7th try:The Woods

「シュウちゃん、案外良識人なんだにゃ。ばりぼり」


「なあ、そのテレビとちゃぶ台とせんべいどこから出てきた? なんでロンハー映ってんの? 電波どこから来てんの? 女神的にそのスタイルはありなの?」


 昼下がりの主婦みたいなポーズで寝転がっているダイアログの背中は、俺の問いに振り返りもしない。


 ……いやまあ、この際それはおいとこう。

 いちばん聞きたいことは他にあるのだ。

 

「レベル、変わってないんですけど」


 そう。


 確かにあのクソ女神は『大幅レベルアップ』って言っていたはずなのに。

 念じると頭の中に出現するステータスには、なんの変化もありゃしない。

 

「ああ」


 女神はしれっという。


「死ぬとそこらへんはリセットされるからにゃ、むしゃむしゃ」


 やっぱりそういう仕様かよファック!


「じゃあれか? 俺はレベルの持ち越しも許されないってわけか? 触れたら即死のこの環境で、一度もやられずに魔王を倒さなきゃダメってことか?」


「Exactly(そのとおりでございます)」


「クソゲーかよ!!!」


「ちなみにアイテムもリセットにゃ」


「クソゲーかよ!!!!!!!!!!!!」


「この女優性格わるいにゃあ~、にゃはっはっは」


 つーかいい加減こっち向けコラァ!


 

 ※※※



 ……というわけで、俺はふたたびカビナ平原へと足を踏み出した。


 念のため、背後をもう一度見る。先ほど消し飛ばした城門がきちんと復原されていることを確認するためにだ。不安そうな顔を見て勘違いしたのか、守衛がさわやかな笑顔をこちらに向けてきた。


「大丈夫! 勇者様ならきっとこの世界が救えると信じています! ご武運を!」


「……あ、ええ、うん、ありがとうございます……」


 やっぱり死に戻ってよかった。

 こんな笑顔で応援してくれる人を殺したとあっちゃ、寝ざめが悪すぎるもんな……さっきは塵に還しちゃってごめんね……。


《そう思うならマジメに魔王討伐だにゃ》


「………………………………………………ああ。そうだな」


 俺はうなずく。


 いや、勘違いするなよ?


 こいつの言うことを受け入れる気になったわけじゃない。


 ニヤリと口角が上がる。


 俺はただ、早くも見つけてしまっただけだ。


 このクソゲーの攻略法を……ッ!


 城門から十分離れてから、膝を曲げて地面に両手をついた。


 クラウチングスタートの姿勢だ。


《んにゃ? なにするつもりにゃ?》


「くっくっく……まあ見てろ。てめえの言う魔王とやらを、今日でこの世から消し去ってやるからよォ……!」


 ああ、長かった。

 目を閉じれば蘇る、この異世界での苦難の数々……!


《まだスライム倒しただけだろにゃ》


 うるせえ!


 こんな非人道的な英雄譚、今日で終わりにしてやるッ!


 俺は息を吸い――思いっきり地面を蹴った。


 爆発音と共に、周囲の風景が急加速する。


 一歩目ェ!

 

 激流のごとく背後に飛んでいく地面を、差し出した左足がしっかりととらえる。


 二歩目ェ!


 今度の爆発音は、耳に届くと同時に後方へと消え去った。壁となってぶちあってくる空気。それを俺は、前傾姿勢になって貫き穿つ。視界にうつるなにもかもが輪郭を失い、混じり合った色彩の渦と化してゆく。


 さあ、次だ。


 右足に意識を集中する。黄金色の粒子が炎のようにあふれだす。


 地面と平行に飛びながら、二歩目が生み出した加速度がその頂点に達した瞬間、俺は天を裂き地を割る英雄の一撃のを、地面に向かって解き放つ。


彗星のメテオリック……一踏スタンプ|ッ!」


 三歩目。


 女神の加護をフルパワーまで引き出した、全力の走り幅跳び。

 

 世界から音が消失し、ぶち抜いた空気の壁が俺の周囲に衝撃波ソニックブームを形作る。本来なら五体がバラバラに砕け散るほどの衝撃だが、加護に守られたこの体はビクともしない。


 まるでロケットの打ち上げ映像を見ているように、地上がおそろしいスピードで遠ざかってゆく。


 それを見ながら、俺は勝利の雄たけびを上げた。


「ぎゃっはっはっはっはァーーーーッ!」


 そうだ。高度制限がなく、重力圏外ギリギリまでぶっ飛べて無傷で済む身体があるのなら、わざわざ地面をえっちらおっちら歩いてやる必要なんてないのだ。


 この脚力で道中のありとあらゆる障害を飛び越え――最高高度からの一撃を魔王城の直上から叩きこんでやる。威力は先ほどアルメキアの街で証明済みだ。


「ふはははははは! 根城丸ごと更地にしてやるぜ魔王ォ! 高度制限をしなかったのは大きなミスだったなダイアログよォーーーー悪いがこれで俺は晴れて自由の身になァべふをsghぁw;あがhj;’」


《まあ、そう上手くいくわけがないんだにゃあ、これが》


 なんだこれ? 目の前に、見えない、壁……?


《スタート地点のアルメキアから遠ざかるほど、女神の加護は弱まるにゃ。おまけに、魔王軍の放つ『瘴気』は、道の高度を大幅に下げてしまうのだにゃあ》


 おまっ、ちょ、嘘だろ、下に引っ張られ、ああっ、スキルも使えねえ! くそっ!


《というわけで、地道に頑張るのしかにゃいのだよ、シュウちゃん》


 どっ、


 どチクショォオオオォォオォォオォオオオ――――!!!



 ※※※



 というわけで。


 俺は無事、最初の目的地である『迷いの森』に到着した。


 ああ、わかってた。


 わかってたよ最初から。そう上手くいかないってことくらいは。


 想定内。


 完全に想定内だぜ。


《みゃはーーーっはっはっはっは! 地面ってこんなにきれいに人型の穴が開くんだにゃあ! にゃはーお腹痛い!! にゃはっはっははっはーーー!!》


 ……。


 いつか絶対に絶対に絶対に泣かすからな。


 こんのクソ女神ィ!

 

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