13th try:Open Combat
「ぜえぇえぇりゃあああっ!」
ひらり。
「つぇええええええぃっ!」
さらり。
「死ねええええええええええ!」
あらよっと。
「くっ……このやろおおおおおおっ!」
ほいっ。
「あっ!? とととっ……うわっ!」
どんがらがっしゃーん。
ファーストコンタクトを再現するかのように、襲い掛かってきた暴力少女は勢いあまって別の棚に突っ込み、また盛大な音を立てた。
「そろそろ信じる気になったか? 俺がホンモノの勇者だってことを」
「げっほ……ごほ……うるっさい……わよ……この、詐欺……師……ッ」
「あきらめな小娘。俺とお前じゃあ違い過ぎるのさ……実力が!(ビシィッ!)」
大嘘だ。
こいつ強い。速い。めっちゃ怖い。ここまで生き延びるのに三十二回くらい死んでる。なんなのもう。勘弁してほしい。
姉のほうは姉のほうでアワアワしてるだけで全然止めてくれないし。……っていうか今見たらなんか「わー!」とか言って笑顔で拍手してるし。
「すごいすごい! どっちもがんばれー!」
どこから出したのか小さい旗をぱたぱた振って、すっかり観客気分になっている。
こっちは命がけなんだっつーの!
もう!
かわいいから許すけどさあ!
寄り道はいまのところ完全に失敗だった。
なんだってこんな不毛な勝負をしてるんだ、俺は。
王様に勇者としての身分証明をくれって言っても「何言ってんだコイツ」みたいな顔されるし。また何かのフラグが立ったのか、森へ行く本編ルートが消滅してるし。一回ナナと戦闘になったら店から出られなくなるし。ならば店に入らず数日待って様子を見ようと思ったら「TIME UP!」って文字が脳裏に浮かんで強制的に即死するし。ああああああああ、もう。
ようするに、俺はこのイベントを消化するしか道がないのだ。
自由選択だったはずが、いつの間にやら強制イベント。
これのどこが救済策だって話だ͡コノヤロウ。
《いわゆる女神の》
運命力はもういいわクソ女神ィ!
《あにゃー》
俺は床にへたりこんで荒い息を吐くナナに向かって話しかける。
「……頼むから俺のこと信じて? もういい加減、めんどい」
ほんとお願いします。不毛なやりとりを毎回繰り返す俺の身にもなってほしい。
「知らない……わよっ……んぬぁぁぁあああっ!」
「まだ立つのかよ……っと!」
絞り出すような咆哮と共に繰り出された蹴りを余裕で避ける。
だが、余裕をかませるのは……つまり三十二回のトライ&エラーで死に覚えできているのはここまでだ。
ここから先は、未知の領域。
ただ、相手の動きも悪くなっている。観察しているうち、こいつの使う格闘技?らしきものの動きも、なんとなく予想できるようになった。まあ、それはそれでフェイントに思いっきり引っかかったりするんだけど。
相手の動きをかわすことだけに集中すれば、もうちょい粘れる……と思う。多分。
「ったく、まだわかんねえのか? 無駄だって」
俺は口元に余裕の笑みを浮かべてみせる。
なるべく単調な動きを引き出すための挑発だ。
「ぶっころす」
言葉というより、殺意そのもののような音を口から吐き、ナナはゆらりと構える。
その背後の景色が、あふれる闘気でぐにゃりとゆがんでいく。
うげぇ。こえぇよお。
この人ホントに一般市民?
