第19話、さらば、アホよ
目が覚めた。
がばっと、現世観察機の上で起き上がる。 傍らでミルクティーを飲んでいた大王に、僕は言った。
「 大王っ! 予定変更だ! 僕は、生き返る事にした! 大至急、手続きを取ってくれ! 」
閻魔大王が、にこやかに答える。
「 左様ですか。 では、その旨、人事課に連絡しましょう。 明日あたり、現世に戻れますよ? 」
なっ・・! 明日じゃねえ! また、4年経っちまうだろうが!
「 何とか、今すぐにならんか? 現在の現世が、良いんだ。 明日じゃ、意味ないよ! 」
「 え? 今すぐですか? これは、急な話しですねえ・・・ 」
「 そこを、何とか! 」
大王は、しばらく考えると、机の上にあった赤い電話機を取りながら言った。
「 ホットラインを使用しましょう。 天国人事課、直通です 」
・・凄えのがあるな。 何でもいい、とにかく急いでくれ・・!
僕は、ふと、床に転がっていたはずの死神が、いない事に気が付いた。
「 死神は、ドコへ行った? 」
受話器を取りながら、大王は答えた。
「 ? さあ・・ 携帯が鳴って、どっかに呼び出されて行きましたが? ・・あ、閻魔です。 いやあ~、ご無沙汰していまして。 エンゼル君たちは、お元気ですか? いやいや、そんな・・・ ははは。 え? 何をおっしゃいます。 やだなあ~、はははは! そうなんですか? 参ったなあ~、はははは! あれは、ただのおみやげですよ。 そのうち、皆さんにも一つ、お届けにあがりますよ。 いや、ホント、はははは! 」
・・・世間話し、してんじゃねえよ、おい。 ホットラインで、土産の予告なんぞすんな。
やがて、課長が部屋に入って来た。
「 あ、天野様。 お帰りなさい。 天国便は、もうすぐ出ますから、ホームに移動して頂けますか? 」
「 いや、その件なんだけど・・・ 僕、現世に戻る事になってね。 今、大王にホットラインで、天国に話をしてもらっているトコなんだ 」
僕が答えると、課長は、不思議そうな顔をして言った。
「 ・・その赤電話ですか? ほとんど使われないので、昨年から寿司屋直通になっていますケド・・・? 」
いや・・ 今、エンゼル君が、どうのこうのって・・・
大王が電話を切り、言った。
「 天野様、土産に寿司などいかがですか? 」
要らんわっ! やっぱりアンタ、寿司屋に電話しとったな・・?
僕の恨めしそうな表情に、能天気な大王も、さすがにヤバイと思ったらしく、課長に尋ねた。
「 天国とのホットラインは? 」
「 伝書鳩になりましたが・・ 飛ばしますか? 」
・・・はうっ・・・!
数日も経てば、現世は10数年後だ。 さすがに、明子ちゃんの心境変化も、あり得る話しだろう・・・
額に手をやり、落胆の表情の僕に、課長は提案した。
「 天国人事課の、直通ダイヤルに電話しましょう 」
あるんなら、最初からそれを使わんか!
僕は言った。
「 とにかく、急いでくれ。 手段は任すよ。 ・・あと、課長。 死神が見当たらないようだけど、ドコ行った? 」
「 天野様の、魂の尾を切りに行くって・・ さっき、出掛けて行きましたが? 」
ぶで、ぐぐ・は・・ うううっ??!!
・・なッ、なんちゅう事してくれてんだ、アイツはッ!!
「 い・・ いつだっ? いいいい、い、いつ出掛けた、おいッ! 」
課長の胸ぐらを掴み、物凄い勢いで揺さぶりながら、僕は聞いた。
「 さ・・ 30分くらい、前です・・! 」
・・・終わった・・・・!
もう、現世に着いているだろう。 今頃は、職務を遂行した帰りのはずだ・・・!
僕の春は、終わった。 しかも、よりによって、あの、スペシャル・スーパー・ミレニアム・アホによってだ・・・!
・・・・殺してやる。
地獄のアトラクションを、全てツアーさせてやる!
イッパツでは、殺さん・・・! パンフレットを、新しく一新させるのに便利なように、案内写真用のモデルにしてやる!
・・・ええいっ! それでも、腹が納まらんわっ・・・ どうしてくれようか・・・!
