17th try:Sun Pillar

「うううううりゃあああああっ!」


 地の底から湧き上がるような雄たけびと同時に、モンスターにナナの拳が撃ち込まれる。見上げるほどの巨体が思わず揺らぐほどの一撃。


 お返しとばかりに、モンスターの体中に密集した触腕が風を切って一斉にナナへと襲いかかる! 逃げ場もなく、彼女の全身は四方八方から貫かれ――


 と、確かにそう見えたはずが、次の瞬間にはナナの姿は忽然と消え、本人はといえば、まるで何事もなかったかのように離れた場所で構えをとっている。それはまるで、録画した映像が一瞬飛んだかのよう。遠目で見てさえこれだ。相対している方はなにがなんだかさっぱりだろう。


「すっげえな……」


 傾いた屋根の上でその戦いぶりを見ながら、俺はもう何度目かわからないため息を漏らす。

 残像すらを作り出す、超常ともいえる身のこなし。神速の反射速度と切り返しは、俺のような脚力まかせのスピードとはまるで次元が違う。人の限界を超えている。


 それを可能にしているのが、姉のミミだった。

 ナナの頭に浮かぶ、涙型の小さな炎。それは戦況を見守る俺の頭にも灯っている。

 ミミが操る機械仕掛けの巨腕が持つ機能のひとつ。

 対象の身体能力をブーストする補助魔法。


照らす燈火セントエルモ


「シュウさぁ~ん……」


 そいつをかけた本人が、情けない声と共に、店の軒下から俺を見上げてきた。

 妹に負けず劣らずとんでもない強さなのに、対照的にまったく緊張感がない。


「やっぱ、火力足りないみたいですー……」


「だな」


 あれだけ強化されたナナの拳を何度も食らってさえ、影魔シャドウストーカーはピンピンしていた。ますますやっきになってナナを追撃し、無数の触腕で攻め立てる。彼女は今のところそれを紙一重でしのいでいるが、それも照らす燈火セントエルモの効果が切れればおしまいだろう。


 彼女のこの「奥の手」があれば、もしかしたら力押しで行けるかなと思ったんだけど……無理か。


 ちらりとナナがこちらを見る。俺がうなずくと、心底悔しそうにその顔がゆがんだ。いや、しょうがないだろ。もともと最初からこうするつもりだったんだからさ。


「じゃあ、作戦通りいくぞ」


 ミミに告げると、彼女はうなずいて、機械の右腕を持ちあげ、その掌を開く。


阻め右掌カストール



 ※※※



 ナナの動きが変わった。


 懐に飛び込んで重い一撃を狙うのではなく、安全圏から細かく出入りを繰り返し、チクチクと攻撃していくやり方。ダメージはなったくないが、獲物を仕留めようとする側にとってみればかなりフラストレーションが溜まる動きだろう。


 さらに、ミミが見えない壁を随所に設置し、モンスターの動きを制限する。ナナに向けられた攻撃を防ぎ、追い足を止め、絶妙なサポートで、妹の逃げ道を確保し続ける。意図的に作られた膠着状態。格下のはずの獲物をしとめきれないという苛立ちが、明らかにモンスターの動きにあらわれはじめていた。

 

「アアアアアァッァアアアアアアッ!」


 ついに雄たけびを上げて、影魔シャドウストーカーがふたたび地面に溶けた。先ほどと同じ、地面を覆ってからの範囲攻撃。だが、迫る速度は今の方が段違いに速い。ナナは慌ててバックステップで距離を取り――


「……あっ」

 

 つまづいて地面に尻もちをついた。

 

 予定外のミス。

 致命的すぎる隙。


 あわてて立ち上がろうとしたときにはもう遅かった。

 目の前に影が迫る。

 阻む右掌カストールも間に合わない。

 まさに絶体絶命の状況――


 ――を、俺ははるか遠くから見ていた。

 

 いや。


 


 影魔シャドウストーカーが地面に沈んだ時には俺はすでに跳んでいた。

 だいたい、20メートル上空ってとこだろうか。

 照らす燈火セントエルモの身体強化を見越して軽く飛んだつもりだったが、それでも予定よりだいぶ高い。


 大丈夫かなこれ……?


 しかし時間がなかった。

 あと数瞬もしないうちに、ナナが串刺しにされてしまう。

 っていうか肝心なところでなにつまづいてんだよアイツ!

