第20話、オール・ウェイズ

 真っ暗だ。


 ツーン、ツーンと、心電図のような機械音が聞こえる。

 まぶたが重い。

 周りは静かなようだが、誰か、人の気配がする。

 誰か、いるのか?


 少し、目を開けてみた。 完全には、開かない。 体が重いなあ・・・

 白い天井板が、見える。


 僕の、すぐ脇に、誰かがいるようだ。

 誰だ?

 首が、回らない。 自分の体じゃないみたいだ。 少し、指先を動かしてみる。


 ・・・動いた。


 それ以上の気力が、沸いて来ない。

 再び、目を閉じる。


 額の髪が、『 何者か 』によって、そっとかき上げられた。 やはり、誰かいるようだ・・・

 また少し、目を開けた僕の視界が、突然、真っ暗になった。 何かが、僕の顔に、覆いかぶさって来たのだ。

 さらっとした、髪の毛のようなものが、頬に当たる。 唇には、柔らかな感触。 いい香りが、する・・・・

 幸せな心地で、薄く目を開け、じっとしていると、僕の顔に、覆いかぶさっていた影が、取り除かれた。

 目鼻立ちの整った、可愛いらしい女性の顔。


 ・・彼女だ。 明子ちゃんだ・・・!


 彼女は、薄く、目を開けている僕に気が付いたようだ。

「 ・・・・! 」

 びっくりしたように、僕を覗き込んでいる。

 その表情は、みるみるうちに、驚愕の表情に変わっていった。

 僕は、かすれた声で、彼女に言った。

「 ・・・やあ・・ 」

 僕の声を聞くと、彼女は、更に歓喜の表情を見せた。

 空を掴むように、胸元で、両手の指先を動かし、後ずさりをしながら言った。

「 ・・・お、お父さん・・・! お父さあぁ~んッ!! 」

 慌てて後ろを振り返り、ドアを開けようとしたが、ドア脇の壁に、激突。


 ・・・面白い子だな。

 サンダスのギャグとは、比べものにならんくらい、可愛いじゃないか。


 必死でドアを引き、開けようとするが、開かない。

「 お父さあ~ん! お父さああ~ん! 目を開けてるぅ~っ! 喋ったよォ~っ! お父さあ~ん! 」

 ドアノブを、ガンガン引きながら叫ぶ、彼女。


 なあ、明子ちゃん・・・ そのドア、多分、押すんと違うか・・・?


 やがて、ドアノブが引っこ抜け、彼女は、しりもちを着いた。

「 きゃっ・・! いや~ん、もおォ~う・・! 」

 今度は、フツーにドアを押し、廊下に出る。

「 大変なのっ・・! 大変なの、お父さあぁ~ん・・・! 」

 バタバタと、駆け出して行く、彼女。


 ああ・・ フツーに、お茶目だ・・・! 獄長も美人だったが、明子ちゃんの方が、数倍、魅力的だ。


( ・・・ん? )


 ちょっと待て・・・! ナンで、地獄界の記憶があンだ? 確か、目が覚めたら、記憶が無くなるって話しじゃ、なかったのか・・・?


 ・・・課長・・・ やってもうたな?


 いや、それ以前に、あのフザけたペンが、壊れていたに違いない。 オチまで、アホだ。

 まあいいか・・ どうせこんな経験、喋ったところで、誰も信じてくれないだろう。 ヘタすりゃ、精神病院行きだ。


 かくして、妙な体験記憶を持ったまま、僕の、第2の人生は、始まった。



 天国・地獄が、あると思うか、無いと思うかは、その人、本人の自由だ。

 もしかしたら、あの記憶は、昏睡状態にあった、僕の勝手な想像なのかもしれない。

 だが、僕は、事実であったと思う。

 なぜなら、彼女の名前を、昏睡が醒めた時から知っていたからだ。

 もしかしたら、昏睡状態の時に、薄っすらと意識が戻っていた時期があり、彼女たちの会話を聞いていたのかもしれない。

 しかし、その後、『 遠藤さん 』『 ユウちゃん 』の入院事実を確認した僕は、あれは、やはり、本当の事だったと確信した。


 『 下田 』という霊能力者にも、退院後、会った。

 彼女は、僕の話を大変、興味深く聞き、その手記を元に本を書いたところ、何と、増版8回を超えるベストセラーになり、映画化もされた。( 監修:つのだじろう、監督:高畑 勲、友情出演:丹波哲郎のソックリさん )


 その後、明子と結婚し、子供は2人。

 僕は、98歳まで生き、老衰で、この世を去った。

 苦痛も無く、愛する明子に見取られる中、静かな最期だった・・・




 ・・・・ここは、どこだ?