ブツブツ言いながら、僕は天井を仰ぎ、握った拳をワナワナさせていた。
やがて、徐々に、力が抜け、首をうなだれた僕は、じっと床を見つめた。
短い春だったな・・・
脱力感で、床に座り込んでしまい、青ざめた顔で、視線を宙に彷徨わす僕に、課長は言った。
「 まだ、間に合うかもしれませんよ? 死神クン、札幌出張の件がバレて、今回は、自転車で行ってますから。 今頃は・・・ 針の山を、過ぎた頃じゃないですかねえ 」
自転車だとっ・・? それは、ホントかっ? あのアホめ、身から出た錆びだ。
僕は、弾かれたように立ち上がると、壁に設置してあった、内線の受話器を取り、課長に聞いた。
「 グレース大佐の、内線番号はっ? 」
「 156( イチコロ )ですが・・・ どうするんですか? 」
課長が尋ねる。
「 今度こそ、ヤツに働いてもらう・・・! あ、グレース大佐か? 緊急事態だッ! 脱走兵を確認した! 針の山辺りを、死神の格好をして、自転車にて逃走中・・・! 手段は、任せる。 フッ飛ばせッ!! 」
グレース大佐は、受話器の向こうで、嬉しそうに答えた。
『 了解した! とりあえず、スカッドミサイルで絨毯爆撃し、航空機からサイドワインダーを発射しよう。 場合によっては、ナパームも使用する。 良いかね? 』
・・・本格的に、死ぬかもしれん。 のんびりと、鼻歌なんぞ歌いながら自転車、漕いでたら、爆弾が落ちて来るんか・・・
たまらんな。 情景が、目に浮かぶわ。 悪く思うなよ・・・!
「 構わんっ! 20ミリのバルカン砲で、10秒くらい掃射してもいいぞっ! 」
『 10秒も掃射したら、跡形も無くなってしまうぞ? 』
「 とにかく、やれ! 沈黙させろっ! 」
『 了解。 早速、行動に移る! デフコン2だ 』
張り切っとるな、本家豆。 その調子だ。 期待してるぜ。 とにかく、あの、スペシャル・スーパー・ミレニアム・コンチネンタル・V8・3000 インタークーラーターボ付きアホを黙らせろ! 遺体の一部を、持ち帰って来た者には、懸賞金を出してもいいぞ! 千円くらい、だけど・・・
だいたい・・ 僕の、魂の尾を切れなんていう情報、どっから入ったんだ?
机の上を見ると、死神がメモったと思われる走り書きが、大学ノートの端にあった。
『 天地 進 本日、地獄行き 』
天地だと・・・? 字を、読み間違えてやがる、あのアホ・・・! やっぱり、粉々に吹き飛んでしまえ。
講和条約が成立し、平和になった地獄界。 グレース大佐にしてみれば、退屈この上ないのであろう。 時折、未開地へ脱獄する輩やサボっている連中には、異常な程に大量のミサイルや爆弾が降り注いでいた。
特に今回は、自転車にて移動する目標である。 練習には、丁度良いらしく、演習を兼ねてGPS画像も駆使し、行われる事となった。 作戦指令室は、例の貴賓室である。
僕は、閻魔大王・課長と共に、情況を見守った。
「 目標、補足! 針の山、2キロ後方です 」
オペレーターが報告をする。
「 画像、出せ! 」
グレース大佐が、エラそうに言う。
持ち込まれたモニターに、画像が映し出された。
・・いた、いた・・!
ガニ股で、ゆっくりと自転車を漕いでいる死神の姿が、映し出された。 少々、くたびれた感じだ。 何となく、哀愁を感じる。
未だ、針の山2キロ後方とは、かなりゆっくりだ。 相変わらず、ヤル気なしのようである。
「 ミサイル準備完了! 」
「 そのまま、待機 」
やがて、死神は、峠の脇に自転車を止めると、道の外れに向かって歩き出した。
「 ? 」
じっと観察していると、道端に立った死神は、股間をモゾモゾさせ、やがてそこから液体を、放物線状に放出し始めた。
・・立ち小便である。
僕は、グレース大佐に言った。
「 ・・・やったれ・・・! 」
相づちを打ったグレース大佐が、指令を出す。
「 攻撃、開始! 」
モニターの中で、空を見上げながら放尿し続けている死神。 『 竿 』の向きが気になったのか、手元を一度、見る。 その瞬間、物凄い土煙が、死神の周りに舞い上がり、瞬時にして彼の姿は、土煙の中に消えた。
次々に炸裂する、爆弾。 もうもうと立ち上がる、土煙。
「 弾着、確認! 目標、被弾中! 」
オペレーターが叫んだ。
やがて埃が、徐々に収まっていく。
一同、目を凝らして、モニターを見つめる。
・・・立っている・・・!