だが。
「おや、お取込み中でしたかね?」
戸口から聞こえたその声が、彼女の集中を途切れさせた。
「売れない薬屋から、にわか道場に商売替えですか。まあ、悪くない発想かもしれませんな。ほっほ」
店の入り口にたたずむ男は、そう言って山高帽を頭からとった。禿げた頭にツノこそないが、その体格も顔つきも、森で会った
「……バンガスッ!」
ナナが憎々し気に吐き出したのは、おそらく彼の名前だろう。
それから彼女はふたたび、俺へと殺意のこもった視線を向けてくる。
や、だから違うって。こいつと俺は初対面だってば。
「そこの男性は弟子かなにかですかな? ほっほ。ですが稼ぐならもっと手っ取り早い方法がありますよぉ。教えて差し上げましょうか」
「まだ、支払い期限まで時間があるはずです」
答えたのはミミの方だった。
さっきまでの暢気な表情は一瞬で消え失せ、エプロンの裾をきゅっとつかんで、正面から彼をにらみつけている。
「それまでに、ちゃんとお金は返します」
「店主もいないのに?」
突き返された言葉に、ふたりの空気が硬直するのがわかった。
「お父様がたのことは残念でした……が、商売は商売です。契約を交わした本人がいなくなった以上、明らかに支払いができそうもない店を期限まで待つ必要もないのでね」
「あんたねぇ……」
「大丈夫ですよぉ」
舌なめずりするような視線でバンガスはふたりの少女を見比べる。
「ミリアーテ氏は実にいい娘さんを遺された。ふたりとも実に愛くるしい。年はちょっとばかり若すぎますが、発育は悪くない。……ウチの店に来たら、すぐに稼ぎ頭になれますよぉ。ほっほっほ」
「このっ……クソ外道がッ!」
ナナが弾かれるように飛び出した。さっき俺に向かってきたのと遜色のない、いや、それ以上のスピード。本気の殺意が込められた拳が、身動きもできないバンガスに向かって吸い込まれ――
「か……はっ……!」
「ナナ!」
ミミが悲鳴を上げる。
苦悶の呻きを漏らしたのは……ナナの方だった。
バンガスの足元、外の逆光を受けて伸びる影。そこからいつの間にか現れた巨大な黒い手が、彼女の体を捕えていたのだ。
「なに、こいつ……モン……スター……? がはっ!」
漆黒の巨大な手が、そのまま彼女の体を締め上げる。
「うあああっ! ああっ!」
「やめて!」
ミミの絶叫に、バンガスはニタリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「
「ああああああーーーーっ!」
ナナの悲鳴などまるで聞こえないように、穏やかに話すバンガス。
「お願い、やめて! もうやめて! 言うことなら聞くからっ!」
「おやおや、ずいぶん聞き分けがよくなったものです。しかし、この小娘にはずいぶん手を焼かせられましたからねえ……今後のこともかねて、せめて骨の一本や二本は折っておきたいのですが、いかがです?」
「そんな……お願い、もうやめてよぉ……」
「あぐっ……あぁ……」
えーっと。
なんかすごい、重たい事情を聞かされたうえに、展開的に置いてけぼりにされてる感があるけれど。
とりあえず助けた方がいい感じか? これ。
動こうとする気配を察したのか、バンガスがちらりとこちらを見た。
「誰だか知りませんが、余計な気を起こさんことですよ。大人しくしておけば見逃してあげます。ほっほっほ」
俺もできるならそうしたい。
もう何回も死んだし。
正直そろそろめんどくさかったし。
できれば適当な言い訳をつけてほっぽりだしたいところなんだけど。
「そーいうわけにもいかないんだろうなあ」
《よっ! なんだかんだでお人よし!》
うるっせーよクソ女神。
俺はゆっくりと歩みを進める。
その巨大な手に向かって。
「おやおや! この
「止め……とけ……詐欺師……あんたじゃ、とても……」
うーん。
普通に考えりゃ、そりゃそうなのかもしれないんだけどさあ。
相手が誰だろうと、触れたら即死なのは変わんないし。
モンスターなら、あんまり気兼ねなく蹴れるし。
それよりなにより――
「あんたが立ってるそこ、俺の“道”の上なんだよね」
次の瞬間。
俺は一瞬で距離を詰め、その巨大な手に右足をぶち込んでいた。
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