20th try:Unusual
「おお異界の勇者よ! よくぞ我らが呼びかけに応え……」
毎度毎度、おんなじこと言ってよく飽きねーな、このオッサンも。
……などと思いながらも口には出さず、俺はかろうじてあくびをこらえつつ王様の話を聞く。まあ、記憶がないんだから仕方ないんだけども、おかげさまでこっちは、彼のご丁寧な説明を一字一句暗唱できるようになってしまった。
「何とぞ我らの願いに応え、あの忌まわしき魔王を打倒してはくれぬか?」
「かしこまりー」
返事をするタイミングもいつもどおりで、俺は耳をほじりながらテキトーに請け合う。王様は外国人が初めて納豆を食ったときみたいな顔をしたが、ここで真面目な態度をとろうが雑に対応しようが後の展開に影響ないことはすでに検証済みだ。
「お……おお! そうか! さすがは勇者の素質を見出された者!」
王様が戸惑いながら続けるセリフを俺は聞き流し、わずかばかりの支度金を受け取って、城の外へ出た。
行く場所は決まっている。
門を出て、大通りをしばらく直進。すると“道”が分岐している箇所があるので、そこを右折する。看板が立ち並ぶ商業地区――をまっすぐに通りぬけ、少し人通りが少なくなった突き当りが目的地だ。年季こそ入っているが、よく手入れされた小綺麗な店。ここの看板娘の姉妹に会うのが、俺の毎回の習慣になっていた。
会うといっても、ふたりともいつも忙しそうだし、店内は触れたら即死の人混みがギッチギチであるため、俺にできることと言えば、毎度のように店の前でキノコの籠をひっくり返すミミと、ひとことふたこと、言葉を交わすだけである。それでも、彼女たちの顔を見るだけで、何度も死にまくって萎えかけた気力ががぜん蘇ってくるのだった。
しかし――
今日は様子が、少し違った。
たどり着いた店の前、いつも入口から聞こえる客の喧噪はどこにもなく、どころか人通りもまったくない。
開きっぱなしのドアは固く締められ、ドアノブには小さな看板がぶら下がって揺れている。書かれている異国の文字は俺には解読できないが、赤字で強調されたその文字が、なんとなく「休業」とかそういう類の言葉に違いないと類推はできた。
「おい、クソ女神。どういうことだよ」
呼びかけてみるが、返事はない。
不吉な予感がじわじわと忍び寄る。
バンガスを倒して姉妹は借金から解放されたんじゃなかったのか? また因果が変わったのか? それとも、もとに戻っただけ? いずれにしても、俺はこのところドラゴン退治以外のことはしていない。いったい何が原因で……。
「……あの」
右方からかけられた声が、俺の思考を中断した。
「えっと、すみません……お客さん、です、よね?」
山盛りのキノコが乗ったかごを持って立っているのは……看板姉妹の姉のほう、ミミ・ミリアーテだった。思わず、安堵の息を吐く。仕入れで運ぶキノコは少なくとも店がまだ安泰だということを示していたし、きょとんとした顔の彼女に、なにかが差し迫っている気配もない。
「ああ、ごめんね。まさかお休みだと思わなくて」
俺がそういうと、彼女は申し訳なさそうな顔をする。
「あっ、ごめんなさい。せっかく来ていただいたのに」
「いやいや、別にいいんだ。……えっと、定休日、かな? この時間はいつも開いていると聞いたんだけど」
彼女は大きく首を傾げた。まるで『太陽は西からのぼるものだ』と聞かされたとでもいいたげな仕草で、俺はますます困惑させられる。それから彼女は俺の服装を上から下まで眺めまわし、「ああ!」と納得したようにうなずいた。
「もしかして、旅のお方ですか?」
「え? ……ああ、まあ、そんな感じだけど」
「なるほど! どおりで……」ひとりで納得している。なんなんだ、いったい。
「えっと、それで結局、今日はどうしてお休みなんです?」
ちょっとイライラしながら俺がたずねると、彼女は答えた。
「それはですね……今日はこれから、お祭りがあるからですっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます