21st try:Festival

「それはですね……今日はこれから、お祭りがあるからですっ!」


 ミミがそう言った瞬間、腹の底に響くような音が響き渡った。


 魔物の襲撃か!? と身構えたのはほんの一瞬のことで、雲一つない青空を断続的に叩くそれが、どうやら祭りを知らせる空砲であることに、すぐに気づく。


 どん、どん、どん、と、あたりにばらまかれる振動。


 それは自分の中にある遠い記憶――祭りばやしの和太鼓の音とか、体育祭の前の空砲とか、夏の夜に聞こえる花火の遠鳴りとか――と共鳴して、心をそわそわと浮き立たせた。『なにかがはじまるぞ』と、大声で告げられているような感覚だ。


「いっけない!」


 空砲を聞いたミミが慌てた声を出し、店のドアが音を立てて開いた。顔を出したのは、妹のナナだ。ものすごく、不機嫌な表情をしている。


「お~~~ね~~~~ぇ~~~~~~ちゃ~~~~~ん」


「ごっ、ごめんってばナナ! すぐ行くから!」


 猛獣のような低いうなりを上げて姉をにらみつけたその少女が、ふとその目をこちらに向ける。


「……あんた、誰?」


「お、お客さんだよっ! 旅の人だって」


 姉の言葉を聞き流しながら、彼女は俺にちらりと一瞥をくれ、「ふうん」とだけつぶやいてそっぽを向いた。……まぁ、いつも通りの反応だ。


「そんなことよりお姉ちゃんっ! 早くそのコンゴウダケ持ってきて! 間に合わないじゃない!」


「わっ、わかってるってば……!」


 ミミは焦ったように、キノコを入れたカゴを持ったまま店へと入っていく。


 その背中に、俺はふと声をかけた。


「……なあ、そのキノコ、何につかうんだ?」


「へっ?」


「いや、お店が休みなのにそんなにたくさん、どうするのかなぁって……」


「お祭りで売るに決まってるじゃない」

 

 答えたのは妹のナナの方だ。

 見下すような冷たい視線を浴びせてくる。


「コンゴウダケも知らないの? ……本当に田舎者なんだね」


「コ、コンゴウダケっていうのはここらへんの名産で、毒抜きして天日にさらしたのを炙ると、いいおつまみになるんですよっ」


 生意気なことを言うナナを、カゴを地面に置いたミミが慌ててフォローする。

 へえ……そうだったのか。

 少し前、まだ店がさびれていたときのことを俺は思い出していた。

 あのカラッカラにしなびたキノコ、そんなにオツな感じの食材だったんだな。


「ほらお姉ちゃん早く! 夜まで時間がないんだから! あんたも邪魔しないで! 悪いけどきょうはお休みなの。ごめんね!」


「俺、よかったら手伝おうか?」


「はあ?」


 思わず口走ったセリフに、自分でも驚いていた。

 大して気にしていなかったキノコの使い道に、好奇心が刺激されたのだろうか。

 それとも、お祭りという言葉の響きにテンションが上がったせいか。

 最近はドラゴンの相手ばっかりで、ちょっと飽き飽きしてたしな……。


「なに言ってんのあんた?」


 俺の申し出に、だが姉妹は露骨に警戒心をあらわにした。まあ、そりゃそうか。向こうにとって俺は初対面。見ず知らずの異国人が、いきなり手伝おうかって申し出てきたわけだしな。こういうギャップ、やはり少しやりにくい。

 俺はとっさに言い訳をこしらえる。


「いや実は俺、一文無しでさ。ロクに飯も食ってないんだ。だからその……手伝う代わりに、ちょっとそのキノコを食わせてくれないかな、なんて。ほら、異国の料理って気になるし?」


 ちょ、ちょっと苦しいかな……。

 

「そもそもあんた、どこから来たの? 見たこともない身なりだけど」


「えーっと、日本ってとこ。たぶん東の方だと」


「ニホン? 聞いたことない国だけど」


 自分が異世界から来たことを説明すべきか、すこし迷う。前は勇者って言っても信用されなかったしなあ。

 だがそうやって考えている間に、ナナはため息と共に怒らせた肩を戻し、


「まぁ、いいわよ別に」


 と、意外にもすんなりとうなずいた。


「手が足りないなとは思ってたし、その程度の見返りで一日コキ使われてくれるっていうなら願ったりかなったりだわ」


 などと恐ろしいことを言いながら、ミミが置いたキノコのカゴを目で指し示す。代わりに持てと言うことだろうか。恐縮して断ろうとするナナを制して、俺は一歩を踏み出した。


 ――次の瞬間、目の前に突き出された拳があった。


 それに気づいた瞬間、押し出された目の前の空気が音を立てて後方に流れていく。


「言っとくけど、ウチやお姉ちゃんに何かしようと思ってんなら、いまのうちにあきらめていたほうがいいわよ」


 目の前に拳を置いたまま、ナナが鋭い眼光をこちらに向けていた。

 両手をあげて全面同意の意思を示すと、彼女は拳を下ろす。


「ま、アンタ弱っちそうだし、そんな度胸もなさそうだけどね」


 そう鼻で笑って店に入っていくナナを、ミミがあわあわと目で追い、俺に何度も頭を下げる。俺はそれを笑って受け流し、彼女のかわりにカゴを持ち上げた。あれ、思ってたよりだいぶ重いぞ、これ。


 ……にしても、なんで今回に限って祭りなんてイベントが起きたんだ? クソ女神ダイアログの差し金だろうか? 最近同じようなことばっかりやってて、「退屈だ」とかなんとか言ってたしなぁ。おーい、どうなんだよ。


 頭の中であいつに呼びかけるが、やっぱり返事はなかった。

 最近はこんな感じで、俺にちょっかいを出してくるのもめっきり減った。飽きてきたんだろうか? まぁ、いいか。


 姉妹から歓迎ムードとは程遠い対応を受けながらも、カゴを運ぶ俺の心はなんだかくすぐられたみたいに弾んでいた。その理由は……、祭りのせいってことにしておこうかな、今のところは。



「ぼやぼやしないで早く来なさいよ! えーと、あんた名前は?」


「ああ。俺はシュウだ。よろしくな! ミミ、ナナ!」

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