第17話、ゴースト / 地獄の幻

 広いロビー。

 外来受付の看板が見える。

 幾つも並んだ、長椅子。 教育番組が放映されているテレビが見える。


 ここは、病院らしい。


 杖を突いた老人。 パジャマ姿の中年男性。 車椅子に乗った少年・・・

 かなり大きな、総合病院のようだ。


 ・・お? 体がフワフワと、浮いているぞ?

 そうか、僕は、霊体になっているんだ。 天井近くからの視界だ。

 何か、ヘンな感じだな・・・


 すう~っと、天井近くを移動する。

 廊下は、女性看護士や、患者たちが行き交っている。

「 吉田さ~ん、お入り下さ~い 」

 どこかで、子供の泣く声がする。

「 痛くないからねえ~? すぐ、終わるからねえ~・・? ほ~ら 」

 ・・・痛いに、決まってるだろ。 針をブッ刺すんだぞ? 子供だからって、バカにすんな。


 医局の辺りを浮遊する。

「 遠藤さん、やっぱり、ダメだったって・・・ 」

「 そう・・ 寂しくなるわねえ。 夜中に、何度もコールされて大変だったけど 」

 ナースたちが会話し合う部屋の隅に、パジャマ姿の1人の男性が、膝を抱えてうずくまっている。

 どうやら、『 遠藤さん 』らしい。

『 ・・おたく? 』と言うように、僕は、その男性に指を刺した。

『 遠藤さん 』は、寂しそうに頷いた。 近付いて見ると、まだ20代くらいだ。

僕は言った。

〔 まだ若いのに、残念だったね 〕

 遠藤さんは、答えた。

〔 先天性の腎臓疾患でね。 小学校の頃から、病院通いだったよ。 ・・まあ、やっと楽になれたかな 〕

 遠藤さんは、じっと、1人の若いナースを見つめながら答えた。

〔 彼女、好きだったの? 〕

〔 ・・・うん 〕

〔 そっか・・・ 〕

〔 さっき、天国から迎えが来たんだけど・・・ もう少し、ここにいさせてくれって頼んだのさ。 1日だけ待ってあげる、って言われたよ 〕

 その『 迎え 』とやらが気になり、僕は尋ねた。

〔 どんな迎えだった? でっかい図体で、サングラスしてなかった? 豆のような顔をした子供だったり・・・ 〕

〔 いや? 優しそうな顔した、女の人だよ? 〕

 ・・・安心した。 とりあえず、常識的らしい。

 遠藤さんが、僕に尋ねた。

〔 君は、行かないの? 迎えは? 〕

〔 僕は、まだ生霊だよ。 この病院のどこかで、植物人間なんだ 〕

〔 そう・・・ 大変だね、君も 〕

〔 じゃあね、遠藤さん。 先に、天国、行ってて。 僕、情況次第では、生き返る事になるかもしれないから 〕

〔 うん、分かった。 じゃあね 〕


 病棟の方へ、移動する。

 こりゃ、楽だ。 どこへだって、行ける。 このまま、浮遊霊になろうかな?

 試しに、壁に向かって移動してみた。


 ・・・何と、壁抜けが出来る。


 これは、凄い。 人間体だと、どうなるのかな? ・・お、向こうから妊婦が来る。


 ・・・出来た。


 しかも、腹の中に、半漁人の顔をしたような、小さな胎児まで見えた。 まさに神秘の世界だ。

 ・・・いかん、はよ、職務をまっとうせねば・・・!


 個人病棟らしき建物に、移動する。

 途端に、叫び声が聞こえた。

「 ユウちゃん! お母さんよ、ユウちゃん! お願い、目を開けて・・! 」

 子供が横たわるベッドに取り付き、女性が叫んでいる。

 医師が首を横に振り、聴診器を耳から外した。 どうやら、臨終のようだ・・・

 泣きすがる母親の手をすり抜け、小学生くらいの男の子が、宙に出て来た。 じっと、母親らしき、その女性を見つめている。

 やがて、天井付近が光り輝き、その神々しい光の中から、ふくよかな笑顔の女性が現れた。

〔 ユウちゃん。 あなたは、これから天国へ行くのですよ。 さあ、いらっしゃい 〕

 ユウちゃんが答える。

〔 ママと離れたくないよ・・・ ねえ、ママといたら、ダメ? 〕

 女性は、にこやかに答える。

〔 いつまでも、ここにはいられないのですよ? 天国では、ユウちゃんのおばあちゃんが待っています。 ユウちゃんの大好きな、シチューを作ってね・・・ おじいさんも、いますよ? ユウちゃんと、竹トンボを飛ばすんだと、おっしゃっています 〕

