第18話、巡り逢いは、突然に

〔 よう! 天野クン! 探したぜ 〕

 ノー天気に、サンダスは片手を挙げて、僕を出迎えた。

〔 コッチ来い、バカ・・! 〕

 老婆の視界から見えない所へ、サンダスを誘導する。

〔 どうしたんだよ、天野クン。 そんなに慌てて 〕

〔 霊媒師がいるんだよ! コッチが、見えるらしいんだ 〕

〔 へえ~、そうなの。 イタコかな? 〕

 お前は、ノンキでいいな。

 とりあえず、現世の人間に、お前のマヌケ姿は見せたくない。

 僕は、サンダスに言った。

〔 何で、こんなトコまで来たんだよ! 〕

〔 天野クンの体が、保管してある病室が分かってさ。 教えに来てやったのさ。 僕って、何て親切なんだろ 〕

 自己陶酔するんじゃねえ。

〔 オレは、天国行きに決めたんだ。 3時間遊んだら、帰ろうと思ってたとこなんだ 〕

〔 ふ~ん、そうなの? せっかくだから、見て行きなよ 〕

 お前・・ ストリップ小屋の呼び込みか?

 サンダスは、辺りを見渡しながら言った。

〔 オレも、現世は、江戸城明渡し以来だからな・・・ 随分、変わっちまったねえ。 勝先生は、元気かな? 〕

 ・・は? 勝だと? ナニ言っとんだ、お前は。 とっくの昔に死んどるわ。 お前、勝 海舟に会ったのか・・・? 海援隊の出身じゃ、ねえだろうな。

〔 久坂クンにも、しばらく会ってないし・・・ 〕

 久坂って・・・ 久坂 玄瑞の事か・・? 京都禁門の変で、討ち死にしとるぞ? 墓参りしたけりゃ、萩の松蔭神社へ行け。

 どうやらサンダスの記憶は、明治維新の前後で止まっているらしい。 1人でフラフラさせると、何か起こしそうだ・・・! 油断ならん。

〔 金子 重輔クンも、元気かな? 〕

 出た。

 そいつも、松蔭神社近くで、銅像になっとる。

 お前のは、近代史専門じゃなくて、国宝級のアルツハイマーじゃないのか?

 僕は尋ねた。

〔 木戸 孝允とも、会った? 〕

〔 うん。 よく、家に遊びに行ったよ? 山県クンと、飲んだりしてね。 楽しかったなあ 〕

 ・・木戸邸は、まだあるぞ? 行くか・・・?

〔 お前・・ 山県 有朋と、酒飲んだの? 〕

〔 うん 〕

 凄えな。 のちの陸軍大臣だぞ・・・?

〔 その前は、柿本人麿呂と、トランプした 〕

 トランプじゃないだろが! カルタだろ? 貝合わせみたいな・・・

 人麻呂は、万葉の歌人だぞ? 東大寺大仏の開眼が行われ、天平文化が花開いた神亀年間に、トランプなんぞあるか、クソたわけが! 奈良時代後期だぞ。 時代考証せんか!

 ・・・とにかく、コイツは目が離せない。 早く、用事を済ませ、地獄界に戻った方が良さそうだ。

〔 昔話しは、いい。 ・・で、その病室とかは、どこなんだ? とりあえず、見ておこう 〕

〔 特別棟の3階だって 〕

 僕とサンダスは、その病棟へ向かった。


 色んな、電子機器の作動音が聞こえる。

 パソコンで制御された生命維持装置が、稼動しているようだ。

 規則正しく動く、酸素吸入装置も見える。 心電図からは、ツーン、ツーン、という反応音が聞こえていた。

〔 オレだ・・! 〕

 ベッドの上には、鼻や口に、幾つものチューブを取り付けられた『 僕 』がいた。 幾分、やつれているようだ。

 時折、散髪するらしく、本来の長さより、やや長い髪をしている。

〔 ギャハハハハ! 天野クンが、もう1人いるよ! ギャハハハハハ! 〕

 ・・・ナニが、面白れえんだ、てメー・・・! 帰ったら、速攻、金属バットのエジキにしてやんよ。


 誰かが、部屋に入って来た。

 セミロングの髪に、淡いピンクのカーディガン。 ジーンズ姿の女性だ。

 結構、美人だが・・ 誰だろう? 私服を着ているところから、女性看護士ではなさそうだ。

 彼女は、僕の寝ている脇に掛けてあったカルテらしきボードを取ると、心電図や血圧計などの機器を測定し、その数値を書き込み始めた。

 サンダスが言う。

〔 兄貴・・・! あの女・・ 兄貴の体を、人造人間にしようとしてますぜ・・・! 〕

 ・・・お前、もう帰れ。 何でそう、唐突に、あり得ん妄想が出来る? 豆と一緒に、卵焼きでも作っとれや。 な? 海苔も、巻いてよ・・・ 楽しいぞ?