 まあ、うまく仕事はしてくれたからいいけどさ。


 右足に集中する。

 星々の加護が金色の光となってその表面を覆い、小さな太陽となって光り輝く。


 俺は見ていた。


 あのモンスターの範囲攻撃。

 地面に広がった影が、攻撃のために棘を伸ばすその瞬間。

 広がった影の端が縮んでいるところを。


 名前や外見の印象に騙されていた。

 あのモンスターは、別に実体のある影ってわけじゃない。


 なんで気付かなかったのだろう?

 似たような攻撃をするモンスターに、俺はさんざん苦しめられたっていうのに。


 影魔シャドウストーカー

 その正体はおそらく、スライムだ。

 上位種ってところだろうか。


 だからこの地面にもぐるような範囲攻撃も、本当にそうしているわけじゃない。

 単に


 その瞬間、自慢の硬い表皮は限りなく薄くなる。

 あの攻撃はモンスターにとっても諸刃の剣なのだ。


 そして。

 ナナとミミが誘導してくれたおかげで。


 


 最弱の一瞬に、最大の火力を。


 さあ、喰らいやがれ。

 高度20メートル。

 さっきとは威力も速さも段違いの、彗星の一撃。


彗星のメテオリック――、一踏スタンプ!」


 世界から輪郭と色彩が消失する。

 空気の壁に叩かれながら、俺は一本の矢になって落ちていく。


 この高さからの威力なら、確実にモンスターを消し飛ばせる。

 ――この街の一角すべてを巻き込んで。


 普段なら躊躇する高さだ。

 だが、いまは彼女がいる。

 だからこそ、この威力を遠慮なくぶちかませる。

 叩きつけるような風切り音の中、俺はかすかに、彼女の声を聞いた。


阻む右掌カストール!」

 

 着弾地点は決めていた。

 その周囲に、ミミは打ち合わせどおり、見えない壁を展開した。

 敵をぐるりと囲むように、円状に。


 それは、敵を逃がさないための。

 そして――着弾後の爆風を空に逃がし、被害を最小限に留めるための、壁。


 やれるだけのことはやった。

 あとは……信じるだけだ!

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 俺の右足が、影に覆われた地面を貫く。

 まとう金色の光が一瞬だけ彩度を落とし、それから爆発的に拡散する。


 耳をつんざく轟音。

 かき消されていく魔物の悲鳴。


 俺は振り仰ぎ、そして見る。

 それは天を貫いてどこまでも伸びていく、一条の光の柱――



 ※※※


 

「あんた……本当に人間?」


 穿たれた穴のふちに手をかけ這い出そうとする俺に、ナナが問いかける。

 完全にモンスターを見る目だ。

 ひどい。めっちゃがんばったのに。 


「うにぃいいい、重いぃいぃぃい」


 その後ろで、ミミがへばっていた……というより、あの巨腕に潰されていた。

 魔力切れでもしたんだろうか。涙目で「たすけてナナぁー」とかなんとか言いながら、関節部を覆っていたあわい光が消え、もはやぴくりとも動かない腕の下で、じたばたともがいている。ようやく俺は気づく。あれ、店内にあったガラクタだ。


 姉を無視してなおも不審な目を向ける彼女に向かって、俺はさわやかな笑顔で親指を立ててみた。


「言ったろ? 俺は伝説の勇者だってよ」


「キモい」


 ひどい。


「うええぇえぇえナナぁ~~お姉ちゃん死んじゃう、ぺったんこになっちゃうぅぅ」


「あーもー、はいはい。いま行くから!」


 振り返って怒鳴るナナ。だが足は動かず、視線がもう一度、迷うように俺の方を向く。

 何か言いたげな横顔。その肌にほんの少し朱が差していることに、俺は気付いた。


「……まぁ、でも、お礼くらいは言っといてあげるわよ。ありがと」


 なるほど。

 お兄さん、そういう素直になれない系女子、嫌いじゃないよ?

 

「……ッ! なに笑ってんのよ! キモい!」


「いやあ、いいねえ。ツンデレってやつね、はいはい、ごちそうさま」


「死ねっ!」


 顔を真っ赤にしたナナが、照れ隠しなのか、俺の肩を拳で叩く――

 



















 あっ。







 



 









 てれっ



 てれっててれーててれっててー







 Stage 1-1 幻想城都アルメキア


 ┏( ^o^)┛×∞




【サブミッション1『道具屋の姉妹』をクリア】

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