〔 え? おばあちゃんに逢えるの? おじいちゃんにも? 〕

 ユウちゃんが、嬉しそうに尋ねる。

 女性は、やさしく頷き、ユウちゃんに手を伸ばした。

〔 これからは、おじいちゃん、おばあちゃんと、楽しく遊んで暮らしましょうね。 ・・さあ、おいでなさい・・・ 〕

 ユウちゃんは、女性に導かれ、金色の光の中に、手を引かれながら、入って行った。


 僕は、まぶたが熱くなった。

 『 ゴースト / ニューヨークの幻 』を見た時、以来の感動だ。

 ちなみに、その前に、まぶたを熱くしたのは、『 アルプスの少女 ハイジ 』で、クララが立った時である。

 やはり、行くなら天国だ・・・! エスコートの仕方も待遇も、最高じゃないか。 意味もなく、渾身のパンチを食らう事など、あり得ない。

 よし、決めたぞ・・・! やっぱり天国へ行こう! 永遠の楽園へ行くんだ・・・!

 僕は、先程の遠藤さんの話と、今の、ユウちゃんの情景を見て、天国行きを決意した。

( このまま、3時間ほど遊んで帰るか・・・ せっかく、現世へ来たんだし )

 体の確認の事など、どうでも良くなった僕は、中庭へ出た。


 小さな噴水のある池の周りで、数人の患者たちがベンチに座り、お喋りをしている。

 ・・・のどかな風景だ。

 天国の庭にも、きっと、こんな噴水があるんだろうな。


 すい~っと、辺りを浮遊していた僕は、ある視線を感じた。

 誰だ? 誰かが、僕を見ているぞ・・・?

 見渡すと、隅のベンチに座っていた1人の老婆が、こちらを見上げている。 どうやら、視線の主は、この老婆のようだった。

 僕は、近くへ行き、老婆を見つめた。

 あちらも、じっと、僕を見つめている。 この老婆は、僕が見えるのか・・・?

 やがて、老婆は言った。

「 ・・・迷っておるのう、少年 」

 やはり、僕が見えるらしい。

 老婆の傍らで付き添っていた、中年の女性看護士が言った。

「 なあに? 下田さん 」

 老婆は、じっと僕を見ながら、彼女に言った。

「 あそこに、少年の霊がおる・・・ まだ若いのう。 迷っておるようじゃ 」

 彼女が言う。

「 またですか? どこ? 」

「 あそこじゃ・・・ あの、木の辺り 」

 持っていた杖で、僕の方を指しながら、老婆は答えた。

「 ・・・何も、見えませんよ? 」

「 お前様には、見えんじゃろうて。 ワシには、見える。 学生服を、着ておるようじゃ・・・ かなり前の、ホトケ様かのう 」

 へええ~、婆さん、霊媒師なのか? 確かに、12年前の霊だよ、僕は。 だけど、生霊だよ。 死んでないんだ。

 老婆は言った。

「 あの世が、イヤになって戻って来たらしいのう。 まだ、この世に未練があるんかのう 」

 婆さん、アンタ最高。 生き返ったら、アンタの霊能力、宣伝させてもらうトコだったけど、残念ながら、僕、天国に行く事に決めたんだわ、さっき。

 老婆が言った。

「 ほう・・ もう1人、おるな。 友だちのようじゃぞ? 」


 ・・・なに?


 僕は、老婆が見ている方を見渡した。

 ボサボサの長髪に、サングラス。 外灯の上に座って、辺りをキョロキョロしている。 間違いない、サンダスだ・・! ナンで、お前が、ここにいるっ?

 嫌な予感がした。

 コイツが現世に来て、平穏無事に終わるハズがない。 必ず何か、やらかすに決まっている。

 僕は、慌てて、ヤツの所へ移動した。

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