14th try:Shadow Stalker

 まずは、下からカチ上げるように一撃。

 ナナの拘束がゆるんだその瞬間を見計らって、左足でもう一撃。


「んなあああああああっ!?」


 頭上を飛び越え、店の外へとすっ飛んでいく影魔シャドウストーカーとやらに引っ張られ、バンガスが悲鳴と共にその後を追っていく。どうやらあのモンスターとバンガスは、影を通じて物理的につながってるらしい。


 解放されたナナが、空中から落ちてくる。


 俺は両手を伸ばして、それを受け止め――




 ――たら死ぬんだった! あぶねえ!


「うぎゃっ!?」


 すんでのところで手を引っ込める俺。そのまま地面に激突するナナ。


「悪い! 大丈夫か?」


「ぶっ……ころす……」


 ゆらあっと目を血走らせて、彼女は立ち上がる。

 だが今、もうこの少女に構っている暇はなかった。


「よし、骨はやられてないな? だったらすぐ、ここから離れてくれ」


「はあ? 何を言って……」


「いいから! それと、なるべく早く助けを呼んで来るんだ。頼む」


 まだ文句を言いたそうな彼女をせかして外に行かせてから、俺もゆっくりと店の外へ歩み出る。

 俺がモンスターを蹴り飛ばした先……。寂れた通りの中ほどに、黒い霧――瘴気がたちこめていた。

 その距離、およそ二十メートル。


 瘴気の向こうでみるみる膨らんでいく威圧感。

 背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、俺はひとりごちた。


「今までの敵だったら、これで終わりだったんだけどな……!」


 両足にまだ残るさっきの蹴りの感覚。

 鋼鉄にだって足跡を残せる俺の一撃を受けて、あの影は砕けもしなかった。

 彗星の一踏メテオリックスタンプも発動しているはずなのに、だ。

 バンガスが自慢したとおり、こいつはどうやら、今までの雑魚とはちょっとレベルが違うらしい。


「ギィイイイイオオオオオオオッ!」


 金属をこすり合わせたような叫び声。

 と同時に、長い影が地面を滑るように伸びてくる!

 不吉な予感を覚えて後ろにジャンプするのと、影から巨大な針が飛び出すのは、ほぼ同時だった。迫り来るその先端が、俺に届くそのほんのわずか手前で止まった。ギリギリ射程を外れたってところだろうか。俺を向いて口惜しそうに波打つその影を見ながら、俺はなんとか店の屋根に着地した。間一髪。一呼吸おいて、どっと汗が出てくる。


 瘴気が晴れた。

 

「よッ、よッ、よくもやってくれましたねエエエエエエ!」


 そこにいたのは――目をカッと見開いて叫ぶバンガスと、彼の背後から垂直に立ち上がる、全長十メートルはあろうかという、巨大な影法師だ。


 影は主人たるバンガスの動きなどまったく無視して長い手足を振り回す。その全身が小刻みに震えたかと思うと、顔に当たる部分に真っ赤な一つの目が開いた。


「ギオオオオオオオッ!」


 ……こいつが“本体”ってわけか。


「あっ、あなっ、あなたがたっ! あなたがががたっ! よっよっよっよくっもッ みな 殺ッ ス!」

 

 バンガスの様子がおかしい。

 彼の顔の半分が、黒い影に覆われ、のこった半分の顔は白目をむき、口からはよだれを垂れ流している。

 

 あれは……。


《侵食、だろーにゃ》


 女神がのんびりとした口調で言った。


《影を通じて獲物の精神を喰う……あのモンスターの習性だにゃ。アレをペット感覚で使役しようだなんて、相変わらずバカだにゃあ、人間は》


「みなみなみなみなみな殺ッ……………………しィィィッ!」


 バンガスの、裏声が混じった奇妙なイントネーションの叫び。それと同時に、影魔シャドウストーカーはとぷんと音をたてて地面に潜る。

 残された黒いしみのような影が、円形に広がって地面を侵食してゆく!


「おいこれヤバくないか」


《ヤバいにゃあ?》


 店の手前まで影が到達すると、バキバキと音を立てて、店が咀嚼されはじめた。屋根が傾く。バランスを崩しそうになるのを、俺はかろうじてもちなおす。


 まずいまずいまずい。


 店の中には、まだミミがいる――!


「くっ……そっ!」


 イチかバチかだ。俺は屋根から跳躍する。

 さっきよりも、さらに高い位置からの一撃。

 街への被害が多少出てしまうかもしれないが、仕方がない。

 足先を、真下へ向ける。右足に金色の魔力があふれてくる。


彗星のメテオリック――ッ!?」


 だが。

 スキルが発動することはなかった。

 地面に満ちていた影。それがまるで潮が引くように、逃げたからだ。

 そしてバンガスのところへ戻った本体に再び狙いをつけようとしたとき、最悪のことが起きた。


 影魔シャドウストーカーは横にステップし――俺の“道”から外れたのだ。

 俺の呪いのことを知っているのか、あるいは単なる回避行動か。


 どっちにしろ、俺は結局スキルを使えないまま、地面へと降り立つ。

 次の瞬間、俺の周囲の地面が、黒く染まった。

 取り囲まれた。

 跳ぼうとすれば、その瞬間にくし刺しだろう。


 詰みだ。

 

 勝利を確信したのか、俺の前の地面からゆっくりと立ち上がる影魔シャドウストーカー本体を見ながら。俺はためいきをつく。


 しゃーない。

 またやり直しか……。


 





「ぜええええええええりゃあああああっ!」


 鋭い気合とともに、モンスターへ小さな影が激突する。

 それは頑丈な表皮に弾き飛ばされると、俺の前に舞い降りた。


「お、お前……なにしてんの?」


「借りっぱなしは性に合わないの!」


 その少女は振り返りもせずに言い、正面のモンスターに向かって拳を構える。


「応援は呼んだ……。それまで、ウチが相手だ!」


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