5th try:Cheat Engine

 スライムにすら、勝てない。


 それが俺の現実。


 復活を繰り返し、何度も挑み……そしてそのたびに、返り討ちにされた。


 相手がすばしっこいのもある。だが何より問題なのは“道”の存在だ。こっちが幅2メートルの範囲でしか動けないのに対し、向こうは360°全方位から襲い放題。こっちが必死に追いかけても、道の外に逃げられてしまえばそれ以上の追撃はできない。どころか、深追いして壁にぶつかれば、格好のカウンターの的になってしまう。かすっただけでこっちは即死だ。


「はぁ~~~~~~~……」


 二十三回目の復活で、心が折れた。


 ダメだこれ。


 ムリゲー過ぎる。


「まさかチュートリアルでここまで詰まるとはにゃあ」


 俺の頭上で、ダイアログがけらけらと笑っている。


「うるせえぞクソゲー女神。ワゴンで100円で売られてろ」


 真っ暗な空間の中で、俺は頭を抱えた。


 クソ。


 どうすりゃいい?


 行動パターンも読めなかった。


 あらゆる手立てをとったが無意味だった。


 確かに身体能力が強化されている感じはするが、肝心の反射神経がそれに追いついてない。


 ちょこまかと不規則に動くスライムを追っては、勢いを殺しきれずに壁につっかかり、殺される。その繰り返しだ。チートな脚力が、むしろハンデになっている。


「……本当かにゃあ?」


 クソ女神が意味ありげに問いかけてきた。


「勝手に人の思考読んでんじゃねえよ」


「表情がわかりやすいだけだにゃ」


 んっふっふっふ、と彼女は含み笑いをし、空中でごろりとうつぶせになり、頬杖をついた。ブルーの双眸が俺を見据える。


「シュウちゃんは頭が固すぎるんだにゃあ。ここは異世界で、シュウちゃんは女神の加護を受けた勇者。――そのチカラはすでに、この世界の摂理を逸脱している。それに気付かず、フタをしているのはシュウちゃん自身にゃ。もっと大きな視点で自分の状況をとらえたほうがいいにゃ~~??」


「うるせえな。うまくチカラを使おうにも、てめえの呪いで台無しなんだよ!」


 俺が叫ぶと、彼女は目を細める。


「ヒントはここまでにゃ」


 なんなんだよ、もう。


「あと、パンチラ期待しても無駄にゃ。女神は見えそうで見えない角度を完璧に計算してるのにゃ」


「やっぱり思考読んでんじゃねえかてめえ!」


 あとちょっとで見えそうだったのに!


 ※


 二十四回目の対峙。


 ぷるぷるとか弱げに震えるゼリー状の物体に、俺は中腰になって挑む。


 ……逃げるという選択肢は、もちろんある。


 が、ここで最弱の敵すら倒せないままってのはどうにも収まりが悪い。


《なんだかんだで楽しんでるよにゃ。マゾゲーマーにゃ》


 うるせえや。


 ただ、てめえが言うところの『チュートリアル』ひとつ超えられないようじゃ、この呪いをなんとかするなんて夢のまた夢だって話だろうが、クソ女神。


「――来いッ!」


 俺が気合を入れるのと同時に、スライムが動く。


 わずかに体が振動したと思った刹那、水鉄砲のような体当たりが飛んでくる。それをかろうじてかわすと、スライムはそのまま茂みの中へと飛び込んでいった。そこは“道”の外だ。追っていくことはできない。


 汗が滴り落ちる。


 いつものパターンだ。茂みに紛れ、どこから飛んでくるのかわからない不意打ちの体当たりをしかけてくる。うまく避けられても、また反対側の茂みに逃れられるだけ。勝つためには、相手にドンピシャのタイミングでカウンターを合わせるしかない。それが俺にできるかどうか……ッ!


 がさっ。


「そこかァ!」


 虚空に放った蹴りは空を裂いた。強化されまくった脚力によるすさまじい風圧が、青い草原をいっせいにたなびかせる。


 だが、肝心の手ごたえはない。


「……ッ!」


 俺の視界に、地面に身を伏せたスライムが映った。


 ……くそっ、フェイントか!


 次の瞬間、棘のように伸びてくる三本の触手!


「うおぁッ!」


 かろうじて横にステップして避けるが、それは空中で向きを変え、俺を追撃する。反射的に後退しようとして……背中に違和感。


 “道”の壁だ。


 一瞬動きが止まったところへ、三本の爪状の触手が迫ってくる。


 逃げ場はない。


 ……っクソ、どうすりゃいいんってんだよ! わけわかんねえアドバイスしやがってあのクソ女神!


 臨死の際でフル回転する頭に、さっきの女神の言葉が蘇る。


――そのチカラはすでに、この世界の摂理を逸脱している。それに気付かず、フタをしているのはシュウちゃん自身にゃ。


 わかりすぎるくらいわかってるよ、この脚力が確かに特別製だってくらい。だけどそれをどうすりゃいいってんだ? 使いこなせるようになるまで慣れろってことか? フタをしてるったって……。


 フタ?


――もっと大きな視点で自分の状況をとらえたほうがいいにゃ~~??


 電光のように、俺の脳裏にある予想がひらめいた。


 爪は目前に迫っている。


 後ろには壁。左右に逃げる余裕はない。


 俺は思い出す。


 このクソったれな呪いの性質を。


 見えない道の幅は二メートル。


 長さは魔王の城までの直線距離。


 なら。




 


 見上げる頭上に……境界マーカーはない。




 次の瞬間――


 視界のすべてが、空に溶けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る