15th try:Reinforcement

「それまで、ウチが相手だ!」


 いや。

 いやいやいや。

 なにしてんだ、こいつ。


 俺があっけにとられていると、彼女がぶっきらぼうになにかを俺に投げてきた。

 反射的にそれを受け取る。

 薄い皮膜に包まれて淡い光を放つ、手のひらに乗るサイズの球体。

 なんだこれ?


「さっきもらってきた回復薬。あんたも使って」


 いや、使えったってどうやって……そもそも俺、一撃で死ぬし。

 しかし、彼女は俺の返事も待たずにモンスターへと突撃していく。


「殺ッ ころころころスッ!」


「ギオオオオオオオオオッ!」


 叫び声と同時に襲いかかる、無数の棘。

 それを彼女は人間離れした素早さでことごとく避け続けていく。

 ……明らかに、さっきよりも早い。残像が残るレベルの身のこなしだ。

 彼女が見せる“全力”だった――対人間ではなく対モンスター用の格闘術。


 っていうか、アレでまだ手ぇ抜いてたの!?

 あんな、俺より年下の女の子が……。

 心底から思う。

 チートもらってて、本当によかった。

 

「せええええりゃああああっ!」

 

 だが、それでもやはり状況は変わらない。

 モンスターに打ち込まれる、目にもとまらぬ連撃。


「くっ……!」


 それをもってしても、モンスターの表皮には傷一つ負わせられない。

 どうしようもない耐久力の差。


 ジグザグにバックステップを踏みながら戻ってきた彼女が息を弾ませながら言う。


「攻撃が通らない……! ねえ、今度はあんたも加勢して!」


 あー。

 うん。

 俺も、そうしたいのはやまやまなんだけど。


「すまん。俺はそっちには進めないんだ」


「……はあ?」


 うん、まあ、そういう反応になるよな。


「ギオオオオオオオオオッ!」


 どうやって説明すべきか迷う俺の思考を、モンスターの叫び声が強引に断ち切った。

 一拍後、影魔シャドウストーカーの巨大な影が、ふたたび地面へと沈み込んでゆく。じわじわと滲みだすように広がりはじめる影の染み。

 まずい。

 またあの範囲攻撃が来る……!


「おい、すぐここから離れろ!」


 俺はナナに叫ぶ。

 ただならぬ気配を察したのか、彼女は身をこわばらせて俺を見る。


「あんたはどうするの」


「俺は……大丈夫だ。秘策がある」


「秘策って……?」


「いいから早く! お前でもあれは避け切れねえ!」


「……ッ」


 じりじりと迫る影。

 それを見つめながら、彼女はすこしだけ考えるそぶりをしたあとにうなずいた。


「わかった」


「よし、頼むぞ。応援が到着すればきっと……」


「ウチも逃げない」


「はあ?」


 今度は、俺があっけにとられる番だ。

 なんなんだこいつ。

 自殺願望でもあんのか?

 さっきからどうも態度が妙だ。借りを返すと言っていきなり乱入してくるし、恃んでもない回復アイテムを渡してくるし。そもそも、さっき応援に出て行かせてから大して時間が経ってない。本当に応援、呼んでるのか?


 ともかく、彼女の目は本気だった。

 無茶だ。そりゃ俺が死ねば時間は戻るし別に構わないが、末期の光景がこいつの串刺しってのは、寝覚めがよくない。


「おい、いまは変な意地を張ってる場合じゃ……」


「あんた、死ぬつもりでしょ」


 振り返ってこっちを見た彼女に、俺はぎょっとする。


「さっき応援呼べってウチを店から追い出したときもそうだった。自分の命を、他人のために平気で投げ出すやつの顔だ。わかるんだよ、ウチらは、そういうの」


 彼女の顔にうかんでいたのは。

 ――まるで泣くのを必死でこらえているような、表情。


「あんたみたいなお人よしバカはさ、知らないんだよね。他人のために死ぬことなんか名誉でもなんでもないことも。残された人がどれだけ悲しむかってことも」


 俺にというより、もっと別の誰かに向けられているようなその言葉を聞いてようやく、俺は先ほどバンガスがこの姉妹に向かって言った言葉を思い出す。


 ……彼女たちは、父親を亡くしたのだ。

 おそらくは、モンスターとの戦いで。


「死なせてなんか、やらないんだから」


 キッと強い目で俺をにらみ、正面に向かって構えるナナ。

 

 しかし、現実はどこまでも非情だ。

 気合を入れたからって戦力の差が覆るわけでもないし、目前に迫る死が気分を変えて見逃してくれるわけでもない。

 たちのぼる無数の棘は四方八方から押し寄せ、一瞬後には彼女を――そして俺を串刺しにするだろう。


 だが、俺が死ねば時間は戻る。


 なんどだってやり直せる。

 このやり取りを繰り返すのはめんどくさいけど――大体もうわかった。

 だから、まあ、次はもっと、うまくやってやるよ。

 ごめんな。







「それに、ウチらにだって秘策はある。

          

             ―――そうでしょ、!」



















阻め右掌カストール

















 ガギャギャギャギャギャッ!


 目を見開く。

 俺たちを貫くはずの無数の棘が……空中で止まっている。

 まるで見えない壁に阻まれるように。


「ごめんナナ! 起動に手間取っちゃって!」


「もー、おっそい!」


 振り返る。

 半壊した店の入り口に、彼女が立っている。


 カールした栗色の髪に、黒目がちな大きな瞳。

 小動物じみた、あの姿。

 ――しかし、その両肩に、見慣れぬ異様なモノが浮かんでいた。 

 

 関節部からあわいライムグリーンの蛍光を放つそれは、まるで――

 機械仕掛けの、

 その右腕がこちらを向き、五指を開いていた。


「久々だから動作もあやふやだけど……いっくよー!」


 ミミの動きに合わせ、残った左腕がゆっくりと引き絞られてゆく。

 その指が、きしみながら握り拳を形作るのを、俺は見た。


 ……いや、ウッソだろ?


 ようやく思考が追いついたのもほんの一瞬のことで、

 

穿て左拳ポリュデウケス

 

 放たれた爆風が、俺の視界を覆いつくす。


 

 

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