのも一苦労だった。
「年に一度のお祭りだから、みんな張り切って準備をするんですよ」
右隣を歩くミミがそんな風に説明してくれる。俺も彼女も、背中掛けした木製のトレーに、炙ったコンゴウダケを山盛りにしていた。刷毛で一塗りされたソースの、複雑な香辛料のにおいが、鼻をくすぐる。
「そっか。ぜんぜん気が付かなかったな……」
いわれてみれば、姉妹の店に行く前、妙に人通りが少ない気がしたっけ。あたりをもう少し注意深く見回していれば、装飾の施された家々に気が付いたかもしれない。幅2メートルの“道”で過ごすうち、知らず知らず視野まで狭くなっていたらしい。
「っていうかなんなのよアンタ! その『呪い』ってのは!」
ミミとは反対側、左隣からナナが怒鳴る。
「だって仕方ないだろ、事実なんだから」
いろいろ実演して、ようやく“道”について理解してもらってからも、ナナはまだぷりぷりしていた。まあ確かに売り子としては使いづらいわな。実質、動けるのはこの大通りと商店区域だけなわけだし。
「とにかく! ウチの臨時従業員である以上、最低限の働きはしてもらうからね! サボるんじゃないわよ!」
そう言ってナナはじろりと俺をもう一睨みし、人混みの中へと消えていった。
「もう、ナナぁ……あの、ごめんなさい、妹が」
「いや、別にいいんだよ」
ああいう性格だってことは、もともとわかってるし。
そんな言葉を紙一重で飲み込むと、ミミが不意にくすりと笑った。
「でも、変ですね。あの子があんなに他人と喋るなんて。あんなこと言ってるけど、たぶんあなたのこと、そんなに嫌いじゃないと思いますよ」
確かに、最初に出会ったときは問答無用で襲い掛かってきたよなアイツ……。
ミミはなんだか慌てたように、「あの、じゃ、私も行きますね」とかなんとか言いながら妹とは反対方向に歩いていった。
残された俺はひとり、気合を入れなおす。
このままタダ飯食らいの役立たずで終わるのは心外だからな。
ようし、いっちょ、やってやるぜ!
※※※
それから、数時間後。
「ふぃ~~~」
門近くにある広場の中央、王様の銅像によりかかって、俺は体を休めていた。
強化された脚力と体力のおかげか、疲労はそれほどたまっていない。だが、とにかく背中が痛かった。カゴを足元に置き、両手を後ろ手に組んで、背中をそらす。
見上げた太陽の光に目を細める。午後三時ってところだろうか。日差しはきついが、風は涼しい。動いているうちに噴き出た汗がみるみる引いていくのがわかる。
姉妹の言う通り、炙りコンゴウダケはけっこうな人気を誇っているようで、こっちが気合いれようがいれまいがおかまいなく飛ぶように売れていき、あれよあれよと完売になった。腰にゆわえた小銭入れは、いまやずっしり重くなっている。この世界の貨幣相場はわからないが、ちょっとした小金持ちではあるだろう。少なくとも一日豪遊できるくらいには。
ふと、頭に“横領”の二文字がよぎる。
俺は慌てて首を振り。その考えを否定した。死ねばリセットの世界で、金持ちになんかなってどうする。
いや、しかし……。
どうせ戻るのだからこそ、一日くらい好き放題なことをしても……。
うへ、うへへへへへ……。
「シュウさん?」
「ごごごごごごごごごめんなさいッ!」
背後から突如としてかけられた声に、俺は小銭入れの袋から残像が出るほどのスピードで手を離した。
「あのいえそのこれは単にちょっと売上を確認してみようというやつで実際に手を出そうとは万が一にも思ってな」
「わあ、すごい! もう全部売り切れたんですね!」
あわてて言い訳を繰り出す俺を尻目に、ミミは目を輝かせる。よかった。横領(未遂)、バレてなかった。
「そういうミミだって、もう売り切ってるじゃないか。俺よりよっぽど早い」
「えへへ、まぁそりゃ、看板娘ですからっ♪」
なんて、小首をかしげて営業スマイル。そりゃこんな笑顔で「おひとついかが?」なんて言われた日にゃ、財布の有り金全部はたいて買っちゃうな、俺なら。
そのとき、突然頭上から歌声が降ってきて、俺は我に返った。
振り返る。王様の銅像のそのまた向こう、見上げるばかりに高く組まれた10メートルほどのやぐらから、声は聞こえていた。視線の先には、まったく同じ顔をした三人の女性が、オペラ歌手のような姿勢で胸を膨らませ、そばにいる楽団の演奏をバックに、朗々と声を響かせていた。
その響きを、なんと表現すればよいのだろう!
その歌詞はまったく知らない言語だったが、メロディは学校で昔聞いた教会音楽を思わせるものだった。だが、かつて授業で夢うつつになりながら聞いた音とは、彼女たちの歌はまるっきり違った。形のない波が身体をつつみ、全身を激しく揺さぶったかと思えば、優しく撫でていく。目を開けたままの眼前に、様々なイメージが鮮やかに浮かび上がっては消えてゆく。広々とした草原が、うっそうと茂る森林が、荒れ狂う大河が、切り立った雪山が、満天の星空が……。
まるで催眠術にでもかかったように、俺はぽかんと口を開けたまま、彼女たちの歌に聞き惚れていた。その音に呑まれ、指一本すら動かせないでした。
歌が終わる。気付かないうちに俺は両手がしびれるほどに強く、無我夢中で拍手をしていた。俺だけじゃなかった。広場は熱狂のるつぼにあった。人々の口笛。歓声。拍手。彼女たちの歌唱で呑んだ息を一気に吐き出すように、誰もが感情を爆発させていた。
俺の隣で、ミミも小さく拍手をしていた。
「いや、すっごいなアレ! あんな凄い歌、俺はじめて聞いたよ!」
興奮さめやらぬまま俺が言うと、彼女は顔を赤くして目を伏せた。その顔がみるみる紅潮し、もじょもじょと恥ずかしそうにつぶやく。
「……そ、そんなに、よかったですか?」
「いや、すごかっただろどう考えても!? この世のものじゃねーみてえっつうか、魂ごとわしづかみにされるっつうか……とにかく、とんでもない歌声じゃんか! なあ、あの人たち、プロの歌手とかなんだよな?」
言い募るたび、ミミはますますくすぐったそうに身をよじる。なんなんだ? いったい。
「……あんた、本ッ当に田舎者なのね」
いつの間にかそばにいたナナが、心底あきれたような口調で言った。
「うぉっ、なんだよびっくりしたな。あんま近寄んなよ危ないから」
「はあ? レディに向かってどんだけ失礼なのよあんた。触られたら死ぬとか意味不明なんですけど?」
「おいこらやめろ手を伸ばすなシャレにならないから」
ニヤニヤしながら手を差し出してくるナナを俺は慌てて避ける。
まったく油断も隙もねえな、この妹の方は。
「……で、なんで俺が田舎者なんだよ」
「今どき『魔装の歌姫』くらい旅行者だって知ってるわよ。それが目的で来る人が多いくらいなんだから……。あんたさぁ、あれが人間だって、マジで思ってるわけ?」
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