すべての着衣が、剥ぎ取られた状態であるが、死神が、そのままの格好で立っている。
乗って来た自転車は、跡形も無く、フッ飛んでいた。
やがて死神は、竿を握り締めたまま、ゆっくり後ろに傾き、そのまま仰向けにブッ倒れ、動かなくなった。 握り締められた竿からは、まだ少しづつ、思い出したように、ぴゅっ、ぴゅ~っと、液体が出ている。
「 目標、沈黙! これより、回収に移ります! 」
僕の、人生の危機は去った。
現世への特別直行バスの出発が、間近に迫っている。
最後尾の席の窓側に座った僕は、窓を開けた。
「 これでお別れですね、天野様。 色々と、ご迷惑をお掛け致しました。 ごきげんよう 」
見送りに着てくれた、閻魔大王が言った。
「 いい体験、させてもらったよ。 元気でね 」
僕が答えると、閻魔大王の横にいた賽姫も、うやうやしくお辞儀をしながら言った。
「 道中、お気をつけて・・・ ご恩は、忘れません。 これからの人生、陰ながら応援致しております 」
笑って手を振り、答える僕。
サンダスが言った。
「 兄貴・・・! 」
何も言うな、サンダス。
お前には、随分、不当な扱いを受けたが、今となっては、いい想い出だ。 元気に暮らせよ・・・?
「 たまには、会いに行きますよってに 」
・・・来んでいい! 絶対に、来るなよ! オレの人生、ブチ壊す気だろう? ええ加減にせえ。
課長が、僕にボールペンを見せた。
「 ? 」
ペンを立てると、本体に印刷してある女性の黒いスリップが段々と下がり、ヌードが現れる。
「 ・・・・・ 」
保険勧誘のオバちゃんに貰ったのか? それ。 良かったね。
例によって、意味の無い行動だと思っていたら、突然、ペンが、フラッシュのように光った。
「 ? ? 」
課長が言った。
「 記憶除去装置です。 現世に戻り、意識が回復したら、この地獄界での記憶は、全て消去されます 」
・・・もっと、マシな形のモンにしろ。 思わず、懐かしくて、凝視しちまったぞ。
やがて、スカーレット獄長が乗り込んで来て、運転席に座った。
「 行きますよ? 天野様 」
・・は? アンタが、運転するの・・?
心配顔の僕に、彼女は、クスッと笑って答えた。
「 ちゃんと、免許ありますよ? ほら 」
そう言って獄長は、免許カードを、僕に見せた。
・・・それ・・・ 原付なんスけど・・・?
「 しかも、ゴールドよっ! 」
バオン、バオンと、エンジンを吹かす、獄長。
いや、そ~ゆ~意味じゃなくてね・・・ 大型免許は?
「 吹けが、イマイチね・・・ 」
ゴホオーッ、ゴホオオ~ッ、ボホンッ、バホホオンッと、アクセルをベタ踏みする獄長。
ハイヒール( 8センチ )履いて、アクセル踏むな・・・! 人の話を聞かんか。 それに、このバス、旧型らしいから、多分、ダブルクラッチよ? ねえ・・?
「 まもなく、発車いたしまぁ~す! 地獄界内は、一律料金でございまぁ~す 」
金、取るんか、おいっ! しかも、私鉄バス料金制。 聞いとらんぞ、そんなの! しかも、サイフの中には、野口君が1人しかおらんというのに。
「 お客様、シートベルトをご着用下さい 」
そんなモン、あるかいっ! ええ加減にせえ。 最後まで、コレかいっ!
「 お降りのお客様は、ブザーでお知らせ下さい 」
途中駅なんぞ、あるか! 現世直行便だっちゅ~の! 大丈夫か? ドコ行く気だ、あんた。
「 信号、よおお~し 」
そんなモン、見渡す限り、無いわ。
「 天野様~、ごきげんよう~! 」
「 兄貴イ~ッ! 」
皆の声に見送られ、僕は、地獄を後にした。
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