19th try:Dungeons and Dragons

 ……またダメか。

 

 壁で燃えるたいまつの光を背に、追い詰められた俺は歯ぎしりをする。


「はっはっはーーーっ! 伝説の勇者様ってのも、大したことないっスねえ!」


 頭上から浴びせられる、もうなんど聞いたかもわからないセリフ。バカでかい声はあちこちに反射し、こだまとなってしつこく俺を罵倒した。

 

 その残響を塗りつぶすように近づく、巨大な足音。


 地面は小刻みに振動し、天井からぱらぱらと小石が降り注ぐ。


 後ずさった背中に触れる分厚い岩戸。この広間に入ったとたんに閉ざされた入口は、何らかの魔術によるものか、俺が全力で蹴ってもびくともしない。


 目を凝らす前方――たいまつの灯りを呑み込んだ暗がりの先で、巨大な影が、足音と共にゆっくりとこちらへ近づいてくる。


 逃げ場を失った獲物を、じっくりともてあそぶために。


「むだむだぁ! 魔王様じきじきの結界、あんたみたいなひよっこには破れやしないッスよー!」


 巨大な影の肩口にいる小さな影が相変わらずバカみたいな音量で叫ぶ。わかってら、とつぶやく俺の文句を、直後、あたりを揺るがす咆哮がかき消した。


「さあ……観念して、おとなしくこのコに食われるといいっス!」


 影はたいまつの光の中へ、その身をさらす。

 油をひいたようにきらめく鱗。

 羽ばたけば烈風を引き起こす巨大な翼。

 殺意を帯びて輝く長い爪。

 鋸のような牙が輝く口からは、炎の息が漏れ。

 大きく縦に裂けた瞳は、対峙した生物を無条件ですくませる。


 古今東西あらゆるファンタジーに名をとどろかす伝説の存在。

 ドラゴン。

 

 その肩に乗っている女が、得意気に、勝ち誇ったように、俺を見下している。

 クッソ~、腹立つなあ。


 だが結局、俺は今回もまた、やぶれかぶれの勝負に出るしかない。


 足に力をこめ、飛び上がる。ドラゴンの頭をカチ割るために。

 ――そしていつものように、その目論見がいかに無謀であるかを、いやっていうほど思い知らされるのだ。


 待ってましたとばかりに、俺の方を向くドラゴンの顔。

 並ぶ剣山のような歯が開き、ちろちろとうごめく赤い舌の向こうから、紅蓮の炎がせり上がってくる。


「なははははー! かかったな勇者め! そうやって飛び込んでくるのを待っていたッス!」


 うるせーなあもう! 知ってるわ!

 放たれた炎の息。

 壁となって押し寄せる灼熱を空中で避ける術はどこにもなく――





 てれっ



 てれっててれーててれっててー







 Stage 1-1 幻想城都アルメキア


 ┏( ^o^)┛×∞



 ※※※



「んがーっ! ちっくしょう!」


「おっ、おかえりだにゃシュウちゃん」 


 身を起こすなり叫んだ俺を、口にパピコをくわえたダイアログが振り返る。


「またダメだったみたいだにゃ」


「ふっざけんなよてめぇ、こんなんクソゲーだよクソゲー! どうやったら勝てるんだよあんなの! そもそも最初のステージのボスがドラゴンとか、明らかにバランス調整狂ってんじゃねえか!」


「パピコ食べる?」


「食べる!」


 ……。


 状況をまとめよう。


 迷いの森の奥深く。クソ女神の一本道はそのまま洞窟の中へと続いていく。


 そこで待ち構えているのがあのファッキンクソ豚女である。


 ビスキィと名乗るあのオーク女こそ、魔王軍の一員にして、迷いの森を占拠するモンスターたちの統率者。つまりはステージのボスで、やつを倒さぬかぎり、俺は森から先には進めない。……といっても厄介なのは彼女自身ではなく、彼女がけしかけてくるモンスターのほうだった。


 ドラゴン。


 古今東西のRPGで最強種に挙げられるその名にたがわず、やつの戦闘力は規格外だった。鋭いツメと牙、巨体に似合わぬ俊敏な動き。油断していると視界の外から不意打ちをかましてくる長い尾。そして口から放たれる炎のブレスは、空中に飛び上がった俺を確実に焼き殺す。あれだけ苦戦した影魔シャドウストーカーが雑魚に見えるほどの凶悪さである。


 それと幅二メートルに制限された道の中で戦えって? 

 ふざけんじゃねえ。


 さらにまずいのが、あの空間が洞窟であることだ。

 要するに、が俺の頭上をふさいでいるのである。 


 彗星の一踏メテオリックスタンプは、発動する高度に比例して威力が増減する。あの空間の高さは、せいぜい5メートルがいいところ。高高度からの落下で、洞窟ごと消し炭にするという戦法は使えない。


 いっそのこと洞窟そのものを飛び越してやろうかと思ったが、女神の“道”自体の高さも制限されているようで、それもかなわなかった。ビスキィが叫んでいた『魔王様じきじきの結界』とやらのせいだと思われる。


 そんなわけで、俺は何度も地道にドラゴンへ挑んでは、返り討ちにされているのだった。コンティニュー回数は、五十を超えてから数えるのをやめた。


「あのブレスだけはどうにもなんないんだよなぁ……背後に回り込んでも尾を振り回してくるし……ブレスを吐いた後に少しだけ硬直するから、なんとかその一瞬のスキをつけないもんかな……」


 すっかり吸いつくしたパピコを口にくわえたまま、思考をめぐらせる。そんな俺の様子を見て、ダイアログがにんまりと笑った。


「やっぱシュウちゃん、マゾゲーマーだにゃ」


「うっせ。できるまでやんねーとイライラすんだよ、こういうのは」


 とりあえず反省はこのへんにしとこう。


 俺はなにもない暗闇を見上げた。


 少しずつ生存時間は上がっているが、勝ち筋はまだ見えない。


 あーあ。あと何回繰り返せばいいんだか。



 ※※※



 洞窟をあかあかと照らしていた炎の、最後の残り火が、ふと消える。


『迷いの森』。


 その奥にある洞窟。


 侵入者を排除し、あたりには静けさが戻ってくる。


 任務完了とばかりに鼻から短く炎を噴き出したドラゴンの角を、ビスキィはそっと撫でてやった。


 勇者撃退という大金星。


 ……を挙げた者とは思えない表情が、その顔には浮かんでいた。


 その感情を表現するならば。


『うんざり』


 というのがしっくりくるだろう。


「ホント、あいつセンスなさすぎじゃないッスか? 毎度毎度丸腰だわ、アイテムもロクに使わないわ、反応も悪いわ……もういい加減、限界ッスよ退屈すぎて……魔王様もいい加減人付き合いが荒い……」


 言ってからはっとして素早くあたりを見回し、『魔王様』への悪口が誰にも漏れていないことを確認する。


 それから大きく息を吐き、伸びをしながら洞窟の天井を見上げて言うのだった。


「あーあ。あと何回繰り返せば終わるんスかねえ、このは……」

 


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