 辺り一面、真っ白なモヤに包まれている。

 暑くもなければ、寒くもない。

 静かな所だ。


 どうやら、僕は、死んだらしい。

 現世に残して来た妻や、子供たちの事が気掛かりだが、寿命では仕方ない。

 結構に、長生きをさせてもらった。 なにせ12年、寝ていたからな・・・

 まあ、有意義な人生だった。

 経済的にも裕福だったし、飢餓に苦しむ世界中の子供たちの為に、随分とボランティア活動もした。 井戸を掘ったり、病院を建てたり・・・

 世界子供基金の創設も、軌道に乗って来たところだし、後は、後輩たちに任せておいても問題はないだろう。


 ・・さて、どっちへ行ったらいいのかな? 天国への入り口は。


「 ・・兄貴ッ! 」


 誰かが、声を掛けた。

 聞き覚えのある声だ。

「 ・・・・・ 」

 まさか・・・!

 振り向くと、ボサボサの長髪に、サングラスをかけた大男が、立っていた。

 サンダスだ・・・! 間違いない、あのサンダスだ・・・!

「 久し振りっスぅ~、兄貴ぃ~! まあ、すっかり白髪になっちゃって~ 」


 な・・ ナンで、お前がここにいるッ?


 懐かしい、毛むくじゃらの腕が、僕の首にまとわりつく。

 必殺のチョークスリーパーだ。

 イカン! これに捕まったら、意識が飛ぶ。

 僕は、サンダスの両腕を払いのけ、言った。

「 待たんかっ! 懐かしいけど・・ お前が、ココにいるってコトは・・・ ここは、天国じゃないなッ? 」

 サンダスは、きょとんとして答えた。

「 そうだよ? ここは、地獄の1丁目だよ。 アッチに行くと、パン屋さんがあってね・・ 」

「 やかましいわっ! 向こう行くと、遊園地があるんだろが? 」

「 今はね、巨大テーマパークなんだよ 」

 そんなモン、どうでもいいっ!

「 アウトレット・モールも、あるよ。 行く? 」

 行くか、アホウ!

 うきうき顔のサンダスを無視し、僕は聞いた。

「 死神は、どうしたッ? 」

「 あのアホ? ああ、あいつ・・ 昨日から、ゲリしててね。 今朝も、トイレで、唸ってたケド? 正露丸、あげたんだけど、匂いがクサイって、あいつ、飲まないんだよ 」

「 ・・・野郎ォ~・・・! 性懲りもなく、またやりやがったな・・・! 」

 サンダスも、事の次第に気付いたようだ。

「 ・・・もしかして、やっちまったかい、アイツ・・! しかも、また兄貴をですかい? ホント、ドジなんだから 」

 ここの恐ろしさは、80数年前に、骨身に染みている。 腐ったギャグに、意味不明・行動無視のアホの巣窟だ。 早いところ脱出しないと、今度こそ、ここに居着かされかねない。

 僕は言った。

「 サンダス! 大王んトコ、行くぞっ! 地獄タクシーを呼べ。 それと金属バットだ! 」

「 合点でいッ、兄貴! 」

 嬉しそうに、ベコベコにヘコんだ金属バットを、どこからともなく取り出し、イキナリ、僕の後頭部をフルスイングする、サンダス。

 ボクッ、という、鈍い殴打音。


 ああ・・・ 脳裏を、走馬灯のように駆け巡る、幼き、記憶・・・


 百近い老人に、なんちゅうコトすんじゃ、コイツは・・・! ワケ分からんで、ホンマ。

「 兄貴、兄貴い~! オ、オレなんか、オレなんか・・・ 」

 どっか、行ってしまえ、お前。 80年以上経った再会相手に、感動の金属バットかい。 ありがた過ぎて、殺意が芽生えるわ。

 遠くなる意識。 どこかの草原で、モンシロチョウが乱れ飛んでいる風景が・・・


 ・・・はっ、イカン!

 こんなところで、くたばってたまるか! 僕は、天国へ行くのだ。

はよ、行かんと、明子の方が、先に行ってしまうわ!


 金属バットを杖に、よろよろと立ち上がった僕の目に、あの、ボケナスの死神が映った。

「 やあ、天野クンじゃないか! 元気してたかい? 」

 元気してたら、今頃、現世におるわ、たわけ!

 僕は、金属バットを振りかぶりながら、死神の方へ、突進して行った。

「 天国、行くぞおおおおォ~っ! うらああああ~っ! 」


                     〔 天国へ行こう! / 完 〕

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天国へ行こう! 夏川 俊 @natukawa

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