18th try:Bitter End

「にゃあ、いい加減、元気出すにゃあ?」


「ここでふてくされててもしょうがないにゃあ」


「ほら、プリンあげるから、にゃ?」


「……いらない」


 いつも死んだあとにやってくる、真っ暗な空間で。


 俺は体育座りをした膝頭に、自分の額を押しつけていた。


 いや、だってさすがにヘコむだろ。


 あんだけ苦労したのに、最後の最後でやらかしちまったんだから。


「いや、ちゃんとサブミッションはクリアはしてるにゃ! えらいにゃ! すごいにゃ! よっ! 伝説の勇者様!」 


「うるせえし白々しいし問題はそこじゃねえんだよわかれよクソ女神ぃぃ~~~」


 いずれはそうなるってことはわかってた。


 死ねばリセット。


 巻き戻し。


 これであの姉妹とは、また初対面からコンニチワってわけだ。


「それにしたって、このタイミングはねぇだろよぉ……」


 あそこからこう、仲良くなってさ? キャッキャウフフとかさ? できる雰囲気だったじゃん? それからのタイミングで死んだってよかったじゃん?


「理不尽すぎるだろこんなの˝ぉ˝お˝ぉ˝お˝ぉ˝……」


「え……シュウにゃん……マジ泣き……?」


「う˝る˝せ˝え˝」


 もう嫌だ。


 もう世界なんか知らん。

 

 俺は絶対にここから出ないぞ。


 一生この空間でごろごろしながら漫画とテレビを消費して過ごしてやる。おいクソ女神、そこの山積みになってるワ●ピース全巻よこせ。俺はもうダラダラの実の堕落人間になるぞ。飯はまだか! ビールはないのか! 


「シュウちゃんがダメ亭主みたいになってるにゃ……」


 女神はあきれたように言い、そして「仕方ないにゃあ」と、口から盛大なため息をもらす。


「今回の寄り道のについて、知りたくはないのにゃ?」


 …………報酬?


 ピクリと思わず反応してしまったその一瞬を、女神は見逃さなかった。


「あ~あ~、すっごいイイものなんだけどにゃあ~? 見もしないなんてもったいないにゃあ~、まあ私は別にいいけどにゃ?」


 落ち着け。

 だまされるな。いつものあいつの手段だ。

 どうせ行ったところで大したことないに決まってる……


「……ほら例えば、あの姉妹の、あ~んな姿とか、こ~んな姿とか、にゃあ?」


 ……ちっ。

 しゃーねーなぁ。

 わかったよ。行けばいいんだろ? 行けば。

 

 おっと、勘違いするんじゃあねえぜ。

 とりあえず確認、そう、確認するだけだからな!


「うんうん。シュウちゃんのそういう単純なとこ、私嫌いじゃないにゃあ」


※※※


 繁華街を抜けた街はずれ。行きかう人は絶え、威勢のいいかけ声は遠く、鳴り響くのはただ閑古鳥の合唱ばかり。そんなところにぽつんと、ナナとミミの店はある。


 そのはず、だったのだが。


「……なんだよこれ?」


 俺は店の入り口に立ち尽くし、呆然と店を見上げていた。

 店の様子は、一新されていた。。


 していたのだ。


 ボロボロだった店の外観が、うそのように小綺麗になっている。心なしか通りの雰囲気まで明るくなっているようだ。店頭の看板は俺の記憶が確かなら書かれた文字も絵もかすれたままにうっちゃらかされていたはずだったが、今は色も鮮やかに塗りなおされ、読めない異国の文字と共に、さまざまな商品の絵が踊っている。


 首をひねるが、思い当たる節となればひとつしかない。

 あのときバンガスを倒したことで――彼女たちの運命が変わったのだ。


《これこそが『因果の女神』ダイアログ様の力ってわけだにゃ! えっへん!》


 俺からは見えもしないのに、たぶん胸を張っているのだろう彼女の言葉に返事をする気も起きないまま、俺はぼんやりと突っ立っていた。


「すみませーん、通してくださいぃいい。わっととととと……」


 聞き覚えのある声と共に、街路をひとりの少女が近づいてきたのはそのときだった。キノコが山盛りになったカゴを抱え、ふらふらと、右へ、左へ。


 危ないなと思ったのもつかの間、


「あわわーーーっ!」


 どっしゃんという盛大な音に彼女は転び、商品を歩道へぶちまける。

 俺の“道”いっぱいに広がったキノコをひとつ、拾い上げる。

 それはかつて、店内でひからびながら陳列されていたのと、同じキノコ。

 だが今見るそれはみずみずしく、確かな弾力で俺の指を跳ね返していた。


「うにぃぃいぃ、やっちゃったあ……あ、すみません! ご迷惑をおかけしちゃって……」


 頭をさすりながら顔をあげる彼女と目が合う。

 揺れる栗色の髪。

 見開かれる大きな瞳。


 ……時が止まったような一瞬のあと、

 彼女の口から言葉が漏れる。



「……………………えと、あの。私に、なにかご用事ですか?」


 一拍あいた時間のあと、

 ふふっ、

 と、漏れたのは自分の笑い声だった。


「いや、ごめんごめん!」


 俺は明るく言って、さらりと嘘を口にする。


「ご両親と、あまりに似てたからさ」


 怪しまれず、不自然でもない、探りの嘘。

 彼女はつと顔を伏せ、少し陰のある表情で微笑む。


「父の、ご知人なのですね」


「ああ。ずいぶんとお世話になったよ。家族思いの、いい人だった」


 続く沈黙は、雄弁に語っていた。

 改変された過去が、それでもやはり彼女たちにとって、完璧なハッピーエンドではないことを。


「そうですね」


 それでも、彼女は涙をこぼさない。。

 彼女が浮かべるその笑みは……以前繰り返した何度もの出会いと比べて、少しは明るくなっただろうか? 少しは救われただろうか? 


 そんなことはわからない。人の心はいつだって見えない。


 けれど。

 

「だから……私たち姉妹でちゃんと守っていこうと思ってます。この店を。父と母、ふたりのぶんまで……!」


 まぶしそうに店を見上げながら、彼女は力強く言う。

 

「そっか」


 俺が短く返すと、店内から怒声が追ってきた。


「おねえええええええちゃああああああああん! 何やってるのお!」


「わわわわっ、ごめんミミ!」


 慌ててキノコを拾う彼女を俺は手伝った。。


「ありがとうございますっ!」


 ふたたび山盛りになったかごを持ち、開きっぱなしの扉から店に入ろうとし……。


 足を止め、もう一度俺の方を振り返る。


「あの、これ、ぜんぜん変な意味で言うんじゃないんですけど」


 それからちょっとだけ、照れるような顔を見せて。


「……私、どこかであなたと会ったことありますか?」


 しばらくの沈黙のあと。

 俺は笑って言った。


「いや……これが初対面だよ」





























 っていうなんだかいい雰囲気の別れ方をしておきながら、結局またこの姉妹の店に入り浸るハメになるのだが……当時の俺はそんなこと、知る由もないのだった。


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