 測定が、終わった彼女が、じっと僕の顔を見つめている。

 一体、誰なんだ? この女性は・・・? 見覚えは、全く無い。

 だいたい、あれから12年も経っている。 僕の知り合いに、こんな歳の子は、いない。


 しばらく観察していると、もう1人、今度は、中年の男性が入って来た。 白衣を着ており、医師のようだ。 ネクタイをしているところから、教授らしい。

 男は言った。

「 なんだ、明子。 また来てたのか? 」

 明子と呼ばれた、その彼女は、声に振り向くと答えた。

「 あ、お父さん・・・ 昨日のオペ、大変だったんでしょう? 仮眠しなくてもいいの? 」

「 少しは、寝たよ。 明子の方こそ、昨日の試験勉強、徹夜だったそうじゃないか。 お母さんが、心配してたぞ? 」

 彼女が先ほど書き込んだ数値を見ながら、男は言った。

どうやら、親子らしい。

「 3時頃には、寝たわよ? お母さん、大げさなんだから 」

 サンダスが言う。

〔 政府転覆の、陰謀会議ですかね・・・? 〕

 ・・その、カケラも無いわ。 頼むから、黙っててくれ。 気が散る。


 男が、傍らにあった机に座りながら、カルテの2・3日前の記録を確認し、言った。

「 新型抗生物質の投与も、変化なし・・か。 う~む・・・ 」

「 お父さん。 いつになったら、この人、目覚めるのかなあ・・・ 」

「 さあ、どうだろねえ・・・ 明子の献身的な看病も、もう12年だ。 不思議な事に、体力・生体反応とも、まったくもって健康体だ。 こんな事例、父さんも、見た事ない。 明子の、命の恩人だし、出来れば目覚めさせたいんだが・・ 手立てがないな 」


 ・・・命の恩人? はて・・ 記憶に無いが・・・?

 まてよ・・・ 12年だろ・・・? まさか、あの子・・! トラックに轢かれそうになって助けた、あの子かっ?

 これは、意外な展開だ・・・!

 ・・そうだ。 確かに、あの時の子だ。 顔に面影がある。 あの時は、5歳くらいだった。こんなに、大きくなってたのか・・・!


 僕は、驚いた。 まさか、助けた少女に看病されていたとは・・・!

 彼女は言った。

「 ウチの病院でも、ダメなのなら・・・ 他には無いの? 」

「 海外でも、例はないよ、こんな事 」

 ため息をつき、じっと僕の体を見つめる、彼女。

 やがて、父親が冗談交じりに、笑いながら言った。

「 明子のキスで、目覚めるかもね・・・! 」

 イイっ! イイね、それ。 ナイスだよ、お父さん!

 サンダスが、横でナニやら、ボソボソと携帯をかけている。

〔 ・・・すぐ来い、死神・・ 魂の尾、切ったれ・・・! 〕

 てめえは、ナニ指示しとんじゃ! ワレェッ!

 物凄い形相の僕を見て、サンダスが言った。

〔 じ、冗談っスよ、兄貴・・! 携帯は、掛けてませんって。 落ち着いて! 〕

これが、落ち着いていられるか。 彼女は、献身的に、12年もオレの容態を気遣ってくれてるんだぞ? しかも、病院院長の娘と来てる。 こんな最高のシュチュエーション、もう無いぞ。 蘇生せんで、どうするっ!

〔 決めたぞっ! 僕は、やっぱり、生き返る事にするっ! 〕

 やがて彼女は、カルテをチェックし出した父親の視線の合間を狙い、眠り続ける僕の頬に、小さくキスをした。

 恥ずかしそうに、顔を真っ赤にして、小走りで病室を出て行く、彼女。

 うおおおお~ッ!!! 蘇生するぞ、大王ッ!! 今すぐじゃあ~ッ!!

 サンダスが言った。

〔 いけませぬ、天野様! あれは、幕府の隠密の策略ですっ! たぶらかされては、なりませぬ! 〕

 えええ~い! ワケ分からん事、ほざいてんじゃねえっ! 隠密が、ピンクのカーディガン、着てるかいっ!

 オレは、天国にも地獄にも行かねえ! こんなスカスカな体で、何の楽しみがあるってんだ。 生きていてこそ、成長があり、進歩すんだ! 夢を実現出来るんだよっ! 死んじまったら、ナニも出来ないんだよっ! 生きているからこそ、未知が、カタチとなるんだっ!

 次の瞬間、僕は、再び、暗い世界へと、引き戻されて行った。 時間が来たのだ。

〔 オレは、必ず戻る・・! 待っててくれ、明子ちゃん・・・! 〕

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